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繋がる記憶   作者: ふりこ
9/35

9 懐かしい温もり2

 


 今日はいつもより早く仕事が終わった。

 正直公爵と言ってもやる事は多くない。


 この国では公爵がある程度の土地の治安や経済状況を把握して管理を任されている。

 そのため、資源などの豊富な土地は、貴族間での争いの種になる事もしばしばある。しかし、貴族の中でも歴史のあるハーゲン家は昔からそういったトラブルはほとんどない。

 ハーゲン家の管理する土地は、他の貴族の中でも広いが、経済も安定し治安も比較的良い。

 俺の仕事は父親が残したものを守っていくのが仕事だ。

 ハーゲン家の名を汚さぬように……。



 ガチャリと屋敷の扉を開け、中に入ると音を聞きつけたサチさんが小走りで俺の近くへ来て出迎えてくれた。

 だが、今日はいつも笑顔で迎えてくれるランが居ない。


「ランは……?」

「あの子寝不足みたいで、休むように言ったんです。でも、ロイ様がこんなに早く戻られるとは思いませんでした」

 サチさんは気まずそうに言った。

「ロイ様が戻られるまでと言ってありますから呼びにーー」

「いや、良いよ」

 俺はサチさんの言葉を遮るように言うと書斎へと歩き出した。


 そういえば、調子が良くないのか今朝顔色が優れていなかった。本人は笑って大丈夫と言って隠しているつもりのようだったが、目の下にクマを作っていたのを思い出した。


 俺は足を止めるとくるりと向きを変え、ランの部屋に向かって歩き出した。

 その途中、ふと窓から庭を見ると少し離れたベンチに箒が立てかけてある。

 ベンチは植え込みでほとんど隠れているが、その横には落ち葉が袋に詰められ置かれていた。

 いつもランが庭を掃除しているのは知っているが、片付けが途中でそのままなのに違和感を覚えた。ベンチに目を凝らすと僅かに人の姿が見える。


(もしかして……)

 俺は確認するため庭へ出た。



(ふっ……やっぱり……)


 そこにはベンチに体を預けたまま眠っているランがいた。顔にかかる髪を静かに避けると、目はしっかり閉じられ規則的に肩が揺れている。

 俺は着ていた上着をランにかけ、ランの隣に腰を下ろした。


 風が木々揺らし、落ち葉が舞いながら落ちていく。一際赤い落ち葉が落ちていくのを眺めていた時だった。


「ん……」


 その落ち葉が地面に落ちると同時にランが身じろぎし、俺の肩に頭を預けた。驚いて顔を覗き見るがまだ眠っているようで、そのまま動かなかった。


 俺は視線をランからまた木々に移した。

 ゆっくりとした時間がすごく心地よく感じた。庭をこうやってゆっくり見るなんて今まであっただろうか……。

 肩に頭を預けるランからの体温を感じながら心が穏やかになっていくのが分かった。


 しばらく経った時、ランの呼吸が荒くなっている事に気がついた。

「ぅ……っ……」

 顔を覗くと眉間に皺を寄せ、額には汗が滲んでいる。

(ラン……?)

 呼吸はどんどん荒くなっていった。


「ぃ……ゃ……」


(……?)

 小さな声を出し、ランは片手を少しだけ前に出した。

 起きたのかと顔を覗くがランは目を閉じたままだ。


「いか……な……いで……」

「っ!」


 ランの言葉に俺は咄嗟にランの出した手を握った。

 その瞬間ランが強い力で握り返してきた。ランは変わらず目を閉じたままだが、苦しそうな表情をしている。

 嫌な夢を見ているのかと思った時、記憶喪失の話を思い出した。


『火事の事を思い出そうとすると頭痛と息苦しさが出るようになってしまって……』


(まさか、夢に……!?)


「おいて……いかないで……」

「っ!!」

 その言葉の後にランが泣いている事に気付いた。


「ランっ」

 肩を揺らしてみるも、起きない。


「ランっ!!」


 大きな声で名前を呼ぶと、体をビクンとさせてランは目を覚ました。


「ぁ……はぁ……はぁ……」

 色の違う瞳が動揺して揺れているのが分かった。一瞬状況を理解出来ていなかったのか、視線を彷徨わせた。

「ロ……ロイ……さ……ま……」

 荒い呼吸の中で俺の名前を言った。

「私……寝て……」

 そう言うと、見つめていた目は悲しそうに伏せられた。

 次の瞬間、俺は力強くランを抱き締めていた。





 +++++++





 目を覚ました時目の前にロイ様がいた。

 ベンチに座ったまま寝てしまったのだと気付いてすぐ、ロイ様にうなされているのを見られたのだと分かった。

 ロイ様の目は心配そうに私を見ていた。気まずくて私が目を伏せた瞬間、力強く抱き締められた。


(あっ……)


 広い胸がすぐ目の前にあった。背中に回された腕からロイ様の体温が伝わってくる。

 強張っていた体が少しだけ緩むのが分かった。


「……ふぅ……」


 私は大きな深呼吸をした。それに合わせてロイ様の腕の力が弱まるのを感じた。


「うなされてた……」

 ロイ様が静かに言うと、ゆっくりと私の体を離した。私は顔を上げてロイ様の顔を見た。

 ロイ様が心配そうに目を細めて私を見ていた。


 大丈夫です……

 そんな言葉は到底出そうにはなかった。



「最近夢を……見るんです……」


 私は、ここ数日毎晩のように同じ夢を見ては寝られなかった事を話した。

 話しながら心が落ち着いていくのが分かった。話し終えて深呼吸をするとなんだかスッキリした。


「夢の女性は、母のような気がするんです。顔はぼやけていて分からないですけど……手を繋いでいる時、私はすごく幸せで……」

 私は膝に置いていた手を広げた。

「ただ……繋いでいた手が離れた時、1人取り残されるってすごく不安になって……怖くなるんです……」

 そう言って自分の手を握り締めようとした時、横からロイ様の手が伸びてきて私の手を握った。


「っ!!」


 私は驚いてロイ様を見た。

 ロイ様は握った手を見ているのか、目を伏せていた。


「俺に……」


 そう言うと視線を私に移した。


「俺に出来ること……ある……?」


「え……?」


 ロイ様は私の目を見つめたまま私の言葉を待っているようだった。

 私はロイ様から握られた手へ視線を移した。


 握られた手からくる温もりが心地いい。

 夢で感じたものと同じ。

 私は深く息を吸った。


「もう少しだけ……このままでも良いですか……?」

 私は俯いたまま答えた。


「うん、分かった……」


 ロイ様はそう言うと握っている手に力を込めた。私がその手を握り返すと、ロイ様がまた握り返す。


(なんでだろう……。すごく安心する……)


 私の目から一筋の涙が零れた。

 それはさっきまでの涙とは違う、温かい涙だった。


 胸が温かい……。


 そう感じて私は静かに目を閉じた。




 +++++++




 隣で規則的な息遣いが聞こえる。

 俺が握っていた手は力をなくし、握ってももう握り返すことはしない。


(寝ちゃったみたい……)


 ランの顔を覗き込むと穏やかな表情で目を閉じている。


「ラン?」


 声をかけてみるが返事はない。

 俺は指でランの頬を伝っていた涙を拭った。

 そして頬を手で包むように触れた。その頬は風に当たり冷たくなっていた。

 顔を近づけるとランの息遣いが聞こえる。唇が触れそうな距離まで近づき、顔を離した。


(ランを……あの子と重ねてる……?)


 ランの閉じられた目を見つめた。

 左右の色の違う瞳はあの時の女の子の手の温かさを思い出す。

 あの時初めて感じた感情……。

 それが何なのか自分でも分かっている。


(この感覚は……)


 そう思ってそれ以上考えるのをやめた。


 自分にはそんな存在は必要ない。

 俺には……。


 俺は寝ているランを引き寄せ横抱きにした。

 余程疲れていたのだろう。歩き出してもランが起きる気配は全くない。

 俺はそのままランの部屋へ向かった。



 部屋に入るとランをベッドに寝かせ、ベッドの縁に腰を下ろした。

 ランの顔にかかる髪を優しく払うも、その瞼は変わらず固く閉じられている。


(よく寝てる……)


 指の背でもう一度頬に触れる。その頬は先ほどと違って暖かくなっていた。

 俺は立ち上がるとランに布団をかけ、部屋を出た。




 +++++++




「……ん……」

(あ……れ……?)


 目を覚ました私は自分のベッドの上にいた。


(私って……)


 ベッドから体を起こして、自分の着ている服を見た。服は仕事の時のままだ。


(ロイ様と……庭で夢の事を話して……って!私っロイ様の横で寝ちゃったんだっ!)

 思い出して恥ずかしさが込み上げた。

(子供みたいに手を繋いで寝ちゃったんだ……)


 きっと部屋までロイ様が運んでくれたのだろう。それを想像すると、ますます恥ずかしかった。

 私は両手で頬を包んだ。

 だんだんと頬が熱くなってくるのが分かった。


 時計を見ると針は4時を指している。

 だいぶ寝てしまったようだ。私は不意に窓の外を見た。


「あれ?」


 外は夕焼けとは違い真っ暗だった。


(もしかして……!?)

 私は窓に駆け寄り勢いよく窓を開けた。

 東の空がうっすらと明るくなっていた。

(朝の4時だ……)

 サチさんの顔が直ぐに思い浮かんだ。

 少し休むように言われて朝まで寝てしまうなんて。

 そう思った時、あの夢を見ていない事に気がついた。


 私はロイ様が握っていてくれた手を見つめた。手の温もりで心が落ち着いたのを思い出すと自然と頬が緩んだ。


(夢を見なかったのは、ロイ様のおかげかな……)


 私は手を握りしめ、力を込めた。


「昨日の分まで今日はしっかりやらなきゃっ!」

 そう言って、身支度をすると私はいつもより早めに部屋を出た。




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