表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
繋がる記憶   作者: ふりこ
3/35

3 失われた記憶

 




(まさかこんな事になるとは…)


 私は大きなお屋敷を前に昨日の事を思い返していた。



 あの後、ハルさんに簡単な面接がしたいから履歴書を持って屋敷に来て欲しいと言われた。

 屋敷の住所を書いたメモを渡され、面接の時間を確認し……今に至る。


(それにしても立派なお屋敷)


 大きな門を見ながら溜息が溢れた。


 このお屋敷の前は何度か通りかかった事があったが、まさか自分がこの屋敷に入る日が来るとは……。

 ましてやメイドとして働くかもしれないとは想像もしなかった。


 今までの自分とは全く違う新しい世界に足を踏み入れるのだと改めて感じた。



 その時、屋敷の扉が開き、男性がこちらに歩いてきた。顔を見るとそれはハルさんだった。


「お待ちしておりました。どうぞお入りください」

 そう言うと門を開け、私を中に入れてくれた。


「よろしくお願いします」

 私がそう言うと、ハルさんはにっこり笑って「こちらです」と屋敷の中へと案内してくれた。




「こちらへどうぞ」


 応接室のような立派な家具が置かれた部屋に案内された。


「ロイ様をお呼び致しますので、もうしばらくお待ちください」

 ハルさんはそう言うと部屋を出て行った。



 部屋を見渡すと壁には幾つもの肖像画が飾られている。

 その中の1枚に目が止まった。


 両親と子供?

 座っている女性の後ろに立っている男性と、女性の横に立っている男の子の3人の肖像画だ。

 3人とも幸せそうな笑みを浮かべている。

 中でも男の子の笑顔は眩しい位にキラキラと輝いて見える。


(可愛い子だなぁ。綺麗なブラウンの髪の毛、目も可愛い……ってもしかして……)


 頭の中にロイさんが思い出されてハッとする。


(……まさかとは思うけど……)


 満面の笑みを浮かべている男の子を見ながらロイさんの面影を重ねてみる。


(あんなに嬉しそうに笑っているのに……)


 私の知っている感情を表に出さないロイさんからは想像も出来ない笑顔がそこにはある。


 私はその肖像画から目が離せないでいた。




 コンコンッーー


 その時部屋の扉がノックされた。


「は、はいっ!」

 驚いて少し上ずった声が出てしまった。


「失礼致します」


 ハルさんがそう言いながら扉を開くとその後にロイさんが部屋に入ってきた。

 ロイさんは私を確認するとゆっくりとソファに腰を下ろした。


 私は立ったままその様子を見ていた。


「ランさん。履歴書を出していただけますか?」

 そう言って、ハルさんは私の前に両手を差し出した。


「あ、はい。こちらになります。」


 私は持っていた封筒から履歴書を出してハルさんに渡すと、ハルさんはそれをソファに座るロイさんに渡した。


「こちらにお掛け下さい」


 私はロイさんの斜め向かいのソファにかけるよう促され、失礼しますと言って静かに腰を下ろした。

 ハルさんはロイさんの傍に立って、ロイさんの様子を伺っている。


(あぁ〜何回やってもこの場には慣れない)


 私は膝の上の手を握りしめてドキドキしながら2人の反応を待っていた。



 ロイさんが見ていた履歴書を横についているハルさんに渡すと、ハルさんはさらっとそれを見て私へと視線を移した。

 私は自然と背筋を伸ばした。


「問題ないでしょう。この屋敷の者以外でロイ様のご様子をご存知ですし」

「そうだね……」


 そう言ってロイさんは一瞬目を伏せたが、直ぐに私を見た。


「ありがとうございます!」


 思っていたよりも大きな声が出て慌てて口を手で塞いだ。


「す、すみません。大きな声を出してしまって」


 その様子を見たハルさんがニコリと優しい笑顔を向けてくれた。


「雇用の書類と仕事内容を説明しましょう」


 ハルさんはそう言うと、サイドボードにある書類を私の前に出した。


 それは雇用条件などが書かれた書類だった。


「お仕事の内容としては、ロイ様の身の回りのお世話を中心にしていただきます。そのため、住み込みという形になりますが、よろしいですか?」


(身の回りのお世話をするためには住み込みが当然かも)


「はい、大丈夫です」


 私の言葉を聞くと、ハルさんは雇用内容と仕事内容を丁寧に説明をしてくれた。




 説明も終わり最後に書類へ自分のサインを書いた時、

「それともう一つ」

 ハルさんは私を見て人差し指を突き立てた。


「ロイさんではなく、今後はロイ様とお呼びするようにして下さい」

「はい、分かりました」


 私はハルさんからロイ様に視線を移し立ち上がった。


「あの……未熟者ですが、これからどうぞよろしくお願い致します」


 そう言って頭を下げた。


「ハル、サチさんを呼んできて」


 ロイ様が突然そう言った。


 ハルさんは一瞬目を丸くしたが、すぐに穏やかな表情になり「かしこまりました」と言って部屋を出て行った。


 私はハルさんが部屋から出て行くところを目で追っていた。


 緊張と採用されたんだという実感に浸っていてロイ様がソファから立ち上がっている事に気がつかなかった。



「ラン……」


(!!っ)


 突然名前を呼ばれ声をする方を見ると、ロイ様が覗き込むように私の顔を見ていた。


 綺麗に整った顔がすぐ近くにあり、驚いて反射的に片足を引いた。しかし、ソファによってその勢いは止められ、そのままソファへ倒れそうになった。


(た、倒れるっ!)


 思わず手を前に出したその瞬間、その腕をロイ様が掴み、それと同時に腰を支えられて体をフワリと抱き締められた。


(えっ…?)


 私は思わぬことでロイ様の顔を見上げると、綺麗なブラウンの瞳が私を見つめていた。


「す、すみまーー」


 私が言いかけた時、ロイ様の綺麗に整った顔が息のかかりそうな距離まで近づいてきた。


(ちっ、近いっ!)


 私は思わずロイ様から目を逸らし俯いた。


「……覚えてないの?」


 少し掠れた声が耳元でした。

 ハッとしてロイ様の顔を見ると、私の腕を掴んでいた手が離れ、指の背で私の頬をなぞった。


(っ!!!)


 突然の事に驚いた私は肩をビクッと揺らした。顔がどんどん熱くなっていくのが分かる。

 ロイ様は切なそうな瞳で私を見ていた。


(覚えてって……一体何のこと?)


 思いを巡らそうと思っても心臓がドキドキしていて、それどころではなかった。


「な、な、何をでしょうかっ」

 絞り出した言葉は少し上擦って震えていた。するとゆっくりとロイ様は体を離した。


「そう……」

 その一言はひどく切なく聞こえた。

 ロイ様は少し目を伏せ、とても寂しそうな表情をした。


(な、何か言わなきゃっ)


 そう思い口を開けた瞬間、扉がノックされ、失礼しますという言葉の後に、ハルさんとハルさんと同じくらいの年齢の女性がニコニコしながら部屋に入ってきた。


「ランさん。この者はランさんの教育係りを担当します。彼女は長くハーゲン家に仕えているのでわからない事があったら彼女に聞いてください」


「サチです。ランさん、よろしくね」

 そう言うと、女性は顔をくしゃっとさせて笑った。


「は、はいっ!こちらこそよろしくお願いしますっ!」

 私は慌てて答え、頭を下げた。


「まずは屋敷を案内するわね」

 そう言ってサチさんは私を手招きした。

 小走りで扉の前に行くと、サチさんが小さな声で挨拶っと言って部屋を指差した。

 それを見て、私は慌てて部屋へ向き直り、

「し、失礼します」

 そう言ってロイ様に一礼すると、サチさんに手を引かれるように部屋を出た。




 私はそのままサチさんに連れられ廊下を歩いていた。


(あぁ……まだドキドキしてる……)

 間近に見たロイ様の顔が頭から離れない。

(私きっと顔が赤いかも……)

 私は少し俯いて両手で頬に触れた。


「ランちゃんって呼んで良いかしら?」

 突然横から声がしてハッと顔を上げた。


「あっ、はいっ!」

「新しい子が来てくれて助かるわ〜」

 そう言うとサチさんは笑顔を私に向けた。

「最近みんな直ぐに辞めてっちゃって困ってたの。さぁて、あなたはどこまで持つかしら〜?」

 サチさんはそう言いながら悪戯っぽい笑顔に変わり、私の顔を窺った。


「は、はぁ……」


 さっきまでのドキドキが嘘のようにスッと消えていくのが分かった。


(ドキドキしてる場合じゃないっ!早く仕事覚えて、頑張らなくちゃ!)


 つい立ち止まっていた私は、サチさんを追いかけるように廊下を進んだ。





 +++++++





 ロイはランが部屋を出た事を確認すると扉の近くにいるハルに声をかけた。


「ハル。彼女の……ランの事、調べておいて」


 ハルは一瞬目を見開いた。

 今まで人に興味を示した事のないロイが、仕事関係以外で特定の人物を調べて欲しいと言った事が初めてだったからだ。


「畏まりました」


 ハルは部屋を出て行くロイの背中に一礼しながら答えた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ