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繋がる記憶   作者: ふりこ
23/35

23 それぞれの想い

 





「ランさん、お願い出来ますか?」

 ハルさんは申し訳なさそうに私に言った。


 ハルさんの話では、明日の社交界での厨房の皿洗い・お手伝い要員が体調不良で来られなくなったそうだ。

 私は、ロイ様のパンケーキを作るのに厨房を借りていたりして、料理長とはかなり親しくなっていた。

 そんな時、私の名前が浮かんだらしい。こういう時でも頼りにされるのは嬉しかった。

「はいっ。私で良ければ」

「慣れない仕事になるかとは思いますが、よろしくお願いしますね」

 私が笑顔で「はい」と答えると、ハルさんも嬉しそうに笑った。


「ランちゃんが手伝ってくれるなんて百万力だよ」

 料理長のダレンさんがニコニコしながら言った。

 口ひげが特徴でダンディなダレンさんは、ロイ様の専属料理人をしている。こういった社交界には他の料理人を雇うが、メニュー考案や総指揮はダレンさんが行っている。

「社交界の時の厨房は戦場みたいだから覚悟しとけよ〜」

 ダレンさんは私の肩をポンポンと叩くとニヤリと笑って私の顔を見た。

「せ、精一杯頑張りますっ!」

 私は顔を少し引きつらせながらそう答えた。


「ダレンさん、あまりランさんを怖がらせないで下さい」

 ハルさんが私の様子を見て、溜息混じりに言った。ダレンさんは、はっはっはーと豪快に笑って、「よろしくね」と私に笑顔で言った。






 私はロイ様から頼まれたお茶を部屋に届けていた。ワゴンに乗せたティーセットが揺れてカチカチと音を出している。

 私はダレンさんの言葉を思い返していた。

(戦場か〜……)

 例えで使っているだろうが全く想像がつかない。

 前回の社交界では、私は会場内の案内や給仕をしていた。初めての社交界で緊張もあってか厨房の忙しさには目もくれなかった。

 初めての仕事で不安はあるが、自分のできる事をしっかりやろう。

(ダレンさんが指示してくれるって言ってたから大丈夫だよね)

 私はロイ様の書斎の前まで来ると扉をノックして部屋に入った。



 社交界が明日に迫ってはいるが、ロイ様の様子はいたって普通で落ち着いていた。私は書斎のテーブルについて書類に目を通しているロイ様の横へ行き、お茶の準備を始めた。


「ロイ様、お茶をお持ちしました」

 私がそう言うと、ロイ様は書類をテーブルに置いて、私の持つティーカップに手を伸ばした。

 ロイ様は「ありがとう」と言ってカップをとると、口をつけた。

「ティーポットはここに置いていきますね」

 書斎のサイドテーブルにティーセットを置いて踵を返そうとワゴンに手をかけた時、ロイ様に呼び止められた。


「ラン、明日は慣れない仕事だけど大丈夫?」

 私は振り向いてロイ様に向き直ると笑顔を向けた。

「はい、大丈夫です。ダレンさんが指示してくださるみたいですし」

 私の言葉を聞いてロイ様は微笑んだ。

「そう……、頑張ってね」

 ロイ様はそう言うと優しく微笑んだ。

「はいっ。頑張りますっ」

 私が笑顔でそう言うと、ロイ様も嬉しそうな顔をして、テーブルに向き直ろうとした。

「あ、ロ……!!」

 名前を言いかけて私は慌てて口を手で塞いだ。

(ロ、ロイ様も頑張って下さいとか言っちゃうところだった。危なかった……)


「??」


 1人で安心していると、ロイ様が不思議そうな顔で私を見上げているのに気付いた。


「何か言いたい事あった?」

「い、いえっ!大した事ではないので、お気になさらないで下さいっ」


 私は慌てて胸の前で手を振った。

 ロイ様はフッと笑うと、体を私の方に向けるように椅子に座り直した。

「言いたい事があるなら言って。構わないから……」

 ロイ様はそう言うと私の顔を覗き込むように見た。少し上目遣いのその顔に胸がトクンと跳ねるのが分かった。

「えっ……えっと……」

 優しい表情に胸がドキドキしてきた。

 ロイ様は私の言葉を待つようにじっと私を見つめていて、私はその視線に耐えられず俯いた。

「あ、あの……、ロイ様も……明日頑張ってください……」

 私はそう言って、視線だけをロイ様に向けた。ロイ様が目を丸くして驚いているのが分かった。

「す、すみませんっ!私なんかが偉そうな事を言ってっ!」

(ああ〜やっぱり言わなければ良かった……)

 私は後悔で肩を落とし目を伏せた。


「いや……」

 ロイ様はそう言ってフッと笑った。

 私は思わず顔を上げると、ロイ様は顔を手のひらで隠すようにして微笑んでいた。ロイ様は戸惑いの表情で見ていた私に視線を移すと頬を綻ばせ立ち上がった。

 するとロイ様の大きな手が私の頭に置かれた。

(あ……)

 頭に乗せられた手から温もりが伝わってくる。私が顔を上げるとロイ様はまたフッと笑った。

「ありがとう……、俺も頑張るよ……」

 ロイ様はそう言って優しく頭を撫でてくれた。

「私も、頑張りますっ」

 私がそう言うと、2人で顔を見合わせて笑った。



 私はロイ様の書斎から出てワゴンを押しながら廊下を歩いていた。

 さっきのロイ様とのやり取りを思い出して頬が緩んでいくのが分かる。

(ロイ様の笑顔が見られるの、すごく嬉しいなぁ……)

 私は自分の頭に触れた。ロイ様が撫でてくれた感触を思い出すと、また頬が緩んでしまう。まだ胸がドキドキしている。

 そういえば、アルフレッド様に撫でられた時もいつの間にか寝てしまった。

(私は撫でられるのが好きなのかな〜)

 そんな事を考えながらふと窓に視線を移すと、窓の外で粉雪が舞っているのに気がついた。

(あ……雪だぁ〜……)

 窓に近づきガラスに触れると、ガラス窓は思った以上に冷たかった。ガラスの冷たさが掌に移るのが分かる。私はその手を頬に当てた。少し火照った頬にその冷たさが心地よかった。

(はぁ〜私どうしちゃったのかな〜)

 私は額をガラス窓にくっつけた。

 ガラスの冷たさが直に額に伝わってくる。頬の火照りと胸のドキドキはなかなかおさまらなかった。





 +++++++++





 ランが書斎から出るのを見届けて俺は手にしていた書類をテーブルに置いた。

 背もたれに体を預けるようにして椅子に座り直すと、額に腕を乗せるようにして天井を仰いだ。


 ランが何か言いかけたから何かと思ったら……

(頑張って、か……)

 予想外のランのその言葉に、自分でも驚くくらいに嬉しさを感じた。にやけそうになった顔を手で隠すので精一杯だった。

 ランの言葉に自分の感情が敏感に反応し、動かされているのを感じる。それに戸惑いがあるものの、どこかそれが心地よいと感じている自分がいる。

「ふぅ〜……」

 落ち着こうと深呼吸をして、窓を見ると粉雪が舞っているのに気が付いた。

(ランも気付いたかな……?)

 ふとランの事を考えている自分に気付いた。

 俺は自嘲気味に笑って緩くなったお茶に口をつけると、また書類に目を移した。





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