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繋がる記憶   作者: ふりこ
32/35

32 通じ合う想い2

 





 庭の雪も溶け、木々の芽が膨らんできている。

 私は庭の掃除をしながら季節の移り変わりを感じていた。


 今日は午後にアンバスさんがキュリオ公爵の近況を報告する為に屋敷に来る事になっている。アルフレッド様もそれを聞くために屋敷に来られる。

 私は出来るだけ仕事を午前中に終わらせる為にいつもより早く起きて仕事をしていた。


 キュリオ邸での出来事から大きく変わったことがある。

 1つはサチさんだ。


 サチさんはキュリオ公爵に脅されて内通者をしていた事が分かった。

 ロイ様も私も引き続き屋敷で働く事を望んだが、信頼を裏切ったというサチさんの思いはとても強く、それ以上引き止める事は出来なかった。

 ロイ様はやむを得ず辞職願を受け取り、サチさんは屋敷を出て行った。

 その為、2人で分担していた仕事を今は全て私が行っている。

 負担になるからと、掃除の頻度などやる事を減らしたら良いとロイ様は仰ってくれたが、忙しい事は苦にならない。

 メイドの仕事は全てロイ様の為になる事ばかり。私は仕事の大変さよりもロイ様の為に何か出来る嬉しさの方が大きかった。


 そしてもう一つ変わった事は、私とロイ様の関係だ。

 しかし、ロイ様が公爵に刺されたという出来事は新聞で大々的に取り上げられ、ロイ様はその対応に追われていた。他の貴族への挨拶回りや、もちろん公爵としての仕事もあり毎日忙しくしている。

 ロイ様は忙しい上に怪我もまだ治っていない。そんな中でもロイ様は私の体調を気にかけてくれたり、抱き締めて優しい言葉を掛けてくれていた。

 忙しくて2人で過ごす時間はほとんどないものの、ロイ様に愛されていると感じる事が出来て、私はそれだけでも幸せだった。


 しかし、ここ3日間ロイ様は忙しくて屋敷にも帰ってきていない。顔を合わせない日が続いたのは初めてだった。

 寂しさはあったが休まずに頑張っているロイ様を思うと寂しいなんて言ってはいられないと自分に言い聞かせていた。


(でも、今日会えるんだ……)


 たった3日間なのにとても長く感じた。会えると思うだけでこんなに嬉しいなんて。

 私は緩む頬をパンパンと叩くと、庭掃除を再開した。



 庭掃除が終わり屋敷に入ろうと扉に手を掛けた時、「どうぞこちらへ」というハルさんの声が後ろで聞こえた。

 私は手を止めて振り返ると、ハルさんが開けた門からアンバスさんとアルフレッド様がこちらへ歩いてくるのが見えた。

 私はくるりと向きを変え、姿勢を正すと2人に向き直った。

 私に気付いたアンバスさんが片手を上げた。

「やぁランちゃん」

「アンバスさん、アルフレッド様、こんにちは」

 私は直ぐに屋敷の扉を開け「どうぞ」と笑顔を向けた。


「ランちゃん、また後でゆっくり話そう」


 扉が閉じないように押さえている私にアンバスさんは笑顔でそう言うと、ハルさんに続いて屋敷に入った。


 アンバスさんからアルフレッド様に視線を移すと、アルフレッド様は私の直ぐそばに立ち止まって私の顔を覗き込んでいた。

「っ!!ア、アルフレッド様っ?」

 顔が近くにあったのに驚いて足を一歩引いた瞬間ぐいっと手を引かれ腰を引き寄せられた。

「えっ?あっあのっ」

 突然の事に扉から手が離れ、押さえていた扉がゆっくりと閉まりカチャリと音がした。

 アルフレッド様がまじまじと私の顔を見て眉を寄せた。

「ロイ、忙しいみたいだね……寂しくない?」

「えっえっとっ、あのっ」

 アルフレッド様の顔が間近に迫り、私は思わず視線を外した。その瞬間、誰かに後ろへと手を引かれアルフレッド様から引き離された。

 私は顔を上げて後ろへ視線を移すと、鋭い視線をアルフレッド様に向けるロイ様がいた。


(ロイ様っ!?)


「俺のランに手を出さないでくれる」


 ロイ様はそう言いながら後ろから抱き締めるように私のお腹に片腕を回した。

(お、俺のって……)

 私はロイ様の言葉に頬が熱くなるのが分かり、それを隠すように少し俯いた。


「あれ?ロイ帰ってたんだ。俺がランちゃんの寂しさを埋めてあげようと思ったんだけどなぁ〜……」

「必要ないから」

 残念そうに言うアルフレッド様の言葉をロイ様は冷たくはね除けた。私のお腹に回った腕には力が込められ、私は強くロイ様に引き寄せられた。

 そんなロイ様の様子にアルフレッド様は両手を胸の前で広げ、降参のポーズをとった。


「分かってるよ……でもさ……」


 アルフレッド様はそう言ってにやりと笑いながら私の顔を覗き込んだ。

「ロイと喧嘩したりして寂しくなったら俺のところ来ていいからね。優しくしてあげる」

(っ!!!)

 アルフレッド様はそう言って楽しそうな笑みを私に向けた。

「アルっ」

 ロイ様が嗜めるようにアルフレッド様の名前を呼ぶと、アルフレッド様は「はい、はい」と言いながら屋敷の中へ入っていった。


 アルフレッド様の姿はなくなったがロイ様の腕はしっかりと私のお腹に回されたままだった。

 お腹に回された腕や触れる背中から感じるロイ様の体温に胸がドキドキする。その時、先程のロイ様の言葉を思い出した。

(俺のランって言ってくれた……)

 ニヤけそうになる頬に触れて私はハッとした。

(今そんな事考えてる場合じゃないや、ロイ様にご挨拶しないとっ)


 お帰りなさいませ。

 その言葉を言おうと顔を上げてロイ様へ向き直った瞬間、唇を塞がれた。

「っ!」

 ロイ様の手が頬に当てられ、ついばむ様なキスは次第に吸い付く様なキスに変わった。逃げる舌は直ぐに捕らえられ、私の息は直ぐに上がってしまった。

「はっ……んふっ……っ」

 呼吸が苦しくなり唇を離そうと頭を引くも、頬に当てられた手はいつも間にか私の頭の後ろに添えられいて、キスは止むどころかさらに深くなる。

「んっ……っふぁ……ろいっ……さっ」

 重なる唇の間からロイ様の名前を呼ぶも言葉にならない。いつの間にか私は後ろに後ずさっていたようで、私の背が扉に付いた所で唇が離れた。

「はぁ……はぁ……」

 間近にあるロイ様の潤んだ瞳が私を見つめていた。私の鼓動は身体中に響くくらいに大きく、速くなっていた。

 ロイ様の指先が私の唇を優しくなぞった。


「ラン……会いたかった……」


 ロイ様の目が優しく細められ、ロイ様の両腕が私の腰に回された。


「……私も……です……」


 いきなりのキスに驚いたものの、3日振りのロイ様の温もりが嬉しくて堪らなかった。触れられた所が温かくて心が満たされる。

 気付くと私はロイ様の胸に顔を寄せていた。


「ラン……?」


(はぁ〜ロイ様だぁ……)

 ロイ様の鼓動を感じる。

 私はロイ様の背に腕を回すと、頭上でフッとロイ様が笑ったのが分かった。ロイ様は私の頭に顔を摺り寄せた。


「寂しかった……?」


「……はい……」


 そう答えた自分に驚いた。

 押さえ込んでいた寂しい気持ちがどんどん溢れて、目の前の温もりを求めている自分がいる。

(私……ロイ様の事好きすぎるかも……)


 その時、ロイ様がフッと笑った。

 体を離してロイ様の顔を見上げるとロイ様の手が私の両頬を包んだ。


「ラン……可愛い……」


(っ!!!)


 私は一気に顔に熱が集まるのを感じて俯こうとしたが、ロイ様の手がそれを許さなかった。


「照れてるランも可愛い……」


 ロイ様は口元を綻ばせながらそう言うと私の額に優しくて甘いキスをした。

「もっとこうしていたいけど……アンバスさん達を待たせちゃうから……」


 ロイ様は体を離すと私の手を取り、屋敷の扉に手を掛けた。


「ロイ様っ」

 思わず私はロイ様を引き止めた。

(まだちゃんとあの言葉を言えていない……)

 私は顔を上げてロイ様の目を見た。


「お帰りなさいませっ」


 それを聞いたロイ様は一瞬驚いたような表情をした後、柔らかな表情になった。


「うん、ただいま」


(こうして当たり前の言葉を交わす喜びをこれからもずっと感じたい……)


 私はそう思い繋がれたロイ様の手をぎゅっと握った。

 ロイ様はそうだねっと応えてくれるように私の手を握り返してくれた。

 私達は顔を見合わせて笑った後、屋敷に入った。





 屋敷に入って直ぐ私はロイ様と別れ、小走りで厨房へ向かった。


(早くお茶を出さなきゃっ)


 厨房へ入るとハルさんがティーポットにお茶の葉を入れているところだった。


「す、すみませんっ」

 私は慌ててハルさんに近づいた、

「大丈夫ですよ」

 ハルさんは柔らかい表情でそう言った。棚に準備しておいたお菓子を取り出そうとするのを見て、私は駆け寄った。

「あっ!私やりますっ」

「ロイ様とはお話はできましたか?」

「えっ……?」

 ハルさんが棚からお菓子を取り出してワゴンに置きながら言った言葉に私は目を丸くした。

「ロイ様は屋敷に戻られない間、ランさんの事をとても気にされていました。私の顔を見る度に第一声はあなたの様子はどう、でしたよ」

 ハルさんはそう言うと、思い出すように笑った。


 ロイ様が屋敷に戻られない間は、ハルさんはロイ様の身の回りの世話をする為に何度かロイ様の元へ行き、屋敷とロイ様の所を行き来していた。


「そ、そうだったんですか……」

(お仕事の合間にも私の事を気にかけくださっていたんだ……)

 私は照れくさく少しだけ視線を落とした。



「ランさん」


 名前を呼ばれて視線をハルさんに戻した。


「ロイ様との時間を大切にしてください。ロイ様はあなたといるととても楽しそうにされています。表情もとても穏やかで……私まで嬉しくなりますから」

 ハルさんはそう言うと優しく微笑んだ。


 ハルさんはロイ様が産まれる前からハーゲン家に仕え、ロイ様をずっと支えてきている。もちろん私よりもずっとロイ様の事を知っているし、ロイ様も1番にハルさんを信頼している。

 そんなハルさんに、私とロイ様の関係を認めてもらえた、そんな気がして私は嬉しくなった。

(ハルさん……)

 私は胸がいっぱいで胸の前で両手を握り締めた。

 すると、ワゴンを押して私に近づいたハルさんが私の前で立ち止まった。


「ランさん……」

 そう言ったハルさんの目は見守るような優しい目をしていた。


「これからもロイ様のお側で……誰よりも近くでロイ様を支えて差し上げてください」

 そう言ってハルさんは、姿勢を正すと私に丁寧に一礼した。私は目を見開き驚きで言葉が出なかった。


 関係を認めてもらえただけでなく、今まで一番側でロイ様を支えてきたハルさんからロイ様の事をお願いされるなんて……。

 ハルさんはこれ以上ないくらいに私を信頼をしてくれている、そんな気がして嬉しさで胸が詰まった。


「ハルさん……ありがとうございます……」

 いつの間にか私の目には涙が溜まっていた。

 ハルさんはそう言った私にくすりと笑うと、何事もなかったようにワゴンを私に近づけた。


「さっ、皆様がお待ちですよ」


 私は目に溜まった涙が溢れる前に拭うと、ゆっくりワゴンに手を掛けた。


「はいっいってきます」


 私が笑顔でそう言うと嬉しそうにハルさんは口元を綻ばせた。





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