参戦
プルクに対峙するとき、凛桜はいつも恐怖で足がすくみそうになる。蝶よ花よとちやほやされ、強い言葉を使っている時だってあるが、根本的には一般人なのだ。可愛いものが好きで、汚いものは嫌いで、楽しいことがあれば笑って、悲しいことがあれば泣く。そんなどこにでもいるような女子高生なのだ。
唇を少しだけ噛んで、1秒未満の躊躇をかき消した。レーダーをじっと見て、凛桜は駆け出した。まずは北に500メートル。そこまで行ってから近接用に切り替えて、大立ち回りを敢行しよう。
迅速に目的地に到達して、カチッとスイッチを押した。それだけで私の視野のどこにプルクがいるか把握できるようになった。VRみたいなものか。案外慣れるまで時間はかからないな。凛桜はそう確信していた。
プルク達からしたら、それは見えているカモである。自分たちはステルスしていると思い込んでいるから、見えていない今こそチャンスだと襲い掛かってきた。いや中にはとっさの判断で銃を撃ってきたプルクもいた。それを凛桜は銃の腹で受け止めた。PCPJの防弾技術より、姉がちょこちょこと内職して作った防弾技術の方が高い、なんてバカみたいな話に思えるかもしれないが、事実だから仕方がない。
凛桜はさっとかがんで足元へ乱射した。勿論上半身に向けて撃った方が当たりやすいのだが、凛桜にとってそれは苦ではなかった。足に向けて銃を撃つのは凛桜なりの慈悲だ。戦闘意欲を失わせるには足をもぐのが最も効率的なのだ。10発撃って、10発とも命中した。
うごおおおおおおおんんんんん
何とも言えない叫び声が、夜の群馬に響いてきた。あまり聞きたくない絶叫だと、凛桜は吐き捨てつつもお尻のハッチに銃をしまった。そして当たらなかった唯一の男に向けて、凛桜はローキックを繰り出した。
昔はパワードスーツなんて着せてもらえなかった。その時に瀕死の重傷を負ってから、ようやく重たい防護服を着せてもらった。そして今は、能力向上も助けるパワードスーツを着せてもらっている。それに対して凛桜は感謝しかなかった。希美なんかはそんなの当たり前だろうと、なぜそんなことを感謝しているのだと言っていた。でもそれでも、ほんの少しでもマシになっただけで凛桜は満足だった。
やってくる敵をちぎってはちぎって、撃ってきたロケランはさっとかわして素早く岩を投げた。銃を出そうとも思ったが、近くの岩を掴んで投げた方がいいと判断した。おそらく敵は、前方の建物の陰から撃ってきている。ならばそこをつぶしてしまうのが肝要だと、凛桜は考えたのだ。
振り下ろされてきた拳を交わした。プルクにだって鳩尾はある。そこへ向けてダイレクトに殴ると、ブファ!!!っという汚声と共に胃液を吐き出した。それを投げつけ、後ろから襲ってきた敵の弾丸をかがんでよけた。そしてまた近くにあった廃墟のコンクリートを掴んでひょいっと投げつけた。ドシーンという音が間抜けに響いた。そしたら次は……もう誰もたっていなかった。
「次は西に300メートル行ってくれ」
「レーダー出てるから指示なんていらないわよ」
「念のためだ。それに、暴走されても困るからな」
「私がいつ暴走したっていうのよ!?」
「いや、君のことではない」
走りながら指示を受けていた凛桜は、ここで凛姫の存在を確信した。
「君がどれだけピンチになったって、塵ほども心配していない。君は優秀な戦士だ。命令にも背かないし、自分の使命についても重々に理解していると確信している。問題は……野口君の方だ」
「だから私も野口なんだって。秀才だって評判なのに学習能力は低いのね」
「癖を治すのは人間の数ある学習の中で最も難しいと言われている」
「だから仕方ないとか言わないでよね。女の子にもてないわよそういうデリカシーのない理詰め野郎は!!」
凛桜は動線にいたプルクにエルボーを喰らわせた。相手は気づいていない様子だった。そのままそいつを掴んで投げ飛ばし、全員を撃ち倒した。その時間、わずか2秒。敵なんて、固まれば固まるほど倒しやすくなるというのが、凛桜の持論だった。1人だけ向かってきたのでそいつだけは鉄拳を喰らわして、すぐさま西へ向かおうとした凛桜を、北里は制した。
「あ、そこにはいくな。そこはもう大丈夫だ」
「なんでよ??この反応、結構多いんじゃない?」
「だからだ。多いからこそあいつに頼む……」
「…………」
「どうした?」
「これまでは決して地上にあげてこなかったのにね。お姉ちゃんの機動兵器」
ウっという声を、北里は漏らしてしまった。
「あれだっけ?無関係な一般市民を戦力として組み込んでしまったならば、不確定要素が増えてしまいかねないから個人的には反対であるとかそんなことぬかしていたわよね?お姉ちゃんが、第1帝国大学理科3類の首席かつ、元PCPJメンバーだったことも知っていたにもかかわらず」
そんな憎まれ口をたたきつつも、凛桜は北の方へ向かって進んでいた。西側は凛姫に任せたのである。
「その割に私には手伝わせるし……」
「君は一応防衛省傘下の防衛高等学校に所属しているだろう。君はもう立派な軍人だ」
「軍人じゃない人に軍人だなんて言われたくないっての。それで?今回から何でこんなことになったの??いや別にいいけれど、今のお姉ちゃんに無理させなきゃいけないほど状況は悪化しているってこと?」
「いいや、要請は向こうから来た。どうしても君のことが心配らしくてな。ちなみにこの会話も向こうは聞いている」
「へ?」
「何なら話に入ることだってできる」
「へ?????」
いきなり声が聞こえてきて、凛桜は激しく動揺した。どれくらい動揺したかというと、誤射してプルクに銃を放ってしまうほどだった。そしてそのまま、モノのついでに戦闘へ入った。
まだ他拠点が壊滅した知らせを、彼らは存じ上げていなかったらしい。自分たちの姿が見える敵に動揺している姿は滑稽だった。あまり殺しを行うのは好きではないが、生かして復讐されて余計な犠牲が出るのはもっと嫌いだ。凛桜は残酷ながらそう思っていた。恨みは肥大化する。いっそのこと自分だけ恨み、何度でも暗殺しようと試みてほしいくらいなのに、行き場のない怒りや憎しみは時に対象を広くとらえてしまう。凛桜が憎い→人間が憎いとなってしまっては、無関係な一般市民まで襲われてしまう。それが凛桜にとっては1番の恐怖であった。
その一方で、姉である凛姫の行動原理は単純明快だった。凛桜が北の拠点をしっかり制圧し、敵勢力の戦闘意欲を完全にそいだ時、1発の爆弾が撃ち込まれた。RPGでもロケットランチャーでもない、それはもう小型のミサイルだった。それを打ち上げたのは彼女の誇るミサイル放出機能付き機動兵器、通称芋けんぴ君だ。なぜこの名称なのかは、凛姫が言うのは手に持っている筒の部分が芋けんぴの色だからとのことだった。ちなみに凛桜も、いまだにその全容を見たことはなかった。どこかの倉庫に保管していたらしい。彼女らの家にそんな余裕は……まああるけれども。そして今日も、暗闇の中その全容は見えずしまいだった。
轟いた爆音は、炎の1つも出さずに爆風をまき散らした。いったいどんな科学技術を使えばそんなことが可能になるのか、北里も凛桜も全く分からなかった。しかしながらそれは拠点の中央部を食い込むように発射され、多くのプルクがそれに巻き込まれた。凛姫の殺生観はいたって単純だ。的確に攻撃をするから、生き残ったならその先がんばれ、生き残れなかったらどんまい、それだけだ。
爆発に巻き込まれるプルク達を横目で見つつレーダーを確認したが、もう残っている反応は何もなかった。
「任務完了だ。ご苦労様」
北里はそう軽く言葉をかけてきた。爆炎が上がらなかったせいで機体の把握ができなかったのが悔しかったが、凛桜は切り替えていくことにした。
「Sakura、帰還します」