22 もう一つの想い
「アンバスさん。俺の馬車使ってください。御者には伝えてありますから」
「ああ、ありがとう。遠慮なく甘えさせてもらうよ。ランちゃんを頼んだぞ」
「はい」
俺はアンバスさんと握手を交わした。アンバスさんは俺に背を向けると屋敷から出て行った。
俺はそれを見送ると廊下を歩き出した。
捜査資料を見たランちゃんの様子を思い出しながら廊下を歩く。意識は失わなかったが精神的ダメージは計り知れない。
(ランちゃん……大丈夫かな……?)
俺は踵を返してランちゃんの部屋へ向かった。
部屋の前に来て扉をノックするも返事はない。
(多分疲れてるだろうから寝てたりするかな?)
ドアノブに手をかけて少し扉を開けてみた。するとソファに座るランちゃんの後ろ姿が見えた。姿を見てホッとした瞬間、体が傾きソファに倒れたのが見えた。
(まさかっ、また意識失って……っ)
俺は扉を勢いよく開けて部屋に入りソファに回り込んで様子を見た。しゃがんで彼女の顔を覗き込むと、静かな息遣いでスヤスヤと眠っていた。手を胸に置いて写真を持っている。
(寝てるのか……良かった……)
小さな体をソファの上でさらに小さく丸めるようにして眠っている。
(このままだと風邪ひいちゃうね……)
俺は彼女を横抱きに抱くとベッドに運んだ。抱き上げても、起きる気配はない。俺の腕の中で胸に擦り寄るように小さくなった。
真実を知りたいと、こんな細くて小さい体のどこからそのエネルギーが出てくるのか。
(本当強いよね……)
俺はフッと笑った。
俺は彼女をベッドに寝かせると布団をかけ、ベッドに腰掛けた。すると彼女は寝返りを打って俺の方を向いた。
顔にかかる前髪を優しく払うと、穏やかな顔をして眠る彼女を見つめた。
俺は彼女と最初に会った時を思い出していた。
自分の身を心配する前に、ロイの事を悪く言う女達の前に飛び出そうとしていた。それに加え、目の色が左右違うというので興味が湧いた。
面白そうな子だな。
最初はそれだけだった……はずなのに。
からかった時の素直な反応が新鮮だった。
飾らない、作らない、そんな素直な彼女の反応をいつの間にか気にして、気づけば彼女の前だと素直になりそうになる自分がいた。
俺は彼女の手を握った。
(っ!?)
すると手を握り返してきた。予想もしない反応に柄にもなくドキッとしてしまった。
驚いて顔を見ると変わらず穏やかに眠っている。
(どんな夢見てるのかな……)
俺はフッと笑った。
「ん……」
彼女が身じろぎすると、薄く目を開けるのが分かり、俺は顔を近づけた。
「ランちゃん?」
声をかけた瞬間、彼女の目がパッと開き勢いよく体を起こした。
「ア、アルフレッド様!?」
彼女は目を丸くして驚いている。
「ノックしたけど返事なくて、入っちゃった」
「あ……えっと……私寝て……っ!」
何かを思い出したのか顔がみるみる赤くなっていく。
「ソファの上だと風邪引くと思ってさ。ベッドに運んだんだ」
俺がさらりと言うと、布団で顔を隠した。俺はその反応を見ながら笑いを堪えていた。
(本当可愛いなぁ……)
「起こしちゃったね。ごめんね」
「いえっ、そんなっ。あ……ありがとうございます……」
彼女は照れて顔を伏せた。
「実はランちゃんに話さないといけない事があってさ……」
俺がそう言うと、彼女は顔を上げた。
まだ頬は赤いが、話を聞こうと俺の目を真剣に見つめてくれた。
俺は目が合ったのを確認すると話を続けた。
「ランちゃんの母親の身元って誰かからの情報で分かったって言ってたでしょ?あれって……俺なんだ……」
俺がそう言うと、彼女の目が大きく見開かれた。
「ランちゃんから馬車の中で記憶喪失の話を聞いた時、思い当たる事があってさ……」
俺はそう言うと身元が分かるまでの経緯を話した。
彼女は時々相槌を打ちながら真剣な目のまま静かに聞いてくれていた。
「今まで黙っててごめんね」
俺がそう言うと、彼女は首を横に振った。
「話してくださってありがとうございます」
そう言うと頭を下げた。
「お礼を言われるような事してないよ。それに怒っていいんだよ……」
「えっ?」
彼女は顔を上げると、驚いた表情をしていた。
「もっと早くにランちゃんに話してたら、お母さんの事ももっと早く思い出せたかも……」
「あ……、そうかもしれないですね……」
彼女は少し目線を落としてそう言うと、直ぐに俺を見た。
「でも、私、嬉しいです」
笑顔になった彼女に俺は目を丸くした。
「どうして……?」
「だって……、少しでも母の事を知っている人がこんなに近くにいるんですよ。それにアルフレッド様のまだ小さい時の記憶が、母の写真を手に入れるきっかけになったんですもん」
彼女は満面の笑みで俺を見ていた。すると、おもむろに俺がベッドサイドに置いた写真を手に取った。
「怒るなんて……浮かばなかったです」
そう言って、写真から俺に視線を移すとまた笑った。
(敵わない……)
俺は組んでいた膝に肘をつくと額に手を当て溜息をついた。
「はぁ〜、参ったな〜」
「アルフレッド様……?」
彼女が困った顔で俺の顔を覗き込んできた。
(嬉しい……か……)
彼女の言葉にはいつも驚かされる。
黙っていた事への罪悪感がその一言で消えていくのが分かった。
この優しさに甘えてしまいたい自分がいる。
「ありがとう……」
俺は顔を上げて彼女を見た。彼女は一瞬驚いた表情をしたが直ぐににこりと笑った。
「私の方こそありがとうございます」
彼女がそう言うと、二人で顔を見合わせて笑った。
「よし、じゃあ寝て良いよ。ランちゃんが寝るまでついててあげるよ」
「い、いえ、そんなっ。私1人でも休めますし……」
彼女は顔の前で手を振りながらそう言った。俺はそんな様子を見て、「じゃあ……」と続けた。
「俺が傍にいたいって言ったら良い?」
「えっ……えっと……」
俺がそう言うと彼女は戸惑っているのか、視線が泳いでいた。
「何もしないから安心して。ただ傍に居るだけだから……」
俺がそう言うと、彼女は少し考えた後、「分かりました」と言って布団で顔を隠しながら横になった。
(なんだかんだで俺の我がまま聞いてくれるんだな〜)
俺は布団から出た彼女の頭を見ながら嬉しくて頬が緩んだ。
(これくらいならいいよね……?)
俺はスッと手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。触れた瞬間、彼女はビクッと肩を揺らしたが嫌がらずに撫でさせてくれる。
(俺……本気になっちゃうよ……?)
俺は心の中でそう呟いて、彼女の頭を撫でていた。
しばらくすると、規則的な息遣いが聞こえてきた。布団を少しずらすと、隠してある顔が見えた。穏やかな表情で目を閉じている。
(疲れてたんだろうな……。でもこの状況で寝るのってさすがランちゃんだな〜)
自然と頬が緩んだ。
俺はベッドから立ち上がると、「やっぱり敵わないな」とぼそりと呟いて、彼女の部屋を出た。