25 影の正体2
ランの姿が見当たらないーーー?
最後の来客を見送った後にハルから言われた言葉に俺の思考が停止した。
「ハルさんっどういうことっ!?」
そう言ってアルがハルに詰め寄った。
「休憩をしていたそうなんですが、その後姿が見当たらないそうです。最後に見たのは30分ほど前だという事です。サチさんとダレンさんには屋敷を探すように言いました」
ハルは表情は変わらないが、いつも落ち着いた声音とは違い、早口になっていることからとても慌てているのがよく分かった。
「休憩ってーーー」
俺はアルの言葉の続きを聞く前に厨房に向かって走った。
厨房に入ると片付けに追われている近くの料理人に声をかけた。
「皆、休憩はどこでするの?」
突然現れた俺に驚いてはいたが、「こちらです」と俺は裏口に通された。
「この場所です」
料理人が指さす方を見ると、そこには小さな椅子があった。
その時、案内した料理人が「あれ?」と首を傾げた。
「ここにいつも羽織りがあるのに……おかしいなぁ〜」
「羽織り……?」
俺が聞き返すと、「はい」と言って続けた。
「食糧庫に行く時にーーー」
バタンッーーー
俺は料理人の言葉を最後まで聞かずに裏口を開けて飛び出した。
(ラン……!)
食糧庫までの道はもう雪が積もっていた。食糧庫まで走りながらその距離をすごく長く感じた。食糧庫に着くと扉を勢いよく開けた。
食糧庫は暗かったが、床に人影があるのを確認するには十分だった。
「ランッ!!!」
体を抱き上げるとランの体はひどく冷たくなっていた。
その時、食糧庫に明かりがついた。
振り向くとアルが入り口近くのランプに火を灯していた。アルがランプを持って近づいてくると、ランの顔がはっきりしてきた。
顔は青ざめ唇がガクガクと震えていた。
俺は上着を脱ぐとランの体に掛け、ランを抱き上げた。ランが温もりを求めるように体を擦り寄せ丸まった。
食糧庫を出るとハルがこちらに走ってくるのが見えた。抱えられたランを見て、ハルが息を呑むのが分かった。
「ハル、医者を」
俺はハルにそう言うと、小走りで屋敷に入ると、自室へ急いだ。
途中サチさんに会い、直ぐに俺の部屋を温めるように言った。
サチさんは慌てて走って廊下を駆けて行った。俺も後を追うように部屋へ急いだ。
ランをベッドに下ろすと、ランは体をさらに縮めるように丸くなった。全身が酷く震えている。布団をかけるがランの震えは止まる気配がない。俺はランの冷たくなった手を握り締めた。
しばらくすると医者が来て、サチさんを残して俺は部屋の外に出た。
すると、アルが俺に近づいてきた。
「ロイ……、ランちゃんの倒れてた側にこれがあった……」
アルは俺に1枚のメモ用紙を差し出した。
俺はそれを受け取ると目を見開いた。
(俺の……字……?)
そのメモには俺の字が並んでいた。
体から血の気が引いていく。メモを持つ手が震えるのが分かった。
(もっと警戒するべきだった……俺のせいだ……ランは俺のせいで……)
俺は手の中のメモを握って唇を噛み締めた。
「ロイ……」
それに気付いたのか、アルが俺に声をかけた時、部屋から医者が出てきた。
「かなりの低体温症です。とにかく温める事を最優先にして下さい。また明日の午後に診察に伺います」
医者はそう言うと帰って行った。
アルは医者と入れ替わるように部屋に入ると、ベッドに腰掛けた。
「一体何があったんだよ……」
アルが優しくランの頬に触れた時、そこへハルが部屋に入ってきた。
「ハル、これ調べて……」
俺は持っていたメモを差し出した。
ハルがメモを見て目を見開くのが分かった。
「畏まりました」
ハルは静かにそう言って踵を返そうとした瞬間、俺は呼び止めた。
「俺が良いって言うまで部屋に誰も近づかないよう皆に言っておいて」
ハルは何か言いたそうにしていたが、「畏まりました」と言って部屋を出た。
気づくとアルが俺に近づいていた。
「アンバスさんに知らせてくる。何かあれば直ぐに報告って言ってたしね。メモの話もしないと……」
そう言うと振り返ってランを見た。
「何があったのかは、ランちゃんが目を覚まさないと分からないし……。今、俺達が出来るのは待つことだけだ」
そう言うと扉の方へ歩き出した。立ち尽くす俺を通り過ぎたところでアルが足を止めた。
「ロイ……お前のせいじゃないから」
アルは俺の気持ちを察したのかそう声を掛けると部屋から出て行った。
(俺のせいじゃない……?)
そんな言葉は気休めでしかない。
目の前で顔色悪く横たわっているランを見ながら胸が引きちぎられる思いだった。
(これのどこが……っ)
自分の力のなさに絶望感が生まれた。
(俺が出来る事は待つことだけなのか……?)
ランが目を覚ますのを待つことしか出来ないのか……。ベッドに腰を下ろしてランの頬に触れた。ランは変わらず唇を震わせている。
俺は真新しいシャツを手に取ると、服を脱いだ。上半身裸になると、ランに掛けていた布団を剥がし、ランの服を脱がせた。
下着姿になったランに俺のシャツを着せる。寒さから体が強張ったランにシャツを着せるのは難しかった。
ランにシャツを着せ終えると、俺はそのままランをギュッと抱き締め、布団を頭から被った。
ランの体は冷え切っていてまるで氷を抱き締めているような感覚だった。
(少しでも体が温まればいい……)
待っているだけなのは嫌だった。
少しでもこの温もりが伝われば良いと、俺はランを抱き締め続けた。