28 決心と影
「はぁ〜……」
私はエントランスの雪掻きをしながら溜息をついた。
1週間の療養からメイドの仕事に復帰して数日が経った。それなのに、ロイ様の目を見てしまうとその優しい瞳に甘えたくなってしまう……そんな気がして私はロイ様とちゃんと目を合わせられないでいた。
そばにいたいと思う反面、それが私に許されるのか……みんなを巻き込んでいるという罪悪感がそうさせていた。
ロイ様は私が目を合わせないのに気づいているだろう。しかし、それに触れられないのに私は少なからず安心していた。
(そばにいてなんてどうして言っちゃったんだろう……)
その時の感情に任せて言葉が出た事を今更後悔しても遅い。
言った言葉をなくす事は出来ないのだから。
キスを思い出しては幸せな気持ちになる。しかし、こんな自分がそんな気持ちになって良いのかと頭の中で何度同じことを考えただろう。
ロイ様が好き……
その気持ちだけが一人歩きしてしまわないように、私は自分の中にその気持ちを必死に抑え込んでいた。
その時、屋敷の扉が開かれサチさんがひょっこり顔を出した。
「ランちゃん、外にいるついでに雪掻き終わったらポストの確認をお願いして良い?」
「はい。分かりました」
今まで考えていた事を吹っ切るように私はサチさんに笑顔を向けた。
ポストの中には何通かの手紙があった。1枚ずつポストから取り出していく。
(あれ?私宛……?)
その中に私宛の封筒があり、おもむろにひっくり返すが差出人の名前は無かった。
(誰からだろう……?)
仕事を終えた後にでも確認すれば良い。単純にそう思いその封筒をエプロンのポケットに入れた。
仕事を終えてロイ様にお休みの挨拶をした後、私は封筒を手にベッドに腰掛けた。
改めて封筒を見たとき、違和感を感じた。その違和感は直ぐに消印が押されていないからだと気づいた。
ゆっくりと封筒を開けて中の手紙を取り出した。
(何でだろう……)
何故か胸騒ぎがした。
手紙を取り出したが封筒の中にはまだ何か入っているようだ。私は封筒からそれを取り出すと息を呑んだ。
(ど……どうして……?)
それは1枚の写真だった。家の前で幸せそうに笑う2人の親子。
私とお母さんーーー?
写真を持つ手が震えだした。私は恐る恐る手紙を広げた。
ーーーっ!!!
『これ以上大切な人を失いたくないだろう。私の元へ来なさい』
手紙に書かれた文字はたったそれだけだった。だが、差出人が誰なのか直ぐに分かった。
ーーーキュリオ公爵
震える手から手紙がひらりと床に落ちた。
(私が……ここに居たら……みんなが……)
私は立ち上がると震える手でコートを手に取った。
(もう大切な人を失いたくない……)
そんな時、ロイ様の笑顔が頭を過ぎった。
ロイ様のキスにドキドキした。
ロイ様の温もりで幸せを感じた。
こんな自分がそばにいて良いのかと悩んだ。
ロイ様との事を思い出すと、今まで感じた事や悩んでいた事が馬鹿馬鹿しく思えた。
(1人じゃない、そばにいて欲しいなんて馬鹿みたい……)
自分のせいで皆の命に危険が迫った今、答えが……自分の出来る事は何か分かった。
私に出来る事は記憶を思い出す事だけじゃない。
それはーーーー
みんなの前からいなくなること。
姿を消してみんなを巻き込まないようにする事……それが私に出来ること……
(なんでそんな簡単なことに気がつかなかったんだろう……。それをキュリオ公爵に気付かされるなんて……)
床に落ちた手紙を拾うと暖炉に放り込んだ。
(これで良いんだ……)
私は部屋を出た。静かに廊下を進みエントランスにきた。
(良かった……誰とも会わなかった……)
廊下を歩きながら誰かに会った時の言い訳をずっと考えていた。言い訳や嘘を言わなくて済んだと1人安堵した。
エントランスの扉に手を掛けた時、近づく人の気配に気付いた。手を止めてそちらに視線を向けた瞬間、名前を呼ばれた。
「ランちゃん……」
そこには、今にも泣きそうに顔を歪めたサチさんが立っていた。
「あっ、サチさん。わ、私ちょっと庭を散歩しようとしーーー」
「行ってはダメ……」
「えっ……?」
サチさんの言葉に思考が停止した。
『行ってはダメ』
サチさんの言葉が頭に木霊した。
「え、えっと……私は庭に……」
「彼の元へ行ってはダメ……」
「っ!!」
『彼の元』
その言葉に体が緊張するのが分かった。
「サチさん……何言って……?」
サチさんの言葉に戸惑う私にサチさんが近づいてきた。
どうして私が行くのを知ってるの?
彼ってなんで分かるの?
私は頭の中を整理しようとする間もサチさんから視線を外せないでいた。目の前までサチさんが近づいた瞬間、私は抱き締められた。
「ごめんなさいっ……私なのっ……」
その言葉でサチさんの言わんとする事が全て分かった気がする。サチさんの体は小刻みに震え、啜り泣く声が聞こえた。
「サチさん……」
今までの事を思い返した。
ロイ様の筆跡を真似たメモ、消印のない私宛の手紙。
(サチさんだったんだ……)
全てが繋がり、戸惑いで混乱していた頭の中が開けていく気がした。
サチさんがどうして?
不思議とその疑問は生まれなかった。
私はサチさんの背に腕を回した。
(きっと私以上にサチさんも悩んで苦しかっただろう)
そう思うと、サチさんを責めるという感情は全く私には芽生えなかった。
震えるサチさんを私はぎゅっと抱き締めた。
「私は大丈夫です」
私がそう言うと、サチさんは体を離した。
赤く充血した目が驚きで見開かれていた。
「私、分かったんです。私に出来る事が……こうする事が1番だって……」
「ランちゃん……そんな事ないわ。他にも方法があるわよ。ロイ様に話をーーー」
「サチさん」
私はサチさんの言葉を遮って名前を呼んだ。一度伏せた目をサチさんに向けると私は薄っすらと微笑んだ。
「もう……大切な人を失いたくないから」
不思議と心は落ち着いていた。
サチさんの目からは涙が次々と流れていた。
「ランちゃん……ダメよ……」
サチさんが私の腕を握り締めた。俯いて握られたその腕から、行かせたくないというサチさんの気持ちが伝わる。
「サチさん……ありがとう……」
私の言葉に驚いたサチさんが顔を上げた時、握られた手の力が弱まるのが分かった。
最後に正体を明かして私を引き止めに来てくれたのが素直に嬉しかった。
緩められた手から私はゆっくりと腕を離した。
「ロイ様を……お願いします」
私はサチさんに笑顔を向けると、固まるサチさんに背を向けた。
外に出ると、冷たい空気が頬に触れ気持ちがいい。踏みしめる雪が音を立てた。私は門の扉に手を掛けると、後ろを振り返った。
「ロイ様……ごめんなさい……」
口から出た白い息が暗闇に消えた。
門から出て通りを歩いていると1台の馬車が私の横で止まった。
「待っていたよ」
馬車の扉が開かれ顔を出す男、キュリオ公爵がそこに居た。
スッと目の前に手が差し出された。
(この手を取ったらもう後戻りは出来ない……)
私は振り返って屋敷のある方を見ると、1度伏せた目をキュリオ公爵に向けた。
そして、私は差し出された手に自分の手を重ねた。




