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訪問

 凛桜がハンバーグを作り終わったくらいのタイミングで、既に凛姫は芋けんぴを4袋食いつくさんとする勢いだった。彼女にとってはこれが主食なのである。そんな食生活を送っているから、凛姫は度々こんな信じられないことを口走るのだ。


「なあ、凛桜。私今日コメいらない」

「はあ!?!?」

「芋食い過ぎた。ハンバーグもそんなにいらない」

「栄養素偏るでしょ?しっかり食べなさい!!」


 そう言いつつ今日のご飯を盛り付けたら、凛桜は凛姫のところへ近づいていった。そして肩を貸して、彼女を席の方へ座らせた。凡そ10メートルの手助けだ。


「すまないね。体が弱くて」


 凛姫の言葉に、凛桜は少し申し訳なくなった。少しだけ暗くなった顔を、すぐに改めた。


「そんなことどうでもいいから、出されたものはしっかり食べなさい!」

「いやだ!私は何故かお腹いっぱいなのだ。仕方ないのだ」

「食前に芋けんぴ食べたからでしょ?食べられるだけでいいからバランス良くしっかり食べなさい」


 凛姫はもう補助がなければ立つこともままならない足を責めていたが、そんなもの凛桜からしたら大した問題ではなかった。それよりもせっかく作ったご飯を食べない方が問題だったが、凛桜からしたらそれも些事であった。荒廃世界で生きているから、ただ今日も生きていたことに感謝していた。明日があることが、すなわち希望だと凛桜は考えていたのだ。人間離れした考え方だという指摘は、受けてしかるべきだろう。


「そうだなあ。毎日芋けんぴが食べたい」

「あれ売っている店は明日と明後日休んでいるみたいだから、計画的に食べてね」

「了解ー」


 そう言いつつ凛姫は震える手つきで何とかハンバーグを切り分けていた。それを見て凛桜は頭を抱えた。姉の行動にではなく、自身の気の使えなさに、だ。


「やーごめんお姉ちゃん。せめて半分に切っておくべきだったね」

「?」

「それじゃ食べにくいでしょ」

「いやでも最初から切り分けていたらこのジュワーって広がる肉汁を見て味わうことはできなかったぞ?それにゆっくりでも切ることはできる。私はこれで満足だし、これからもこれで満足だ」


 凛姫は萎んでしまった目元を優しく緩ませ、にこりと笑いながらのんびりひとかけらを口に含んでいた。骨と皮しかないといっても過言じゃない腕、筋肉など微塵も感じさせない脚、そしてどこもかしこも痩せこけた顔。それはもう、全てが黄金比で纏まる才色兼備な妹とは大違いのものだったが、凛桜はそれに対して哀れんだり嘲ったりしていなかったし、凛姫も妬んだり過剰に謙ったりしていなかった。指摘する方が悲しくなることを、お互い理解していたからだ。まあ凛姫には、また別の意味で妹と肩を並べるものがあるのだが……

 

 ピンポーン!


 チャイムの音が鳴り響いた。有無を言わさず凛桜が席を立って、カメラ付きインターホンの映像を見に行った。


「あーすまんな」

「いいっていいって。あ……」


 しばしの沈黙。


「誰から?」

「……北里」


 まじかあという顔をする2人。それもそのはずだ。


 第1帝国大学理科3類在学ながら防衛省傘下のプルク対抗プロジェクトチームメンバー、通称PCPJの中心に座る男、それが北里肇きたさとはじめだ。彼もまた日本国中から注目される存在で、対プルクの実質的な指揮者としてたびたび取り上げられていた。嫉妬と羨望、賞賛と陰口、そして謂れもない様々な噂。そのすべての評判を一身に受け持っていた。そんな優秀で頭のいい手足の長い黒ぶちメガネなのだが、大体彼が来るときには無理難題を2人に押し付けて来るときだった。だから2人とも、お世話になっているにもかかわらずこんな反応だったのだ。


「あ、あー北里さん?姉がお帰り願いたいって……」


「ふざけるな!!!こっちは君たち2人とも電話に出ないから!!!わざわざこうやって時間を縫ってここに来たんだぞ!!!何人の人間に迷惑をかけたと思っている!!!そもそも何で何回かけても出ないのだ!!?忙しかったのか!!!」

「あーミュートにしてたわ」


 遠くで凛姫が呟くように言った。つられて凛桜もこう言った。


「私も〜仕方ないね」

「いや仕方ないではない!!そもそも何で君たちは僕からの連絡をミュートしているのか!!?僕が君達に連絡する時は即ち、仕事の依頼だということなのだぞ!!?」

「だからじゃないかなー?」

「結構めんどくさい内容持って来るし。湯川さんと違って」


 凛姫の声もどうやら聞こえていたようで、北里はここから謎の解説タイムに突入した。


「それは当然のことであろう。何故なら湯川先生は防衛省の防衛副大臣も務めあげているお方であり、彼が仕事を依頼する時は正式な文書を用いて、そちらの学校を通し、マスコミにもプレスリリースしてやられなければならない。しかし僕の場合は違う。僕が君たちに行うのは喫緊で秘密裏なものばかりだ。なぜならばそれこそがPCPJの目的であり存在意義だからな。マスコミへ公開することも、どこかへ正式な文書を発表することもしなくていい。許可を取る先は湯川先生のみで、そこから先は好きに動けるからこそ、我々PCPJは成功を収めて……」


 ういーん。鍵が開いた。そしてインターホン越しに、気だるそうな声が聞こえて来た。


「あーもういいから、自慢話も仕事の依頼も上で聞く。さっさと上がってこい」


 凛姫のその声を聞き、北里は少しだけ足に力を込めて階段を上っていったのだった。その間に部下へ指示も出しつつ、屋上にある2人の部屋のドアをガチャリと開けたのだった


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