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繋がる記憶   作者: ふりこ
8/35

8 懐かしい温もり





『泣いてるの?』


 後ろから声がして振り返ると、僕と同じくらいの年の女の子が立っていた。


「っ!なっ、泣いてないっ!」


 僕は慌てて顔の涙を服の袖で拭った。

 女の子は何も言わずに僕の隣に腰を下ろした。


『泣きたい時は我慢しなくて良いんだよ?お母さんが言ってたもん』


 そう言って僕を覗き込んだ。

 僕は顔を見られたくなくて顔を背けると、左手に柔らかいものが触れた。

 驚いて手を見ると、女の子が僕の手を握っていた。


『涙が出なくなるまで、こうしててあげる』


 女の子はそう言うと、僕を見てにこりと笑った。

 握られた手が温かくて堪えていた涙が次々と溢れた。

 僕は声を殺して泣いた。



『大丈夫?』


 落ち着きを取り戻した僕に、女の子はそう言うとまた僕の顔を覗き込んだ。その時、僕はその子の目を見てハッとした。


「目の色が違う……」


 僕がぼそりと言うと、女の子は少し困った顔をした。

『生まれた時から違うの……』

 そう言って女の子の表情が曇り、俯いた。

 急に表情が曇った女の子に僕はどうしていいのか分からなかった。

 僕は握ったままの手に力を入れた。

 女の子が僕にしてくれたように、手を握り締めた。


「僕……その目好き……」


 僕がそう言うと、顔を上げた女の子は驚いた表情をしていた。

 キラキラと光る色の違う瞳が僕をじっと見ていた。


「その目すごく綺麗だね。宝石みたいだ……」


 本当にそう思った。


 僕の言葉に女の子が顔をくしゃっとさせて照れながら笑った。


『ありがとう……』


 その顔が可愛くて、僕も照れながら笑った。

 繋がれた手がすごく温かかった。






「……ん……」

 俺はソファの上で目を覚ました。


(またあの夢か……)


 またソファに横たわって寝てしまったようだ。顔にかかる髪を少し搔き上げてソファに座り直した。


 カフェでランを見てから昔の事を夢に見るようになった。

 俺は当時、女の子に会いたくて何度もあの場所に通った。時間帯を変えてみたり雨の日に行ったりもした。

 あの子にもう一度会いたくて……。

 でも2度と会うことは出来なかった。


 ランの目を初めて見た時、心臓がドクンと跳ねたのが分かった。

 同じくらいの年齢で目の色が違う人にそうそう出会えるわけでは無い。ランの瞳が女の子の瞳と重なって動揺した。


(ランがあの子なのか……?)


 先日ランから記憶が無いことを聞いた。

 女の子がランだとしたら、俺に会ったのはランが孤児院に入る前だろう。ランの家の火事の時期を考えると会えなかった事に辻褄は合う。

 ただ、記憶がなければそれを確かめる術が無い。


(……確かめる……?)


 俺は自分に問いかけた。

 確かめた所で覚えているのか?たった1回会っただけの男の子を……。


 ソファから立ち上がって洗面所に行くと、冷水で顔を洗った。


 カフェでランの瞳を見てから、気付けばカフェに通っていた。

 仕事に就けず困っているランの瞳を見た時、何か自分に出来ることは無いかと思ってメイドに雇った。

 記憶喪失の事を聞いた時も、顔を伏せて震えるランをどうにかしてあげたくて抱き締めた。

 どれもこれもあの女の子が頭をよぎり、その姿をランと重ねていた。こんな風に誰かの事を考えるなんていつぶりだろうか。


(俺は何を期待してるんだ……)


 覚えていて欲しい。と心のどこかでそう思っている自分がいる。

 鏡の中の自分の瞳を見ると僅かに揺れている事に気付いた。


「俺は何がしたいんだ……」


 昔の思い出に囚われている自分が情けなくて呟いた。





++++++++






『…ラン』


 誰かが私を呼んでる。

 私の周り全体に霧のようにモヤがかかっていて視界が悪い。


『……ラン……』


 また名前を呼ばれた。


(女の人の声……誰……?)


 その時手を握られている事に気付いた。

 握られている手に沿って視線を上へと移していくと、そこには私を見下ろしている人がいた。

(女の人……?)


 顔がぼやけてよく分からない。でも、握られた手は暖かくて私はとても幸せな気持ちだった。

 私が手に力を入れるとギュッと握り返してくれる。


(……お母さん……?)


 もう一度見上げて顔を見るが、ぼやけてちゃんと見えない。


(お母さんなの……?)


 その時握られた手が離れた。

(っ!!)

 それと同時に不安と喪失感に襲われた。

 私は離れていく手を握ろうと必死に手を伸ばすが届かない。


(いやっ、行かないでっ)


 私の思いとは反対にどんどん手は離れていく。


(やだよっ!置いてかないでっ!)


 その時離れた手がすうっと消えた。





 ーーーガバッ!!



「っ!!!」

 私はベッドから飛び起きた。


「はぁ……はぁ……」


 息は乱れ、波打つ心臓の鼓動が体に響いていた。視界が滲み、涙を流している事に気付いた。前髪が額の汗で引っ付いて気持ちが悪い。


(ゆ、夢……?)


 ベッドサイドの時計に見るとるまだ夜中の1時を過ぎたところだった。

 その時肩が小刻みに震えている事に気付いた。私は自分の肩を抱えた。


(あの人はお母さんなの……?)


 私は起こしていた体をベッドに沈め、布団の中で膝を抱えて丸くなる。

 夢に出てきた女性の顔を思い出そうとした時、頭に鋭い痛みが走った。

(っ!ダメ、ダメっ!)

 私は頭を思いっきり振った。


(思い出そうとしてはダメ……)


 私は頭から布団を被り目を瞑ったが、夢の事が気になって眠れなかった。






「はぁ〜」


 私はロイ様のベッドのシーツ交換が終わり溜息をついた。

 あの日から毎晩のようにあの夢を見ては目を覚ましていた。寝られない日が今日で3日目だ。

 疲れた体は直ぐに瞼を閉じさせるが、ものの1時間程で目を覚ます。


(流石に体が重たくなってきたかも……)


 その時、部屋がノックされ、サチさんが顔を出した。

「ランちゃんいる?」

「はい。どうしたんですか?」

「戻るのが遅いからどうしたのかなって思って」

「あっすみませんっーーー!!!」


 私は慌ててシーツの入った籠を持ち、扉へ足を向けたその時、ベッドの足に躓いてそのまま床に倒れてしまった。


「ちょ、ちょっとっ!ランちゃん大丈夫!?」


 扉の方からサチさんが駆け寄ってくるのが分かった。

 倒れた体は思ったより重たく、直ぐに起こす事が出来なかった。サチさんが「ほらっ」と言って起き上がるのに手を貸してくれた。


「最近眠れてないんでしょ……?」

 私の顔を覗き込みながらサチさんが言った。

(うっ……)

「目の下にクマ作って……。私が気付かないわけないじゃない」

 そう言うと、立とうとする私に手を貸してくれた。

「すみません……」

「あなたが倒れたら、私も困るけど……、ロイ様の方がもっと困るのよ。無理は禁物っ」


 サチさんの言葉が胸に突き刺さった。

 無理をして倒れてしまったら元も子もない。


「はい……」

 私は肩を落とした。そんな私を見て、ふぅとサチさんは溜息をついた。

「午前中のやる事は、後、庭掃除だけでしょ?」

「はい……」

「掃除して、お昼食べたら休みなさい。絶対よっ」

 私が口を開きかけると、サチさんは私の顔の前に掌を向けてそれを遮った。

「ロイ様は夕方まで帰らないし、それまで休めば少しは楽になるだろうから」

 サチさんは、「いいわね!?」と私に念を押すと部屋から出て行った。


(少しでも寝られたらいいけど……)


 私はシーツの入った籠を持ち直し、サチさんの後を追うようにロイ様の部屋を後にした。



 庭掃除も終わり昼食を済ませた私は、サチさんに押し込まれるようにして自分の部屋に入った。

「疲れたなぁ……」

 そう言いながらベッドに腰掛けた。

 窓の外を見ると、風が庭の木々を揺らしている。

 秋になり、落ち葉が多くて庭の掃除も大変になってきた。今日の庭掃除の事を思い出していると、ふと箒を片付け忘れた事を思い出した。

(そのままにしておくわけにはいかないな……)

 私はベッドから立ち上がり、さっきまでいた庭へ向かった。






(結局やっちゃった……)

 私は1人苦笑いをした。


 箒を片付けて部屋に戻ろうとした時、庭に落ち葉が溜まっている場所を見つけた。私は片付けた箒を取りに戻り、庭の落ち葉を集めてゴミ袋に詰めた。


「はぁ……疲れた……」

 声に出すと重たい体がさらにずしりと重くなる感覚がした。

 私は近くにあるベンチに腰掛けた。それと同時に強い眠気に襲われた。


(すごく眠いなぁ……)


 私はベンチの背にもたれかかった。

 動いて暖まった体に秋の風がとても気持ちが良い。


(こんなとこで……寝ちゃっ……た……ら……)

 頭では分かっていても眠気の波に逆らうこと事が出来ない。

 私はベンチの背に頭を預けるようにして目を閉じた。




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