戦場
地上はもう、荒廃の一途をたどっていた。死臭と腐臭と、硝煙の匂いが立ち込め、パワードスーツを着ていなければ鼻をやられてしまうほどだった。地上にある死体を運び出したり供養したりといった行事ができたのはここ2,3年のことで、それまでは地上で雑魚寝したまま放置されているのが普通だったのだ。
人間はいつになっても感傷を捨てきれないもので、一部地下での生活を拒み地上で生活し続けた者もいた。生まれた土地から離れたくない。ここには死んだ家族がいるんだ。政府の言うことなんて信用できない。そんなことをのたまった輩は、悲しいことに全員死んでしまった。いやもしかしたら生きているのかもしれないが、日本列島が瓦礫と倒壊した材木で埋め尽くされているのだからそれも考えにくいであろう。そんな中、凛桜はその瓦礫と材木の上に立っていた。
地下時間で夜ならば、地上時間でももちろん夜だ。そのあたりはあえてリンクさせている。人間は明所にずっといると体内時計がくるってしまうのだという。暗所に居続けるのも同様だ。最終目標を地上の奪還とかつての平和な暮らしの奪還と定めているのなら、生活も地上時代と変えてはならないと工夫をしているのだ。
昼間は太陽光線に含まれる成分を混入した光で地下世界全体を照らし、たまに雲で遮ってみたり、季節によって光の当て方に強弱をつけてみたりと、その対策は枚挙に暇がない。しかしそれはビニールハウスで野菜を育てるのと同じようなものだ。実際外で暮らす際に何の参考にもならないなどと批判を受けることもある。その批判自体には共感しないが、何もない地平線と、一部に骨組みだけ残った鉄筋コンクリートと、この強烈なにおいは、たとえどんな対策を講じたとしてもギャップに苦しむだろう。
北里から来た指令は、着いた瞬間にしばらく身を潜めているように、とのことだった。凛桜も日ごろは反抗的で生意気な態度をとっているが、依頼主の指示を無碍に扱うほど子供ではなかった。そのままじっとして、辺りをうかがっていた。何もないように見えたのだが、PCPJ技師達の射出技術の正確さを信頼していた。おそらく何かが来るのか、それとも視覚的に見えないものが来るのか……いつもより遅めのアナウンスを待ちつつ、凛桜は少し胸の鼓動を早くしていた。
「時間がかかって申し訳ない」
「うげっ」
聞こえてきた声が東雲ではなく北里だったので、凛桜は思わず本音を漏らしてしまった。
「ほう、その反応は想定外だな」
「なんであんたが指示してんの?こんな現場のど真ん中にいる人間こき使う立場の男じゃないでしょ?大体この時間、良い子は寝る時間よ」
「悪いがここの所徹夜続きでね。平均睡眠時間は30分を切ってきそうだよ。それなのに夜8時半に寝落ちするかと言ったら、もはやできやしない」
そんな雑談をしているうちに、凛桜の眼前にモニターが映された。
「今回の敵はステルス能力を用いている。その赤レーダーに従って動いてくれ。まだ制度はないが、新種の…」
「これ、お姉ちゃんがさっきいじくってたやつだよね?」
今度は北里の方がうげっという声を漏らしそうになった。
「私さっき帰ってくるときこれ見たよ。お姉ちゃん、これ見ながらぶつぶつ呟いていたもん。レーダーってなんだよ……仕組みわかんねえって」
実際はそこに芋けんぴを食いながらの一文を加えたくなったが、凛桜としてはそこまでして自分のかいがいしさアピールをする気はなかったし、更に言うとそのアピールをしてこの男に同情されたくないとすら思った。
「まあそうだな……少し試してみたくてね。あのレーダー、どこまで正確性があるのか」
「全く、いいけど人を実験台みたく扱うのはどうかと思う。兵器じゃないんだしさ」
「…………………」
「ん?どうした?」
「そうだな。とりあえずやってみてくれないか?もしも異常がなければ今後導入していきたいし、リアルゲート裏手の敵基地なんてさっさと取っ払っておきたいからな」
そう言われて私は、言われるがままに小型銃を持った。
戦場にからっ風が吹いてきた。それは私の髪を、本当だったら靡かせるのであろう。しかし今の凛桜はパワードスーツを着るために髪を纏めており、銀髪はお団子状態だった。練習用とは違って白色を基調とし赤色のラインが入ったそれは、とてもスタイリシュで気に入っていた。それでも本当は、こんな服脱ぎ去りたかった。この星の、風も、雨も、日光も雷も、すべてがこの星の人間のものだ。それが奪われた世界。荒廃した世界。終わりが見えない戦争が、延々と続くディストピア。
凛桜はそんな世界の希望だ。間違いなくそれは、一筋の光明だった。そしてその灯を消してはいけない。せっかく全土抑えられていた日本全土のうち、関東圏の一部を取り返し始めたのだ。勿論それは凛桜だけの功績ではない。でもそれに最も大きく貢献していたのは、間違いなく彼女だった。その希望の名を、かつての象徴と擬え【Sakura】と呼ばれているのだ。