表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
繋がる記憶   作者: ふりこ
26/35

26 募る二つの想い

 




 温かい……

 すごく気持ちが良い……


 トクン、トクン、トクンーーー


 規則的な音が心地良い。

 その時何かに包み込まれているような感覚がした。それはとても心地良く、私は擦り寄るように身を寄せた。するとギュッと抱き締められた。


 あれ……?私……どこに……?


 そう思った時、瞼が開いた。

(……?)

 瞼は開いた筈なのに周りが暗い。

 私は確認するように目に触れた。



「ラン……?」


 その時頭上から声がした。ハッと私が顔を上げると、ロイ様の顔が直ぐ目の前にあった。

「っ!!!」

 驚いて目を見開くと同時に、ロイ様にきつく抱き締められた。

(ロ、ロイ様っ!?)

 ロイ様は私の髪に顔を埋めた。



「…………良かった……」


 その声は今にも消え入りそうなほど小さく囁かれた。僅かにロイ様の体が震えている気がした。

 ロイ様の胸に手を当てた時、ロイ様が服を着ていない事に気がついた。自分の着ているシャツも明らかに大きい気がする。

 私は記憶を思い返そうとした瞬間、キュリオ公爵の顔が頭を埋め尽くした。ロイ様の胸に当てていた手が震えだし、体が強張った。私は擦り寄るようにロイ様に体を近づけた。そんな私に気付いたのか、ロイ様は抱き締める腕に力を入れた。くっついた額にロイ様の鼓動が伝わってきた。


(安心する……)


 その時小さな声で名前を呼ばれた。

「ラン……」

「はい……」


 少しの沈黙の後、「何があったの……?」という、ロイ様の言葉にまた体が強張るのを感じた。強張った体をほぐすようにロイ様がまた私を抱き締めてくれた。


「キュリオ公爵に……会いました……」


 ロイ様の腕の力が強くなったと思った瞬間、私を解放するようにロイ様の腕が力をなくした。


「……ごめん……」


 その言葉は酷く震えていた。そしてその言葉は一瞬にして私の中を不安でいっぱいにした。

 ロイ様は体を起こすと、私に背を向けるようにベッドサイドに座った。

 温もりが私から離れていった。

 名残惜しくて私はボーッとする頭を振って無理やり体を起こした。体は重たかったがそれ以上に不安が強かった。


「本当にごめん……。俺がもっと早くに……ちゃんとしていれば……、ランはこんな目に合わなかったかもしれない……」

 ロイ様は私に背を向けたまま、うな垂れるようにしてそう言った。肩が僅かに震えている。

「そ、そんな……」

(ロイ様のせいじゃない)


 ハルさんから言われていた。

 厨房を離れる時は必ず声を掛けるようにと。声を掛けていれば、メモを見せていれば、こんな事にはならなかった。


「俺の……せいだ……」

 その言葉はひどく悲しげでロイ様を遠くに感じた。


 違う……。

 ロイ様のせいじゃない……つ

 ロイ様が遠くに行ってしまう。そんな不安が私をいっぱいにしていた。


 ロイ様の手がシーツを握り締めているのに気がついた。


 お願いだから……遠くに行かないで……


 そばにーーーー


 そう思った瞬間、私はロイ様に手を伸ばしていた。

 背中に触れた瞬間、ロイ様の肩がビクッと跳ねた。私はそのまま擦り寄り、ロイ様を後ろから抱き締めた。

 頬を背中に当てると少しだけロイ様の背中が冷たく感じた。

 頭が少しだけボーッとしていたが、このままロイ様を離してしまったらいけないような気がした。私は頭を振ってロイ様を抱き締める腕に力を入れた。



「行かないで……」



 思った事が口を突いた。

 生暖かいものが頬を伝うのが分かった。



「お願……いだから……離さないで……」



 そう言った時、ロイ様が私に向き直った。

 私が顔を上げると、自分の涙のせいかそうでないかは分からなかったが、ロイ様が泣いているように見えた。

 ロイ様と目が合った時、私からまた言葉が出た。


「そばに……いてーーーー」


 その瞬間私は思いっきり抱き締められた。


 求めていた温もりが私を包む。


 私はロイ様の背に腕を回した。

 腕に力を入れると抱き締め返してくれる。

 言葉はなくてもロイ様の温もりがそれに答えてくれた気がした。



(好き……ロイ様が……好き……)



 私は温もりを確認するようにロイ様の胸に顔を埋めた。

 ロイ様の鼓動が伝わり、私の心が温もりでいっぱいになるのが分かった。


 私はその温もりの心地よさにゆっくりと瞼を閉じた。





 ++++++++





 腕の中でランの体が力をなくしたのが分かった。

 俺はランを抱き締めたまま、ベッドに横になると、ゆっくりとランから体を離した。


 頬を濡らしていた涙を手で拭った。




『そばに……いて』



 その言葉に救われた気がした。




 メモを見た時、俺はランの側に居てはいけないと思った。

 母が死んだ時も……自分がいたから自分のせいで母が死んだと思った。

 同じように俺がランの側にいたらランを傷つけてしまう。


 俺が出来る事、それは……


 ランを求めない事。

 ランの側にいない事、だと思った。


 俺はランの側にいる資格がないと思った。


 それなのに……


 行かないで……

 離さないで……

 そばにいて……


(こんな俺を求めてくれる……)


 涙が頬を伝ったのが分かった。


 こんなに守りたい、大切にしたいと思った事はない。

 こんなに人を愛おしいと思った事はない。


(ランを愛してる……)


 俺はランに顔を近づけると、ランの唇に自分の唇を重ねた。


「ありがとう……ラン……」


 こんなに満たされた気持ちは初めてだった。



 俺は新しいシャツを着ると、またベッドに入った。

 ランの手に自分の手を重ねる。



 ランが教えてくれた。

 俺の出来る事、それは……


(どんな時でもそばにいる……)


 ランの額にゆっくりとキスを落とした。

 ランの温もりを確認するように、ランの熱くなった手を握りながら俺は眠りについた。






 +++++++++







 私は目を覚ますと重たい体を起こした。

(今……何時だろう……)

 ベッドサイドにある時計を見ると2時をちょうどすぎたところだった。

 窓からは陽が射している。


(私、ずっと寝てたんだ……)


 まだ軽い頭痛がする。私は額に触れた。

 体は重たいが熱はなさそうだ。


 私はベッドの上で膝を抱えて顔を埋めた。


 昨日の記憶を確かめるように思い出す。

 キュリオ公爵の不敵な笑みが頭から離れない。

 体が強張り手が震えだした。

(しっかりしなくちゃっ)

 私は震える手を握り締めた。


 肩を抱えてロイ様を思い浮かべた。

 ロイ様の温もりを思い出すと強張った体が少しだけ緩むのが分かった。




 私は記憶を整理しようと深呼吸をした。


 キュリオ公爵は母を殺した。でも私は生きている。

 キュリオ公爵が言っていた。


『そうだ、思い出せ。全て思い出すんだ。そしてあの事も……!』


(あの事って……何……?)


 キュリオ公爵は私の記憶にある何かを知りたがっている。私が生きている、生かされているのはそのためだろう。

(母を殺してまで知りたい事って何……?)


 見当もつかない事に不安が広がる。

 体がブルブルと震えた。



 ロイ様の字で書かれたメモは私を呼び出すためだろう。そこまでして私に会って記憶を呼び戻そうとしていたのかもしれない。

 私が休憩していた事を知ってる人は限られる。あの日は社交界でどうしても人の出入りが激しかった。

 厨房も他でもない。

(でも誰がメモをあんな場所に?)

 考えても検討がつかない。それがますます私を不安にさせた。


 その時、ロイ様が謝っていたのを思い出した。


『俺がもっと早くに……ちゃんとしていれば……、ランはこんな目に合わなかったかもしれない……』


 メモの事を自分のせいだと言っていたのかもしれない。

 私は胸が締め付けられる思いがした。

(どちらにしてもロイ様のせいじゃないっ)


 その時私はハッと顔を上げた。


 もしかして母の死にキュリオ公爵が関わっていたのをロイ様は知っていたのかもしれない。


『俺がもっと早くに……』


 (あれは早くに私に話しておけばっていう意味?)

 私が突然厨房の仕事を任されたのも、今思えばキュリオ公爵に私を会わせないようにするためだったのかもしれない。

 私に何も伝えなかったのは、私を怖がらせないようにしてくれていたのかもしれない……


 私は眉を寄せた。


 こんなにも考えてくれたのに……

 守ろうとしてくれたのに……


(それなのに私は……)


 勝手に行動して、またロイ様に心配をかけた挙句にロイ様自身が自分を責めるまで追い込んでしまった。


(そばにいてなんて……言う資格ないよ……)


 私は膝に顔を埋めた。


 肩を抱いてロイ様の温もりを思い出す。その温もりを思い出すだけで満たされた気持ちになる自分が嫌になった。



 私は顔を上げると窓を見た。窓の外には雪景色が広がっていた。私はベッドを降りて窓を開けると裸足のままバルコニーに出た。


 雪が陽の光でキラキラと眩しく光っていて私は目を細めた。

 バルコニーに薄く積もった雪が足に触れた。


(冷たい……)


 私はその場でしゃがみこむと膝を抱えた。


 ロイ様に会いたい……

 あの温かい腕が恋しい……

 そばにいる資格なんてないと思っても、体が、心がロイ様を求めているのが分かる。


(どうしたらいいの……?)


 私はしゃがんだ膝に顔を埋めた時、肩に暖かいものが掛けられた。

 ハッと後ろを振り返ると、今まで頭の中で求めていた顔があった。


「風邪引くよ。中に入ろう」


 優しく微笑むロイ様に胸がキュッと締め付けられた。私はロイ様に肩を抱えられるようにして部屋に戻るとベッドに座った。

 ロイ様はおもむろにベッドサイドにあったタオルを取ると、片膝をついて私の足を拭き始めた。

「あっ!じ、自分でっ!」

 足を引っ込めようとしたがロイ様がそれを制した。

「ちゃんと拭けないからじっとして……」

「あ……」

 少し微笑むように言われ、私は恥ずかしくて顔を伏せた。足先が熱くなっていくような感覚がした。


(私がこんな事をしてもらう資格なんか……)


 そう思った時、ロイ様が口を開いた。


「ランが考えてる事……当てようか?」

「えっ?」


 足を拭き終えて顔を上げたロイ様と目が合った。


「俺のそばにいちゃいけないって思ってる?」

「っ!!!」


 思っていた事を言い当てられ私は目を見開いた。

(ど、どうして……?)

 そんな私を見てロイ様はクスリと笑った。

「俺も同じ事考えたから……」

「え……?」

 膝の上に置いた手にロイ様の手が重なった。


「ランが寒さで震えて苦しい表情をしてるのを見た時、俺がランをこうしたんだって思った」


(ロイ様……)


 ロイ様は視線を落とし、私の手を握った。


「俺がそばにいたらランを傷つけるって……。母が死んだ時みたいに……」

「っ!!」


 私は息を呑んだ。


 お母様が死んだ時……。

 サチさんが言っていた。奥様が死んだのは自分のせいだって言っていたと。

 私はロイ様の手を握り返した。

 それに応えるように手は握り返された。


「でも、ランが言ってくれた。離れないで、そばにいてって……」


 ロイ様は視線を私に戻すと片方の手で私の頬に触れた。暖かい手が頬に心地いい。


「ランが教えてくれた。俺はランのそばにいていいんだって。だから俺も言いたい……」


 ロイ様は両手で私の頬を包むと私の額に自分の額をくっつけた。


「ラン……俺のそばにいて欲しい……。だから……そばにいたらいけないなんて……思わなくていい……」


 額が離れるとロイ様は優しく笑った。



 『そばにいて欲しい……』



 頭の中がその言葉でいっぱいになった。

(ロイ様が私を求めてくれているの?)


 信じられなくて私は両手で顔を覆った。


 嬉しい。


 そばにいていいとロイ様が言ってくれた。


 目から涙が溢れ止まらなかった。


「っ……わたっ……し……」


 嗚咽交じりでしか言葉が出てこない。

 そんな私をロイ様が優しく抱き締めてくれた。

 求めた温もりが私を包む。

 この温もりを求めていいとロイ様が言ってくれているようで、余計に涙が止まらなかった。


「っ……ろ…い……っさ……ま……」


 名前なのか嗚咽なのか分からない私の言葉に応えるようにロイ様は「うん」と言って抱き締める腕に力を入れた。


 私はロイ様の背中に腕を回した。


 私が落ち着くまで、ロイ様はずっと抱き締めてくれていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ