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繋がる記憶   作者: ふりこ
20/35

20 近づく真相

 





「この手紙……私宛だっ」


 私はポストから取ってきた手紙達の宛名を確認していたら、自分宛の封筒を見つけた。差出人はアンバスさんだった。

 少しだけ緊張で心臓が跳ねた。

 封筒を開けると1枚の手紙が入っていた。私はそれを広げて目を通した。


 そこには近いうちにハーゲン邸にくる事、その時に捜査資料を持っていく事が書いてあった。理由は書かれていない。

 そしてロイ様にも日取りの相談と屋敷に来る旨を伝えるために手紙を書いた事も記されていた。

 私は重ねられた先ほどの手紙達から、アンバスさんが差出人のロイ様宛の手紙を見つけた。

(ロイ様にも渡さなくちゃ)

 私は他のロイ様宛の手紙も持って、ロイ様のいる書斎へと急いだ。



 書斎へ入ると書斎のテーブルについているロイ様にアンバスさんからの手紙を差し出した。ロイ様は私の目の前で手紙を開封し、椅子の背にもたれるようにして、中の便箋に目を通し始めた。私はその様子を固唾を飲んで見ていた。

 ロイ様が手紙から視線を外すのを見て、私は口を開いた。

「ここまで捜査資料を持ってきてくださるなんて、申し訳なくて……」

 私が恐縮していると、ロイ様は手紙から私へと視線を移した。

「何か事情があるのかもしれない……。ランは大丈夫なの?」

「えっ?……大丈夫?」

 首をかしげる私にロイ様が少し困った顔をした。

「ランは人の事を考えすぎ。捜査資料を見るのはランなのに……」

(あ……ロイ様は私の事を心配してくださっているんだ……)

 そう思うと心が温かくなる気がした。

「私なら大丈夫です。もう、決めましたから」

 私は笑顔でそう答えたが、ロイ様は少し困った顔のままだった。

 するとロイ様がおもむろに椅子から立ち上がった。

「早ければ3日後になるけど良い?」

「あ、はい。大丈夫です」

 私がそう答えると、ロイ様の手が伸びてきて私の頭をポンポンと撫でた。

(あ……)

「無理はしないで……。資料見る時、俺もいるから……」

 ロイ様は心配そうな顔をしていたが、目はとても優しかった。


 こんな風に心配してくれる人が私の近くにいる。私は1人じゃない。そんな気がして気持ちが落ち着くのが分かった。

「はいっ」

 私がそう言うと、ロイ様は優しく微笑んだ。






 ++++++++






「ふぅ〜」

 ワゴンに4人分のティーセットを準備すると、私は大きく深呼吸をした。

「ランちゃん……大丈夫?」

 私の肩にポンッと手を置いて、サチさんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「ちょっと緊張してきちゃいました」

 私は苦笑いしながら答えた。

 その時、扉のノックする音と同時にハルさんが顔を出した。

「ランさん、ロイ様方がお呼びですよ」

「はい」

「何かあってもフォローはするから心配しなくていいからねっ!」

 キッチンから出る私に、サチさんが笑顔でそう言ってくれた。

「はい、行ってきます」

 私は笑顔でそう答えると、キッチンを出てハルさんと書斎へと向かった。



(廊下ってこんなに静かだったかな……)


 緊張のためか心臓の音が大きく聞こえる。

 気づくとハルさんが書斎の扉の近くで私を待ってくれていた。知らないうちにゆっくりと歩いていたようだ。

「す、すみませんっ」

 私はそう言いながら、足早に扉に近づいた。

「大丈夫ですよ。ランさんのタイミングで構いませんから」

 ハルさんはそう言うと優しく微笑んでくれた。

「すみません、緊張してしまって……」

「緊張するのは当たり前だと思います。あなたはお強い……。私には真似できませんから……」

「そ、そんな事ないですっ」

 私は俯いてそう言った。

「サチさんも言ってましたが、何かあっても後のことは気にしなくて良いですからね」

 私は顔を上げてハルさんを見た。

「ありがとうございます」


 サチさんもハルさんも私を気遣ってくれている。

 優しい2人に背中を押されるように、私は扉をノックし、書斎へと入った。



 部屋に入ると、アルフレッド様が私に近づいてワゴンに触れた。

「後はやるから大丈夫だよ」

「あ……でも……」

 私が言い淀んでいると、ソファに腰掛けていたアンバスさんが立ち上がった。

「やぁ、久しぶりだね。ランちゃん」

 片手を上げながらアンバスさんがこちらを見ていた。

「お、お久しぶりです。アンバスさん」

 そう言って笑顔を見せようとしたが、緊張してか上手く笑えなかった。


「ラン、座って」


 ロイ様はアンバスさんの向かいのソファに腰掛けていた。ロイ様に促され、私はロイ様の隣に腰を下ろした。


「資料を見る前にランちゃんに伝えたい事があるんだ」

「伝えたい事……ですか?」

「実はね……ある人の証言で、分からなかったランちゃんの母親の身元が分かったんだよ」

「っ!!っ母のですかっ?」

 私は驚いて目を見開いた。

「ああ。そこで調べてみたら、写真を手に入れることができたんだ」

「写真……?」

「ああ」

 アンバスさんはそう言うと、カバンから1枚の写真を取り出した。

「見るかい?」

「はいっ!見たいですっ」

 私は思わず前のめりになりながら答えた。


 アンバスさんはテーブルに写真を置くと、私の前に滑らせながら写真を差し出した。


 母の写真……。


(記憶の中のあの人がこの写真に写っている……。でも写っていなかったらどうしよう……)

 私は期待と不安でドキドキしながらそれを手に取った。


 お屋敷の前にメイドの格好をした女性が4人並んでいる。1人ずつ顔を確認していくと、右端にいる女性に目が止まった。



(あ……お母さんだ……)


 その女性は紛れもなく火事の記憶に出てきた母だった。私に早く逃げろと言った母。

 私は指先で写真の母に触れた。

「……母です。この人が……私の母です……」

 私は写真から目を離さずにそう言った。その時、ふっと母の名前が蘇った。私は顔を上げ、向かいに座るアンバスさんを見た。

「サラ……。母の名前はサラ=フレイル……」

 アンバスさんは優しく微笑んで「そうだよ」と言った。

「やっと思い出せた……」

 名前を思い出した事で、遠くに感じていた母の存在がすぐ近くに感じられる気がした。

「ランちゃん。その写真はランちゃんにあげるよ」

「えっ?良いんですか……?」

「もちろん。その為に持ってきたからね」

 アンバスさんはそう言うとにこりと笑った。


 私はもう一度写真に映る母を見た。優しく微笑むその顔は、花畑で一緒に遊んだ時のそのままだった。

 私は写真を胸に当てた。

 その写真から温もりを感じるような錯覚を覚えるくらい、気持ちが温かくなった。



「さて、本題に入ろうか」

 アンバスさんはそう言うと、カバンの中からファイルを取り出した。それはあの日、警察署で初めて見た捜査資料だった。

「ランちゃん。心の準備は良いかな?」

 アンバスさんはそう言うとテーブルにファイルを置いた。私はファイルから視線をアンバスさんに移した。

「はい。大丈夫です」

 アンバスさんは捜査資料のファイルを私の目の前に差し出した。私はファイルの横に母の写真を置き、代わりにファイルを手に取った。

 手際良くお茶を淹れたアルフレッド様がアンバスさんの隣に座るのが分かった。


 遂にこの時が来た。私は写真の母を見た。母が側にいてくれる、そんな気がして自分でも不思議なくらい気持ちは落ち着いていた。

 私は深呼吸を一つして、膝に乗せたファイルを開いた。



 以前は写真を見た時に意識を失った。でも、今度は写真を見れば何かを思い出せるかもしれない。私は手早く文書の書かれたページをめくって、写真のページを開いた。

 そこには燃えた家の残骸の写真がいくつもあった。

 何ページか進むと、家の中を写しただろう写真のページの中に、目に止まる写真があった。

(この写真……)

 写真の中央に真っ黒の塊が写っている。


 その時、ドクンッと心臓が鳴るのが分かった。それと同時に頭に鋭い痛みが走った。

「っ!!」

 私は反射的に片手で頭を押さえた。呼吸が苦しいと感じた瞬間、走馬灯のように頭の中を記憶が駆け巡った。

「はっっ!!」

 私は勢いよく立ち上がり、その勢いでファイルが音を立てて落ちた。ファイルの落ちる音でハッと我に返り目の前にいるアンバスさんを見た。

 アンバスさんとアルフレッド様が驚いた表情をしているのが分かった。

 俯いて落ちた資料に視線を移すと、ロイ様がそれを拾い上げるのが見えた。

「ラン……大丈夫……?」

 ロイ様はそう言いながら私の背に触れた。乱れる息を整えようと私は大きな深呼吸をした。

(い、今のは……記憶……?)

 軽い頭痛がする。

 でも意識はちゃんと保てている事に少しだけ安心した。

「……ランちゃん……?」

 目の前のアンバスさんが落ち着いた声でそう言った。私は俯いていた顔を上げ、アンバスさんを見た。

 私は震えを堪えるように両手を握り締めた。

 徐々に頭の中の記憶が鮮明になってくる。記憶を言おうと口を動かそうとするも、言葉にならず口を動かすだけになってしまう。

「……ラン……?」

 ロイ様が心配そうに私の顔を覗き込んでいるのが分かった。ロイ様が触れている背中から、ロイ様の体温を感じる。

「何か思い出したの……?」

 私はこくりと頷き、ロイ様に促されるままにソファに腰掛けた。

「す……すみません…。すごい……勢いで……記憶が……」

 私は片手でこめかみに触れ、俯いて目を閉じた。

 ロイ様が触れている背中が暖かい。体温を感じて呼吸も気持ちも落ち着いていくのが分かった。

 目を開けると、膝に乗せたもう片方の手の震えが治まってきている。私は顔を上げてアンバスさんを見た。


「話してくれるかい?」

 アンバスさんは優しい目で私を見ながらそう言った。


「……はい」


 背中に当てられた手の体温が、大丈夫と言ってくれているようでとても心強い気がした。

 私は膝の上に置いた両手を握りしめて話し始めた。




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