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繋がる記憶   作者: ふりこ
29/35

29 もう一つの決心

 





 部屋のソファで本を読んでいた俺はふと視線を窓に移した。

 誰かに名前を呼ばれた気がしたからだ。


(気のせい……か……?)


 窓から本へ視線を移した時、扉がノックされハルが顔を出した。


「ランさんはこちらにいらっしゃいますか?」


「ラン……いないの?」


 ハルの問いに胸騒ぎを感じた。俺は直ぐに立ち上がるとランの部屋に向かった。


 ハルはランに明日の仕事の件で頼みたいことがありランの部屋を訪れたらしい。声を掛けても反応がないため部屋に入るが姿が見えなかった。

 俺の所にいるのかと思い、部屋に来たという。


「ハル、みんなを集めて屋敷内を探して」


 ランの部屋に向かいながらハルにそう言うと、「畏まりました」と言って廊下の角を曲がった。


 俺は足を速めてランの部屋に急いだ。


 誰もいない部屋は明るいままで、暖炉の火はまだチリチリと燃えている。

 ベッドに近寄ると、ベッドのシーツが寄れているのに気付いた。ついさっきまでそこにランが座っていたのだろう。身を屈めてシーツに触れたがそこに温もりは残っていなかった。

 

(ラン………)


 俺はランの言葉を思い出していた。


『何も出来ないのが悔しい……』

 

 キュリオ卿に会えば……とランが考えている事は知っていた。

 恐れていた事が起きた。

 おそらくランはキュリオ卿の元へ行ったのだろう。


(俺は何やって……)


 俺はベッドに力なく座った。


 キスをした日からランが俺と目を合わせなくなった。最初は照れているのかと思ったが、そうではないと気付くのにそんな時間はかからなかった。


 ランがそばにいて欲しいと言った。その言葉が嬉しかった。俺も同じ気持ちだとランに伝えたかった。


 でも……


 あの日からランの時折見せる悲しげな表情に戸惑った。


 何を考えてる?何を感じてる?


 何度もそう思ったが声が掛けられなかった。


 はっきりと好きだと言葉にしたわけではないが、俺の気持ちはランに伝わっていただろう。だからこそ、また自分の言葉が自分の思いがランを悩ませ傷つけてしまうのではないかと怖くなった。


 その迷いがランをキュリオ卿の元へ行かせてしまった。


 はっきりと言ったら変わったのかもしれない。

 だが、そんなことを言ってももう遅い。


(俺が行かせたんだ……)


 俺は両手を強く握り締めた。





 ++++++++




 キュリオ卿が動いたーーー


 情報屋からの言葉に胸騒ぎがして、俺はロイの屋敷に馬を走らせた。

 屋敷に着いて勢いよく扉を開けると、サチさんがエントランスに力なくしゃがみ込んでいた。


「サチさん……?」


 顔を上げたサチさんの表情に胸騒ぎが確信に変わった。


「アルフレッド様?」


 声のする方を見ると、ハルさんが俺とサチさんを交互に見て状況を把握しようと思考を巡らせているようだった。


「ロイは?」

「ランさんの部屋に……」

「分かった。ハルさん、サチさんを連れてきて」

 俺はそう言うとランちゃんの部屋に急いだ。


 彼女の部屋の扉は開いていた。中に入るとロイがベッドに座り頭を抱えていた。


「ロイ」


 俺の声に顔を上げたロイの顔を見て悟った。


 彼女はすでに居ないーーー


 俺は大股でロイに近づくと胸倉を掴んで押し倒した。ロイは抵抗せずにベッドに倒れた。


「お前、今まで何してたんだよ!?」

「………」


 無表情なロイに俺はイラついた。その時、ロイの瞳が微かに揺れているのに気付いたが、俺は胸倉を掴む腕に力を入れた。


「なんとか言えよっ!」


「……俺のせいだ……」


 ロイはそう言うと俺から目を逸らした。そのあまりにも弱々しい声は俺の怒りを萎えさせるのに十分だった。


「なんだよそれ……っ!」


 俺は掴む腕でロイを一押ししたが、ロイは変わらず抵抗せずにされるがままだった。

 その時、俺の体が後ろへと引っ張られた。後ろを見ると泣き腫らした目のサチさんが俺の服を引っ張っていた。


「私のせいなんですっ。私がランちゃんをキュリオ公爵の元へ行かせたんですっ!!」


 サチさんの言葉に部屋の全員が息を呑むのが分かった。

 ロイに視線を移すとロイは目を見開いてサチさんを見つめていた。俺はロイを掴む手を緩め、ロイから体を離すとサチさんへ向き直った。


 後ろでロイが体を起こしたのかベッドの軋む音がした。


「サチさん、どういう事……?」


 サチさんは怯えた表情をしていたが、それを必死で押さえ込むように震える手でエプロンを握り締めた。


「ランちゃんにキュリオ公爵からの手紙が渡るように私が手を回しました……」

 そう言って俯いたサチさんの体は小刻みに震えていた。

「ロイ様のメモも……。ランちゃんの様子も、アルフレッド様やアンバスさんが公爵を調べていた事も公爵に報告をしていました……。公爵はランちゃんの記憶をどうしても欲しがっていました……」




「理由はなんだ?」


 突然の言葉に俺は声のする方を見た。

 開け放たれた扉にアンバスさんが立って、サチさんを鋭い目で捉えていた。


「理由は知っているのか?」


 ドスの効いたアンバスさんの声にサチさんの体がビクリと跳ねた。

「り、理由は分かりませんが……、女1人に俺の全てを壊されて堪るか……と言っていました……」


 アンバスさんは溜息を吐くと頭をガシガシと掻いた。


『女1人に俺の全てを壊されて堪るか……』


 俺はサチさんの言葉を頭の中で繰り返した。

 彼女の閉ざされた記憶は分からないままだが、キュリオ卿は彼女の記憶を恐れている。だからこそ、どんな手を使っても彼女から記憶を引き出したいに違いない。


「ランちゃんは……公爵のお屋敷にいます」


 サチさんは顔を上げると俺を見た。

 先ほどとは違う真っ直ぐな目が俺の目を見ていた。


「それは……信じていいの?」


 いつの間にか立ち上がっていたロイがそう言うと、俺の横を通り過ぎてサチさんの元へ歩いていった。

 それを見ていたアンバスさんが大きな溜息を吐いた。


「裏切り者の言葉は信じるに値しない」


 鋭く冷たい一言にサチさんの顔が歪んだ瞬間、近づいていたロイの腕にしがみついた。

「キュリオ公爵からの手紙には『大切な人を失いたくないだろう』って書いてあったんですっ。ランちゃんは私達を守る為にキュリオ公爵の元へ行ったんですっ」

 そう言ったサチさんの目からは涙が止めどなく流れていた。

「屋敷を出る時にランちゃんが私に言ったんです……。私の正体を知ったのに、ありがとうって私に笑って……もう大切な人を失いたくないって……。もう……ランちゃんには私の言葉は届かなかった……」

 サチさんの目から涙が溢れ、ロイの腕を力強く握り締めている。

「私は……止められなかった……。私はあの子を行かせてしまった……っ。助けてあげてくださいっ。お願いですっ。ランちゃんを……っランちゃんをっ……うっ……っ」

 サチさんは嗚咽を漏らしながら崩れるようにしゃがみ込むのを、ロイは支えるように抱き締めた。


「サチさん……俺も……同じ……。止められたかもしれないのに、ランをキュリオ卿の元に行かせた……」



(……ロイ……)


 2人だけじゃない……俺も彼女を止められたかもしれない。

 罪悪感から俺は2人から目を逸らした。


「全く……。そんなことを言ったら俺もだな……」


 アンバスさんが大きな溜息を吐きながらまた頭をガシガシと掻いた。


「時間があるわけじゃないが、記憶を取り戻すまでは恐らくランちゃんの命は奪わないだろう。過ぎた事はどうにもならない。これからどうするかを考えるぞ」



『過ぎた事はどうにもならない』


 アンバスさんのその言葉は驚くほどに頭に響いた。

 過去は変えられなくても未来はこれからの行動で決まる。


 俺は2人に近づくと、サチさんを抱き締めるロイの肩に手を置いた。

 俺を見上げたロイの目はさっきとは違う弱々しいものではなく、俺以上に力を放っていた。




 ハルさんにサチさんを任せて俺達は話し合う事にした。


「キュリオが動いたと聞いて直ぐにここへ来たが……」

 アンバスさんは眉を寄せてそう言った。

 俺はサチさんの言葉を思い返した。


『アルフレッド様やアンバスさんが公爵を調べていた事も公爵に報告もしていました……』


「キュリオ卿が俺達の動向を把握していたからこそ、キュリオ卿が動いたという事実が遅れて俺達に伝わるように仕向けられてた……。上手く情報を操作してランちゃんを止められないように仕組んだんだ……」

 俺がそう言って溜息を吐くと、アンバスさんは「ああ、そうだな」と言った。


(上手い事俺達は転がされたって訳だ……)


「それによく考えられている……」

 アンバスさんはそう言うと、ベッドサイドにあるテーブルの上に置かれた封筒を手に取った。


「俺達の命を餌に、ラン自ら会いに来させる事で自分の身を守ったんだ……」


 ロイがそう言うとアンバスさんが静かに「ああ」と言った。


 彼女の母親を失った心の傷を広げれば、キュリオ卿が望む行動を彼女は取るだろうと考えたのだろう。

 それに、彼女自身に会いに来させれば、誘拐や拉致といった類の理由で捕まるのを避けられる。彼女が会いに来たという事実がキュリオ卿を守る事になる。


 その時、キュリオ卿が高笑いする様が脳裏に浮かんだ。

 俺は沸々と湧き上がる怒りを抑えるように握った拳に力を入れた。


「屋敷に行ったところで、ランちゃんがすんなり動くとも考えられないし、キュリオを捕らえない限り、ランちゃんを取り戻す事は出来ないな」

 アンバスさんはそう言うと腕を組み顎を撫でた。

「キュリオの身柄を確保するには逮捕する理由がいる。容疑があっても証拠がないと捕まえるのは無理だ」


すると、ロイがアンバスさんの顔を見据えて口を開いた。


「アンバスさん……現行犯なら身柄を確保出来ますよね?」


 そう言ったロイの表情はさっきまで動揺していたのが嘘のように落ち着いていた。


(現行犯……?)

 俺はロイとアンバスさんの顔を交互に見た。

 現行犯と言っても、その場でキュリオ卿に何か行動を起こさせる必要がある。


 そう……キュリオ卿に……


「ああ……だが現行犯と言ってもーーー!」

 言葉の途中でアンバスさんが弾かれたように表情を強張らせた。

それと同時に俺の頭の中に一つの答えが浮かんだ。


(まさかっ!)

「ロイっお前……っ!」


 俺も同じようにロイを見つめた。

 俺達とは対照的にロイは至極冷静に俺達を見ていた。


「俺に考えがある……」


 ロイは驚く俺達を見ながら静かにそう言った。






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