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繋がる記憶   作者: ふりこ
31/35

31 通じ合う想い

 





 バタンッ!!!



 大きな音と共に勢いよく部屋の扉が開き、警官隊が入ってきた。


「無事かっ!?」


 声のする方を見ると、アンバスさんが部屋を見渡して私達を確認した。

 ロイ様が怪我をした腕を軽く上げたのを見たアンバスさんは、キュリオ公爵に近づいた。


「キュリオ公爵、傷害の容疑で現行犯逮捕する」


 そう言うと呆然とするキュリオ公爵に手錠をかけた。他の警官隊がキュリオ公爵を立たせると、一緒に部屋から出て行った。


 アンバスさんは私達に駆け寄ってきた。

「アンバスさんっ!ロイ様が怪我をっ……!」

 私がそう言うと、アンバスさんはロイ様の腕へ視線を移した。


「ああ、分かっている」

 アンバスさんはそう言うと、私の握っていたエプロンを取ると、器用にロイ様の腕に巻きつけていく。ロイ様が眉を寄せて痛みに耐えているのが分かった。

「ロイ様……」

 ロイ様は私の視線に気付くと、私の頭を引き寄せた。

 驚いた私の額にキスが落とされた。

「俺は大丈夫だよ」

 ロイ様はそう言うと優しく微笑んだ。


 不安になる私を心配させないようにしてくれるロイ様の優しさに私の心が温かくなった。


 その時アンバスさんが「立てるかい?」と言って私の顔を覗き込んだ。私が「はい」と言うと、私の肩を抱くようにして立ち上がらせてくれた。


「外で馬車が待っている。すぐに病院へ行きなさい」

 アンバスさんがロイ様にそう言うと、私に視線を移した。

「ランちゃん……本当に無事で良かった……」

 アンバスさんはそう言って私の頭をひと撫ですると、警官隊に指示を出し始めた。

 そのアンバスさんを目で追っていた時、ロイ様が私の手を取ってグイッと引っ張った。

(っ!)

「ラン行くよ」

(えっ?)

 その力は思ったよりも強くて私は驚いてロイ様を見たが、顔を見る間もなくロイ様は私の手を引いて歩き出した。


(ロイ様……?)


 ロイ様の歩くスピードに付いて行くのに、私は時々小走りになりながら屋敷の廊下を歩いた。

 繋がれた手は温かいのに、先程のロイ様とは違うピリリとした雰囲気がロイ様の背中から感じた。


 私が勝手に行動した事でたくさんの人に迷惑をかけてしまった。ロイ様の怪我も私の行動が招いた結果だ。

(やっぱり怒ってるのかな……)

 私の心は罪悪感でいっぱいだった。




 屋敷の外へ出ると馬車に体を預けるようにして立つアルフレッド様がいた。その横にはハルさんも立っていた。

 アルフレッド様は私とロイ様の姿を確認すると安心したように微笑んだ。馬車に近づいた私はアルフレッド様に思いきり抱き締められた。


「無事で本当に良かった……」

 アルフレッド様はそう言うと私の肩口に顔を埋めた。しかし、その瞬間またロイ様に手を引かれ、私の体はアルフレッド様の腕から引き離された。アルフレッド様が驚いた顔をしてロイ様を見た。

「ロイっちょっとっ」

「病院に行く」

「おいっ」

 ロイ様は引き止めるアルフレッド様に目もくれず、ハルさんが開けた馬車の出入り口に足を掛けると素早く馬車に乗り込んだ。私は有無を言わせず馬車へと引き込まれた。

 ハルさんも驚いた表情で私達を見ていた。


「ハル、屋敷で待ってて」


 馬車の扉に手を掛けたロイ様が唖然とするハルさんにそう言って扉を閉めると直ぐに馬車は動き出した。

 唖然と立ち尽くす2人の姿が馬車の窓から見えたが、直ぐにその姿は見えなくなった。


「あ……ロイさーーー」


 私が窓から視線を外しながらロイ様を振り返ろうとした次の瞬間、私は隣に座るロイ様に強く抱き締められた。私の肩口に顔を埋めたロイ様が大きく息を吸ったのが分かった。


「ロイ……様?」


 私が名前を呼ぶと、腕に力が込められ私の体は息が止まるほどにきつく抱き締められた。

 その時、ロイ様の体が少しだけ震えている事に気が付いた。


(ロイ様……震えて……る?)


「ランが無事で良かった……本当に……無事で……」


 そう言うと大きく息を吐いた。


 自分の行動がどれほどロイ様に心配をかけていたのだろう。

 ロイ様自身怪我をして辛いはずなのに、私の事を心配してくれるなんて……

(本当に私はロイ様に心配をかけてばかりだ……)


「ごめんなさい……」


 自然と出た言葉にロイ様の腕が緩んだ。私はロイ様の胸を押してゆっくりと体を離すと、怪我を負ったロイ様の左腕を見た。

 大切な人を守ろうとした行動が、結果的に大切な人を傷つけてしまった……。


「……私のせいで……っ」

 私は膝の上に置いた手を握り締めた。

「私が勝手に行動したから……私がーーー」

「ラン」


 私の言葉を遮るようにロイ様が私の名前を呼んだ。握り締めた私の手にロイ様の手がふわりと重なった。

「ランのせいじゃない……」

「っでもーーー!」

 顔を上げると同時にロイ様が私の口に指を当てて言葉を制した。

「ラン、聞いて。この怪我は想定内だから……」

 そう言うと口元に当てられた手が離れていった。

(怪我を負う事が想定内……?)

「?……どういう事ですか……?」

「ランがキュリオ卿に会って、記憶を取り戻しても、取り戻さなくてもランは殺されるんじゃないかって怖くて……ランをどうしても取り返したかった……」

 そう言うと、ロイ様は重なっていた私の手を握り締めた。


 そして、キュリオ公爵を現行犯で逮捕する為にキュリオ公爵を挑発して衝動的に行動を起こさせるように仕向けたと話してくれた。

 私の記憶から、キュリオ公爵が私の母を殺した時、キュリオ公爵が怒りと憎悪で衝動的に行動する人物であると思い出し、その方法を思いついたのだと教えてくれた。



 私は黙ってロイ様の話を聞いていた。

 しかし頭の中では、ロイ様の命を危険に晒してしまったのだと自分を責めずにはいられなかった。私の行動が引き金になり、ロイ様を傷つけてしまった。私がキュリオ公爵の元へ行かなければ、ロイ様にこんな危険な賭けをさせずに済んだだろう。

 私は俯いて唇を噛み締めた。


「私がキュリオ公爵の元に行かなければロイ様は怪我を負わずに済んだはずです」

「ラン……」

「腕だけでは済まされず、命を落としていたかもしれないんですよっ」

「そうかもしれない。でも、今はこうしてランのそばにいるよ」

「そう言う問題では……っ」

 私は俯いた顔を上げてロイ様を見た。ロイ様の瞳は私を責める事のない、愛しみのある瞳をしていた。

「ランは頑固だね……」

 ロイ様はそう言ってフッと笑うと私を胸に引き寄せた。


「サチさんが教えてくれたよ。ランは俺達を守る為にキュリオ卿の元に行ったんでしょ?」

 そう言うとロイ様にギュッと抱き締められた。

「ランは俺達を守ってくれた……」

 その言葉にロイ様の腕の中で私は頭を横に振った。

(私には守れなかった……)

 ロイ様に怪我を負わせたのに守れたって言えるの……?


 私がそう思った時、弱々しいロイ様の言葉が頭上から聞こえた。


「俺の方こそランに謝らなきゃいけない……」


 私はハッとして顔を上げた。

「謝る……?」

 そこには、先程の優しい表情とは違う、目を曇らせて悲しい表情をしたロイ様の顔があった。


「俺があんなキスをしたからランを戸惑わせて悩ませた。それなのに……またランを傷つけるかもしれないって怖くてランに声をかけられなかった……」


(そんな……っ)


 ロイ様は私の頬に触れると、指先で涙の跡を拭うように頬を撫でた。


「でもそれは建前で……本当は……自分の言葉や態度でランの反応に自分が傷つくのが怖かった……」


 ロイ様の言葉に胸がギュッと締め付けられ、私はロイ様の胸に当てていた手を握り締めた。


「ランが不安にならないように、悩まないように……ちゃんと俺の気持ちを伝えていれば、ランがキュリオ卿の元へ行く事はーーー」


(違う……ロイ様は悪くない……)


「っがうっ……違うんですっ!」


 私はロイ様の胸を勢いよく押して体を離した。


「ラン?」

 ロイ様が驚いた表情で私を見ていた。


「ロイ様のキスや……ロイ様の気持ちは私を幸せな気持ちにしてくれました……」

 私は俯いて膝に置いた両手を握り締めた。


 ロイ様の言葉や表情、優しさは、記憶を失って何もなかった私に、母の……大切な人の温もりを思い出させてくれた。

 そばにある温もりを求めて良いと言われそれを求めたいと思った。


「でも……」


 みんなの為に何も出来ない私がこんなにも幸せを感じていいのかと罪悪感に襲われた。


「ロイ様だけじゃなくてみんなに迷惑ばかり、心配ばかりかけてるのに……ロイ様の言葉や温もりで幸せを感じてる自分が嫌だった……。私がこんなに幸せを感じたらいけないのにって、ロイ様を求めたらいけないって……」

 また目に涙が溜まり視界が滲んだ。

「何も出来ない自分には記憶を取り戻す意外にも他に方法があるって分かって……」


 こんな私でも役に立つなら、みんなの前からいなくなる事でみんなの命が守れるのならとそう思った。


「でもそれは、キュリオ公爵を守る為の計画だった……私はそんな事にも気づかないで……」


 私はキュリオ公爵の元へ行ってしまった。

 目の前にある罪悪感から自分に出来る事は何かとそればかり考えて。


「私……自分の事しか考えてなかった……」

(馬鹿みたい……)

 その行動が結果的にロイ様に怪我を負わせる事になってしまった。


 私はロイ様の怪我を負う腕にそっと触れた。


「本当にごめんなさい……」


 私がそう言うと、頭上でフッとロイ様が笑った。私が驚いて顔を上げた瞬間、ロイ様の手が大事なものに触れるかのように優しく私の頬を包んだ。

 ロイ様は口元を綻ばせていた。


「ランは俺といてそんなに幸せなの……?」


「え?」


 目を瞬かせて自分の言った言葉を思い返した。その時、自分が恥ずかしいことを言ったのだと、頬が急に熱くなった。

「あっ……っ……その……」

 視線を彷徨わせる私を見てロイ様はまたフッと笑った。


「俺も……ランの言葉や温もりで幸せになるよ……」

「っ!?」

 綺麗な薄いブラウンの瞳が私の目を捉えていた。

「ちゃんと言葉でお互いの気持ち、伝え合わなきゃいけなかったね……」

 そう言うとロイ様は優しく微笑んだ。


「ランは……何も出来ないって言うけど……ランは俺に幸せを感じさせてくれてる。こうしてそばにいて触れて、ランの言葉も笑顔も温もりも全部俺を幸せでいっぱいにしてくれてるよ……」


(私がロイ様を幸せにしてる……?)


 私の目に溜まった涙が溢れ、それをロイ様が拭ってくれた。


「だから……俺のそばで、ランも俺で幸せを感じて……」

「っ………」

「思うままに俺を求めて欲しい……俺ももう我慢しない……」


 じわりじわりと私の心がロイ様の気持ちで満たされていくのが分かった。

 触れられた場所から伝わるロイ様の温もりが愛しくて仕方がなかった。


「ラン……」


 ロイ様はそう言うと私の涙を拭いながら優しく私の目元にキスをした。






「ラン、愛してる……」


 ーーー!!!



 目を開けると、真剣な目の中に愛しみの籠った瞳が私を見つめていた。


『愛してる』


 頭の中がロイ様の言葉と声で埋め尽くされた。


「……っ……」


 言葉が出ない私にロイ様が口元を綻ばせて額にキスをした。


「ランは……?」


「……です……っ」


「ん……?」


 額、目元、頬と次々にロイ様の優しいキスが落とされる。壊れ物に触れるような優しいキスにロイ様の気持ちが伝わってくる。


「好きです……私もロイ様を……愛しています……」


 そう言うとロイ様が少し照れながら肩を竦めて嬉しそうに笑った。


(あ……)


 私はその笑顔に見覚えがあった。


(肖像画で見た笑顔だ……)


 目を細め綺麗な弧を描いた目と口に私はこれまでにない愛しさを感じた。

 私は手を伸ばしロイ様の頬に触れた。

 その手にロイ様が頬を摺り寄せると柔らかいロイ様の髪の毛が手に触れくすぐったかった。

 自然と2人の顔が近づき唇が重なった。柔らかな唇の感触を感じながら私は目を閉じた。



 もう迷わない。

 こうしてロイ様が求めてくれる。

 目の前の愛しい人が私を求めてくれるままに、自分もこの人を求めていきたい。

 私の中のわだかまりを愛しさがかき消していく。


 触れた唇が離れた瞬間、私はロイ様の首に腕を回しロイ様を抱き締めた。ロイ様は私の腰に腕を回して抱き締めてくれる。私はゆっくりと息を吐いた。

 私が抱き締める腕に力を込めるとそれにロイ様が応えてくれる。

 身も心も全てがロイ様で満たされる。


(もう決してこの温もりを手放したりしない……絶対に……)


 これまでにない幸せを感じながら、病院に着くまで、私達は抱き締めあっていた。






 ++++++++






「参ったなぁ〜」


 俺は動き出した馬車を見ながら呟いた。

 ハルさんも俺と同様に馬車を見つめていた。

「ロイがあんなに余裕ないの、俺初めて見たかも……」

 小さくなる馬車を見ながら俺はハルさんの横に並んだ。


 ランちゃんを助ける為に話し合いをした時のロイは驚くほどに終始落ち着いていたのに、さっきのロイは彼女を独り占めしたい幼い子供のような印象があった。


「あのようなロイ様を見るのは、奥様を亡くされる前以来かもしれません……」

 そう言うハルさんはもう見えなくなった馬車の方を見ながら、少し嬉しそうな顔をしていた。


『奥様を亡くされる前以来かもしれません』


 その言葉を聞いて、話し合いの時にロイの言った言葉を思い返した。



 キュリオ卿に行動を起こさせるために挑発するとロイが言った。その提案に俺とアンバスさんは下手をすれば命を落としかねないと直ぐに反対した。

 その時その言葉は発せられた。


「もう2度と後悔したくない。大切な人を失いたくないんだ……」


 ロイの真っ直ぐな曇りのない目が俺を捉えていた。

 心の底から彼女を思い、命を落としてでも彼女を助けたいというロイの覚悟を俺は感じた。


(あんなの反則だよ……)

 彼女を想う気持ちは俺も同じだった。でもそれ以上に、ロイの中での彼女の存在がどれほどまでに大きいのかを思い知った。


 敵わない……


 今までのロイを知っているからこそ、そんなロイに俺は負けを認めざるを得なかった。


(まぁでも人の心は変わりやすいから……)

 そう思いながら、そんな曖昧のものに期待をしている自分がいる事に自分でも驚いた。

 俺は本気で彼女の事を好きだったのだと改めて感じた。




「アルフレッド様?」


 ハルさんに名前を呼ばれて我に帰ると、ハルさんが俺の顔を覗き込んでいた。

「お呼びでない俺達は屋敷で待とうか、ハルさん」

 俺が笑ってそう言うとハルさんは「そうですね」と苦笑いしながら答えた。


 俺達はロイの屋敷へ戻るため馬に乗った。


 自分でも不思議なくらい俺は清々しい気分で馬を走らせた。






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