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幕間 小梅との朝

それではどうぞ。




 月曜日の早朝、エプロンをかけた暮人は台所に立って自らの弁当のおかずを作っていた。休日は張り切ってケーキ作りをしたからかその後ほとんどだらけて過ごしてしまった。そのおかげといっても良いのか、十分な睡眠もとれたはずなのだが、何故だかまだ眠気がある。

 身体に疲れが残っているのだろうか。


 ベーコンのアスパラ巻を焼く油がぱちぱちとはねる。何とも心地よい響きなのだが、既に自分にとって日常の音となっているため脳を覚醒させるには至らない。

 火を消して、他のおかずが既に詰まっている自分の弁当箱に最後のそれを詰め込んでいると、階段からゆっくりと足音が聞こえた。



「ふわぁあ。にいに、おはよう」

「おはよう小梅。ぐっすり眠れた?」



 暮人は妹の天使のような仕草と甘えるような声で一気に目を覚ました。


 うん、と眠そうにしながらごしごしと目元を擦りながら起きて来たのは小梅。寝るときはフードの付いた可愛らしいウサギのパジャマを着るのだが、どうやら着替えないでそのまま来たらしい。

 彼女はそのまま暮人へ近づくとぎゅっと彼の腰へと両手を回す。最初はお腹辺りに顔を擦り付けるが、突如動きが止まった。



「にいに、あぶらくさい………」

「ははは、さっきまで油で調理してたからなぁ。だからこっちにまで掛かったんだろうね………え、そんなに匂う?」



 確かに先程まで油を使っていたが、目の前のこちらを見上げた様子の小梅が少しだけ表情を(しか)めていたので、思わず聞き返す。

 そんなに匂いがきついのならばシャワーを浴びないといけないのだが、小梅はまだ眠気が取れないのか、んー………と言葉を濁しながらも続けた。



「………だいじょうぶ。小梅は気にしないよ?」

「………ちょっとシャワー浴びてくるから、先に朝食食べてて」



 彼女の反応にすぐさまシャワーを浴びてこようとする暮人だが、エプロンの端をがしっと掴んだ彼女は上目遣いで自分の兄を見つめた。


 すると、



「にいに待って、こうすればだいじょうぶ」

「わっ………! ちょっと小梅っ、ダメだよ………っ! 油臭くなるから!」



 正面に立った小梅は暮人のエプロンの下を捲るとそこからするすると体を侵入させてきた。色々と擦れて「あっ、んっ」と息を洩らす小梅の声が聞こえるが、徐々にエプロンが引っ張られて小梅との密着感が如実に実感できる。

 そうしてぷはっと息を吸い込みながら出てきた小梅は暮人の斜め下から顔を見上げる形になった。目と目が合った瞬間、小梅はふにゃり、と安心するように目を細めながら口を開いた。



「ほら、これでにいにとおそろい」

「………っ、小梅っ!」



 至近距離で言い放ったその言葉に脳が揺さぶられる。


 "天使"


 まさにその一言に尽きる。

 こんな油臭くなった兄に対しても自分の身体を擦りつけて顔をぐりぐりと押し付けるその様子は小動物のそれにも似ている。

 おそらく小梅が抱き着いて自分も油臭くなることで、兄の精神的不安を軽減させようとしたのだろう。なんて優しい子なんだろう………っ! と思わず息を止めた。




「あぁ………っ! もう小梅のこと全部食べちゃいたいくらい可愛い」

「………いつでもいいのに」



 思わず兄として勘違いされかねない言動をしてしまったが、その言葉に対し小梅は何かを小さく呟いた。服に顔を押し付けているせいかくぐもった声で聞こえなかったが、暮人にとってもう小梅の心遣いが嬉しくて何を言ったのかなんて関係が無かった。



「さ、もう朝食も準備してるから制服に着替えて先に食べてな。」

「………うん、わかった。にいに」



 若干名残惜しそうな表情を浮かべるが、苦汁をなめながらも鉄の意志で彼女を引き離す。

そのあと小梅は自分の部屋に戻る為に階段を昇って行った。



「ありがとう小梅、にいに元気出たよ………! さて、俺も早く準備しなくちゃな」



 よし、と意気込むとフライパンなどの後片付けを始めた。







◇◆◇




「ふわぁぁ、にいに、良い匂いだった………!」



 部屋の扉を閉めた小梅はベッドに身を投げ出すとゴロゴロと転がった。まだ登校する時間まで間があるので少しぐらいは良いだろう。

 思い出すのは、兄と密着した時の匂い。



「少しの油の匂いとにいにの男らしい匂い………嫌いじゃない。むしろすごく好き」



 朝なのに思わず気分が高揚してしまい、興奮してしまったのは内緒だ。兄の胸元部分に顔をうずめて大きく息を吸った辺りから結構な勢いで自分の心臓がドキドキしているのが分かった。


 こんなにも自分にとってドストライクな芳醇な香りを放つ兄はやはり自分にとって特別な存在。


 近くの大きな鏡を見ると顔を赤く上気しながら猫のように丸まる自身の姿が見える。その様子は、まるでマタタビに惑わされてメロメロになっている子猫のようで。



「~~~! ハァハァ、にいにぃ………! 大好きぃ、ケッコンしたいよぉ………!」



 この小さな胸を駆け巡る熱い感情を鎮めるように、枕に顔をうずめた。



「でもあの(メス)、氷石聖梨華………美雪ちゃんはしばらく様子見してるって言ってたけど、いちおう警戒しておかないと………」



 脳裏にふと思い出すのは土曜日に急に現れた氷石聖梨華という存在。にいにとの折角のプライベートを邪魔されたのは正直尋常じゃないほどの殺意が湧いた。

 それにあの(メス)の纏う匂いは、以前にいにの制服を嗅いだ時にこべり付いていた女のフェロモンと同じモノだった。

 いざというとき、にいにと過ごす将来で必要になると思い習得した縄のテクニックで思わずあの(メス)を縛り上げてしまったが、全く反省も後悔もしてはいない。



 しかし、ケーキを食べる際に兄と関わる聖梨華の様子を観察した限りただ確かにいえる事は―――、



「あの(メス)は、ダメ。美雪ちゃんが悠長にしてる間に、にいにがとられる」



 表面上は明るい様子を出していたが、ところどころ仕草に隠し切れない好意が見られたのを見逃さなかった。

 何故そう思ったのか強い理由はない。しかしどこか確信めいたものが重りのように心に残る。

 そうして小梅は制服に着替える為に身を起こした。



「―――にいには、小梅のモノだよ。あの(メス)にも、美雪ちゃんにも、渡さないんだから」



 昏い瞳をした小梅は改めて決意すると、兄の作った朝食を美味しく食べる為に行動に移した。


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