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ある星の話

作者: 文山楓月

 大学の部誌にだしたもののリメイクバージョンです。擬人化表現?を多く含みます。ご了承ください。

 あぁ、今日もいい天気だったね。楽しかったかい。それはよかったね。そうだな、こんな日は昔話をしてあげよう。お星様のお話だ。


 むかし、あるところに少し変わった星がいた。流れ星みたいな尻尾を持っているのに歩くのが蝸牛みたいに遅い星だ。そいつも星だから神様に与えられた立派な名前があったが、大抵の星は酷い渾名で呼んでいた。それは人の言葉で置き換えると英語のスロウという単語が一番似ていて、鈍い、頭が悪い、面白くない、つまらないというような意味の言葉だった。

 スロウには身内がいなかった。恒星でも惑星でも流れ星でもなくて、正体がちっともわからない。だから、多くの星は気味悪がっていた。星達はスロウを見るといつも指をさして、悪魔だ、死神だ、と騒いだものさ。ところが、そんなことを言う割に星達、特に惑星は目があまりよくなかったんだよな。スロウの尻尾と流れ星のマントの見分けがほとんどつきやしなかった。もちろん、流れ星達はこれをすごく嫌がって、スロウに八つ当たりした。流れ星達はスロウの尻尾を見ると、怒りにかっと身体をより熱く光らせて、早くその尻尾をしまえ、と言った。時には小さな石を投げたりしたってね。そのスロウの評判をあげれば問題なんてなくなったはずなんだが、まぁ、どんなものでも弱いものいじめは癖になるってこった。

 それでついにある日、まぁ宇宙に日付けなんて概念はありゃしないが、ともかく流れ星達はスロウのところにやって来てこう言った。

「おい、スロウ。いい加減その尻尾をしまえ」

「そんなの無理ですよ。しまえって言われても、生まれつきなんですから」

「なんだ生意気なやつめ。こっちはお前みたいな気持ちの悪いのと一緒にされて迷惑なんだよ。尻尾をしまわないというなら、殺すぞ」

 散々な言い様にスロウは頭を後ろにそらし、声を上ずらせながら流れ星達を見あげた。スロウは全身がこわばり、今にも逃げだしたい気分になるのを感じた。それでも、なんとか一言だけ言い返した。

「そんなの理不尽じゃないですか」

 すると流れ星達は少し不機嫌な顔をして、でも、すぐにこう言った。

「なんと言おうが理不尽だろうが、世界はそういう風にできているんだよ。とにかく次に顔を合わせる時までにどうするか決めておけよ」

 それきり流れ星達は去っていった。スロウはまっすぐに、流れ星達の姿を見ていた。その時、宇宙は高級なインクを零したように上品な黒をしていた。そこを横切る流れ星達はそれはもう華やかで美しかった。目を凝らせば向こう側には星雲。星雲の光は、花びらが綻ぶように柔らかくひろがり、空気も赤く燃えているように見える。スロウはその全てを目に焼き付けようとするかのように、じっと瞼を閉じて考えた。そうして、涙を一つ零した。

 スロウは逃げることにした。尻尾をぴんと伸ばし、歩き始めた。まるで大きな魚が動くように、ゆらゆら進んだ。やがてスロウは星が集まって川のようになっている場所を見つけた。惑星系だった。見たこともない数の星に目をぱちくりさせながら、こんなに沢山の星がいるなら僕のことを認めてくれる星もいるかもしれない、スロウはそう期待した。彼は涙が零れるほど眩しいのをこらえてそっちへ飛んで行った。

 しばらく進むと、冷たいものがにわかにスロウに降りかかった。彼は思わず眼をひらいた。近くにいた氷の星が矢を放ったのだ。スロウがおずおずと前を見ると、氷の星は表情を酷くゆがめた。吐瀉物でも見るかのようにね。当然、何もしてないのにとスロウは思ったが、氷の星の視線が酷く冷たく恐ろしかったのと、矢が当たったところが焼けるように熱かったのでわけもわからず謝罪を述べて逃げた。

 ただただ走って、気がつくとスロウは随分遠くまで来ていた。相変わらずあたりは青ぐろく、沢山の星がまたたいてはスロウを笑ったが、あの意地悪で恐い氷の星の姿はもうどこにも見当たらなかった。ほっと息をつくスロウにその惑星系の王様が声をかけた。

「見慣れない者だな。何をしておる」

「旅を」

「旅? いったい何処に行くというんだね。歩くのも随分遅いようじゃないか。その膨れ上がった尻尾を落として普通の星になったほうがいいんじゃないかね」

 スロウは何も言えなかった。確かに彼にはどこにも行く宛なんてなかったからね。でも、王様が言うように尻尾を落とせはしなかった。それは彼の生まれ持ってきたもので、れっきとした彼の一部だったからね。スロウにとって尻尾を切るというのは我々が腕を落とすのと同じような意味だったんだ。だから、スロウはただ静かに首を横に降った。王様は、そうか、と呟いたきり何か言うことはなかった。スロウは一つ丁寧にお辞儀をしてその場を離れた。

 次に会ったのは大きなクワで畑を耕している星だ。その星はスロウが来ると顔を顰めて案山子をたてた。会話すらしてくれず、スロウはがっかりしまたが、氷の星のように攻撃してこないだけマシだと思うことにした。けれども彼の心は氷の星に矢を放たれた時と同じ、いや、もしかしたらそれ以上に傷ついていた。なんてったって、案山子なんかで追っ払えると思われてるんだからね。

 ともかく、スロウは一人で歩き続けたよ。恒星たちは面と向かって何か言ってきはしなかったが、スロウの視界から外れた途端、今だと言わんばかりにあれこれ噂話をしたりした。そんな奴らに囲まれて眠れるほどスロウの心は強くなかった。スロウは後悔しかけていた。なんで友達ができるかもなんて馬鹿な期待をしたんだってね。項垂れながら歩いているうちにスロウはまた惑星を見つけた。氷の星のところに戻ってきてしまったのか、とスロウは一瞬ぎょっとしたが、そこにいたのは茶色っぽい大きな星だった。大きな星はじっとスロウのことを見ていた。

「あなたは僕を笑わないのですか」

 スロウが問うても、大きな星は何も応えなかった。その代わり、笑ったり馬鹿にしたりもしなかった。やがて大きな星は黙って彼を手招いた。それがどれほどスロウにとって救いだったことか。スロウは泣きそうになって、よろよろとよろけながら、大きな星に抱き着いた。大きな星はスロウの耳を塞いで悪口が聞こえないようにしてやった。それはスロウにとって生まれて初めて触れた優しさだった。それからしばらくスロウはその大きな星と過ごした。

 二人はそれなり仲良くしていたが、ある日、大きな星が言った。

「実は私には妻がいてね、ユノという小惑星なんだが会ってみないか」

 スロウはもちろん喜んだ。友人に家族を紹介したいと言われて嬉しくないはずがなかった。いざ実際に顔を合わせるというその日は、スロウはもう、いつも以上に身体を光らせてそわそわしながら、大きな星がそのユノという星をつれて来るのを待っていたよ。

 ところが、ユノはスロウを見るなり「気持ち悪い」と吐き捨てた。いや、それだけならまだよかったかもな。ユノはスロウと過ごしていた大きな星のことまでも貶し始めたんだ。

「信じられないわ。私がいない間に、こんなのと過ごしているなんて! 衛星を雇うならともかく、得体の知れないのと友達になるなんて。もっと惑星としての自覚を持ってちょうだい。妻として恥ずかしいったらありゃしないわ」

 大きな星は必死に妻を宥め、諭し、スロウに何度も謝った。スロウはそれが尚更辛かった。こんなにも優しい友人に自分は何をしてやれただろうか、と思い返して、何もできなかったことに気がついた。

 スロウはしばらく呆然として友人とユノを見ていた。ユノはもう、狂っていた。たぶんね、スロウに会うまでは彼女も優しかったんだよ。ただ、信じていたものが裏切られて、恐くなっちゃったんだろうね。彼女がしたことは決してよくなかったけど、スロウは彼女を責められなかった。どこか同情的な気分だった。

「ありがとう。さようなら。ごめんなさい」

 スロウは、それだけ言って立ち去った。もっといい対応もあったのかもしれないが、その時思いついたのはそれだけだった。辛さに涙がぽろりと一つ落ちたので、大きな星に見られないように黒い世界に走り出した。さようなら、スロウはもう一度そう呟いた。

 またしばらく宇宙をさまよっていると、スロウは誰かに声をかけられた。

「あなたがスロウですか」

 スロウはびっくりして、よろよろよろめいて、それから、声のほうを見た。すると黒い燕尾服を纏った二人組がこちらを見ていた。一人は大きな一つ目で、もう一人はとても小さな二つ目をしていた。スロウは不思議に思いながらも静かに答えた。

「はい。僕ですが」

「あぁ、申し遅れました私はフォボス」

 一つ目が名乗り、二つ目が続きました。

「私はダイモスと申します」

 二人は何かオドオドしながら言いました。

「主があなたに会いたがっているのです。会っていただけませんか」

 なんで僕なんかと会いたがっているのだろうと思いながらも、断る理由も特にないのでスロウは快く申し出を承諾した。

「あぁ、よかった!」

 二人は心から安心したような表情をした。フォボスが左手をダイモスが右手を引いてスロウを彼らの主の元に連れていった。

 彼らの主は血のように赤い星だった。赤い星は仰々しい口調でスロウにこう尋ねた。

「お前、力がほしいとは思わないか」

 何か稽古でもつけてくれようというのだろうか、スロウはそう思った。それで彼は動くのが苦手だったから、やんわりと断わろうとした。

「いや、待て、よく聞くがいい」

 赤い星は続けた。

「力というのはなにも物理的なものだけじゃない。特性をうまく使い、相手の恐怖心をうまく操れば、それは信仰対象になる。何者も神に成り代わることができるのだ。その点、お前はなかなかに珍しい特性があるから、向いているだろう。どうだ、あらゆる星がひれ伏すところを見てみたいとは思わないか」

 赤い星が何を言っているのか、スロウには半分もわからなかった。ただ、フォボスとダイモスが震えながらこちらを見ていたので、恐ろしいことを言っているのだろうとなんとなく察した。スロウはもう一度断った。すると赤い星は躍起になってスロウの尻尾を掴んだ。スロウは、これはいよいよ危ないと気づいてそれを必死に振り払って力の限り逃げた。後ろから背筋がゾッとする怒鳴り声と、恐らく泣いている二人の声が聞こえた。スロウは知らないふりをして、二人に申し訳ないと思いながらも、ひたすら逃げ続けた。

 次に会ったのは青い星だ。その星は随分変わっていてな、聞こえてくる声が一つではなかった。その星はスロウを褒め、同時に、他の星と同じような罵倒や悪口も言った。スロウは試しにもっと強く光ってみた。するともっとたくさんの褒め言葉と悪口が聞こえた。スロウはわけがわからなくなって、言葉を交わすこともなく青い星の傍を通り過ぎた。ちょうどその時、少し離れたところで一つの星が爆発した。爆発といっても、酷く静かなものだったがね。その星は音もなく壊れたよ。桜が散るようにゆっくり壊れていった。周りはちらとそれを見たきり何事も無かったかのように通り過ぎていった。スロウだけがそれをじっと見ていた。黒と鮮やかな色の光だけが彼の目にうつった。とても綺麗で整った世界だった。

 その次にスロウが出会ったのはきらきら光る金色の星だった。金色の星はスロウが視界に入ると、もう見てられなくなって、彼の尻尾を掴み、こう言った。

「お待ちください、旅の方」

「いや、僕はいかなくては」

「何故ですか。どうしてそんなにも急ぐのですか。あなたは止まらなくてはなりません。自分の身体を見てご覧なさい」

 スロウは言われたとおりに立ち止まって自分の身体をまじまじと見た。彼の腕や足はすっかりぼろぼろになっていた。身体はずいぶん小さくなって、尻尾は今にもちぎれそうになってしまっていた。長い旅と周りからの散々な扱いですっかりくたびれてしまっていたんだな。

「どうか休んでください。このままでは近いうちにあなたは死んでしまいます」

 金色星の提案はもっともだった。でも、スロウはそれを受けなかった。彼は引き止めようとする彼女の手を解いてこう言った。

「それもいいかもしれない、それがいいかもしれないと思うんです。僕は殺されるのが恐ろしくて逃げてきました。けれども、僕は今、生きて周りと関わるのも同じぐらい恐ろしいのです。だから、終わってしまいたいのです」

「あぁ」

 金色の星はもう一度、あぁ、と溜息をついた。それきり言葉を探したまま、何も言うことはなかった。彼女はあまりに優しすぎたんだ。スロウが生きることで受ける苦しみを想像すると、とても止められはしなかった。彼女はスロウに死んでほしくはなかったけれど、それ以上に苦しんでほしくなかったんだと思う。スロウはその星の額に一つキスをして立ち去った。

 次にスロウが出会ったのは岩でできた小さめの惑星だった。小さめの惑星は店をかまえていた。そいつはスロウのあまりのボロボロ具合に一瞬ぎょっと目を開いたが、すぐに気のよい笑みを浮かべた。商人らしい星だった。

「いらっしゃい。ずいぶん久しぶりのお客さんだ。何をお望みかな?」

「死にたいです」

 スロウは間髪入れずに答えた。

「そいつは受けられないかな」

 小さめの惑星は私は殺し屋じゃぁないからね、と苦笑いした。ところが、それならあなたに用はありませんなんて言ってスロウが去ろうとするものなので、小さめの惑星は慌てて引き止めた。彼は商人だったから、店に用がないと言われるのはとても嫌いだった。

「友達とか恋人はどうだい。ほしくないかい」

「ほしいけど、買いたくはないです」

「それなら宝石はどうだい。これをつけてればあんたを悪く言う奴はずいぶん減るよ」

「宝石は僕の過去も本質も変えてくれません」

「なら、花は、美味しい食事はどうだい。他にもこんなのはどうだい。ね、珍しいだろう」

 小さめの惑星は思いつく限りの贅沢をスロウに提案したが、その全てにスロウは首を横に振るだけだった。そしてそのまま立ち去った。小さめの惑星は最後に、自分が友人になるから待ってくれ、きっとよくするよ、と叫んだが、スロウはそれに耳を傾けることはなかった。それが商人として発せられた言葉でなかったら、あるいは違ったかもしれないが。

 理不尽を知って、優しさに首を絞められて、存在を見失って、友と別れ、信頼を忘れて、何が本当かもわからなくなって、差し伸べられた手をとることさえ拒み、新しいものを手にすることもやめて、そうして最後にスロウはその惑星系の中で一番大きく、きらきらしていて、美しい星に辿り着いた。それはまるで炉のようで、それでいて赤く熟れた果実のようでもあり、見ているものをことごとく魅了していた。

「あ、そうだ」

 その時、スロウはもう精神的にもすっかり疲弊して、まともな思考能力はおろか彼らしい感情もすっかり駄目になってしまっていた。もうほとんど空っぽになったスロウは、大変おかしなことを考えた。彼は、この美しい星をすっかり駄目にする方法を一つ思いついた。それが肯定的行為か否定的行為なのかは彼自身にもよくわからなかった。ただスロウはそれを自身の終わりとして最適であると捉えた。

「そうだ」

 スロウはどくどく騒がしい心を制しながら、一つ大きく息を吸って、それから迷うことなくその星に飛び込んだ。そうして彼は熱でどろどろに溶けて、その星の一部になりましたとさ。


 それで可哀想な星のお話はこれでおしまいさ。え? 結局、美しい星は汚れたのかって? そいつはお前もよく知っていることだよ。

 ※この物語への注釈


 ある星の話と題うってはいますが、実際は星の話ではありません。この物語は三つの視点で構成しています。


①聞き手視点

変な星の話。完全な御伽噺。


②スロウ視点

自己肯定感の模索とその失敗。


③語り手(傍観者)視点

ある人に降りかかる理不尽をただ見ていることしかできなかった自分の罪の告白。


 ③がこの物語の芯みたいなもので、聞き手が子どもなので星の話にしてぼかしていますが、基本的には語り手の懺悔の話です。このようなメタ的後書きを残すのはあまり好きではないのですが、言わなければあまりに意味不明になってしまう恐れからここにしたためることにしました。どうぞお好きな視点でお読み、好きな視点で生きてください。後悔なさらぬよう。

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