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繋がる記憶   作者: ふりこ
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7 再開





「?……私が……ですか?」


 サチさんが私の前に差し出した買い物カゴを見ながら私は言った。


「そっ。買い物リストはカゴに入ってるから、よろしくね」


 サチさんはそう言って、私の手にカゴを握らせると、私の向きをくるりと変えて屋敷のエントランスまで背中を押した。

「で、でも、まだ私やることがっ」

 背中を押されながら、後ろのサチさんに目を向ける。

「私がやっておくから大丈夫っ大丈夫っ」

 サチさんはニコニコしながら答えた。


 エントランスまで着くとサチさんが素早く扉を開けた。私の背中をポンと押し、私を屋敷の外へ出した。

「じゃ、いってらっしゃ〜い。よろしくね〜」

「ちょっ、ちょっと!サチさん!」


 私の声も虚しく扉は閉められた。

 私は持っているカゴを見ながら溜め息を吐いて、私は仕方なく門を出た。



 街へ歩きながら買い物リストを確認する為カゴの中を見る。買い物用のお財布と、メモが入っていた。

 私はメモを取るとそれを広げた。


「っなっ!」


 そのメモにはーー


『あなたのお使いは気分転換をしてくる事!

 ランチでもしてきていいから。

 すぐ帰ってきたらただじゃおかないからね!』

 と書かれていた。


(もう……サチさんったら……)


 私は財布の中を確認すると、そこには1人でランチするには十分なお金が入っていた。


(もしかして……昨日の事があったから……?)


 私は昨日の事を思い出した。


 ロイ様の腕の中でひとしきり泣いた後、また仕事を再開するため私はサチさんの元へ戻った。

 目を真っ赤にして現れた私を見て、サチさんは驚き、もう今日の仕事はいいから休みなさいと私は自分の部屋へ押し込まれたのだ。


(きっと気を使ってくれんだ……)


 メモを見ながら私は頬を緩めた。


(それにしてもどうしようかな……)

 気を使ってくれたとはいえ、お財布のお金を使うのに抵抗があった。

 だからと言って自分のお財布も持っていない。


「うーん、どうしよう……」


 そう呟いた時、「ランちゃん?」と、名前を呼ばれた。

 ハッとしてそちらを見ると、マスターが驚いた顔で私を見ていた。


「マ、マスターっ!」

 お互いに駆け寄った。

「まさかこんな所で会えるなんてっ。びっくりだよ」

「私もびっくりしました!」

 私もマスターも声を弾ませた。


「ランちゃん、お昼ご飯まだ?」

「あ、はい」

「お昼一緒に食べない?奢るからさ」

「そ、そんなっ、悪いですっ!」

 私はそう言って体の前で手を振った。

「せっかく会ったんだからさ、気にしないっ気にしないっ。奢らせてよ。ねっ?」

 マスターは嬉しそうに言った。


 たった2週間しか経ってないのに、何だかその笑顔が懐かしくて私は頷いた。


「どう?メイドの仕事?」

 マスターは運ばれたパンを食べながら言った。

「仕事が多くて大変ですけど、お屋敷の皆さんがとっても親切なのでとても楽しくできてます」

 私は笑顔で答えた。

「そうか。ちょっと心配してたんだよ。どうしてるかな〜って……。手紙を書くわけにもいかないしね……」

 マスターは安心したように笑った。


「マスターは今どうしてるんですか?」


 私が屋敷にメイドとして採用か決まってから、引っ越しなどでバタバタしていた。マスターは私に気遣って、店は気にしなくて良いからとお休みくれたが、そうこうしている間にマスターのこれからの事が聞けていなかった。


「実は実家にいるんだよ」

 マスターは苦笑いして答えた。


 マスターの実家は洋菓子店を営んでいる。マスターはそこでパティシエをしていたが、カフェをやってみたいといって家を出たと聞いた事があった。


「まぁ、戻って来いってしつこく言われていたからね……。戻ったらほら見ろって言われたよ」

 そう言って肩を竦めた。

「でも安心しました。元気そうで…。」

 私がそう言うと、マスターも「俺も」と言って顔を見合わせて2人で笑った。


 それからたわいもない話をして食事を済ませた。

「マスター、ご馳走様です!」

 店の外へ出て私は頭を下げた。

「いや〜、会えて良かったよ。俺にはこれ位の事しか出来ないから……。何か気の利いた事でも出来たら良かったんだけど……」

 そう言って申し訳なさそうに言った。


 その時私はふとある事を思いついた。

「マスター、ちょっとお願いがあるんですけど……」

 その言葉に目を丸くしたマスターに「実は……」と口を開いた。






(よしっ!こんな感じかな!)


 私は最後の仕上げのシロップをかけて腰に手を当てた。


 私はマスターとの別れ際にパンケーキのレシピを聞いた。

 屋敷に戻るとサチさんにお礼を言った後、ロイ様の為にパンケーキを作りたいとハルさんに話すと快諾してくれた。


(ロイ様喜んでくれるかな……?)


 昨日はロイ様の腕の中で泣いた上に、シャツを涙で濡らし、そのシャツを握ってシワシワにしてしまった。それなのに泣いた顔を上げられず、顔も見ずに部屋を出てしまった。


(昨日の事、ちゃんと誤ってお礼を言わなきゃっ)


 私は出来上がったパンケーキと、用意したティーセットをワゴンに乗せて、ロイ様のいる書斎に向かった。



 扉をノックして、ロイ様の声を確認して「失礼します」と言って書斎に入った。


 ロイ様は私を見ることなく、机の書類や本に目を向けていた。


「あの……もしよろしければ、ロイ様に召し上がっていただこうと思って……」


 私がそう言うと、書類から視線を外し私の方を見た。

「……?」

 私はワゴンを机の近くに持って行った。ロイ様がワゴンのパンケーキを見て驚いているのが分かった。

 部屋に甘い香りが広がっていた。


「実は……ーー」


 私はそう言ってパンケーキのレシピを聞いてきた事を簡単に説明した。


「その……昨日はありがとうございました。ご迷惑をおかけしたのにお礼も言わずで……。申し訳ありませんでした」

 そう言って頭を下げた。

「パンケーキだと喜んで頂けるかなと思って、私が作りました」

「ランが……作ったの?」

「はい」


 私が作ったのが意外だったのか少し驚いているようだった。


「それ、食べて良いの?」

「もちろんですっ!」


 私が笑顔でそう言うと、ロイ様は椅子から立ち上がり書斎にあるソファに腰掛けた。私はソファの向かいにあるテーブルに準備した。


 ロイ様がパンケーキを切り分け一口頰張った。

 私は横で茶葉の入ったポットにお湯を注ぎながらドキドキして見守った。


「お味はどうですか……?」

 感想が待っていられずソワソワしながら聞いた。


「うん……美味しい」

 そう言ってもう一口頰張った。


「良かったですっ」

 私はそれを聞いてホッと胸を撫で下ろした。


 ポットのお茶をカップに注ぎ、ロイ様のそばに置いた時にはすでにパンケーキの半分が無くなっていた。

(気に入っていただけたかな……)

 自然と頬が緩んだ。


 ロイ様はあっという間にパンケーキを食べ終え、カップに口をつけた。

(良かったぁ……)

 綺麗になったお皿を見て安心した。


「ラン」

 空いたお皿をワゴンに片付けようと身を屈めた時、ロイ様に名前を呼ばれた。


「はい」

「……また、作ってくれる?」

 ロイ様は優しい顔で私の目を見た。


「はいっ。いつでもお作りしますっ」

 私が笑顔で答えると、ロイ様はふっと口元を緩ませ、笑った。


 ロイ様は食べ終わるとまた机へ向かった。

 私はワゴンのお皿を見ながら満たされた気持ちで書斎を後にした。




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