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繋がる記憶   作者: ふりこ
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2 転機

 




 ーーカランッ


 店の入り口のベルが鳴るとそこにはハルさんが立っていた。


「いらっしゃいませ」


 私はいつものように笑顔で迎えた。


「そろそろ来られる頃だと思ってました」

 私がそう言うと、「毎回申し訳ありません」とハルさんは言って窓際に座っている人、ロイさんを確認すると苦笑いした。



 あれから毎週のようにロイさんはパンケーキを食べにお店へ来るようになった。時々週に2回来る事もある。

 毎回頼むのは同じオススメパンケーキ。


 食べ始めて暫くするとハルさんがロイさんを迎えに来る。ロイさんは毎回行き先も告げずに屋敷を出てこのお店へ来るようだ。


 マスター曰く、ロイさん、ロイ=ハーゲンさんは超一流貴族で公爵らしい。

 家を若くして受け継ぎ、今では政界にも影響を与えられるくらいに力のある人物だとか。

 貴族なんて私とは違う世界の人だと思っていた。でも、こうしてパンケーキを食べに来てくれるロイさんは、同じ人の子なんだと親近感が湧いていた。


 そんなロイさんの執事がハルさんだという。


 一見ハルさんはロイさんに振り回されているように見えるが、私は2人のやり取りを見ているとお互いに信頼し合って絆が深いのだと感じていた。



「ランちゃん」

 洗い終えたグラスを拭いていると名前を呼ばれ、振り返ると厨房からマスターが顔を出していた。


「店閉めた後に話があるんだ。時間いいかな?」

 マスターは申し訳なさそうにそう言った。

「はい、大丈夫ですよ」

 私が笑顔で答えると、悪いねと言いながら厨房に戻って行った。


(話って、何かな……?)


 改まって話があると言われたのは、カフェの経営が難しくなってきたと以前マスターから聞いた時以来だ。


(お店……やっぱり厳しいのかな……)


 心にモヤモヤを残したまま私は仕事を再開した。





 +++++++





 ロイは近づいたハルに目もくれずいつもの様にパンケーキを食べていた。

 いつもならハルは一言声をかけ店を出て行くが今日は違った。

 ロイはいつもと違うハルに気付いて視線をパンケーキからハルに移した。


 ハルはロイの視線を確認すると口を開いた。


「先月から引き続き、今月に入って3人目になります」

「…………」


 ロイはハルから視線を外すとパンケーキを食べ始めた。


「もって1週間、長くても2週間です」

 ハルは困ったようにロイを見た。


 ハーゲン家に仕えるメイドが1週間ももたずに辞めている。


 ロイは感情をほとんど表に出さず、必要な時以外は人との接触を極力避けている。何でもそつなくこなし、人に頼ることはない。

 初めからメイドが必要ない事はわかっていたが、ロイが外部からの刺激で少しでも変わる事を期待してメイドを雇っていた。


 彼女達は必要とされず目を合わせない上に、冷たい表情で感情の読めないロイに戸惑い、そんなロイを口々に怖いと言って辞めていく。


 ロイにずっと仕えているハルだからこそ、感情を抑えて全て1人で消化してしまうそんなロイを心配していた。


 最近になってパンケーキを食べに外出するようにはなり、少し変化が現れたと思ったが、それ以外に変わった様子はない。


「無理に働かせるよりは良いと思うけど……」

 ロイはパンケーキを食べ終えてナプキンで口を拭きながら言った。


「ハルは心配しすぎ……」

 そう言うとロイは椅子から立ち上がり、ハルに背を向けて出口まで歩いていく。

 ハルはその後ろ姿を心配そうに見つめた。





 +++++++





 店を閉めたあと、店のテーブルを挟んで私はマスターと座っていた。


「実はもうお店を続けるのが難しくなってきたんだ……。今月いっぱいで店を畳もうと思ってる……」


 マスターは気まずそうに眉を寄せて淹れたお茶をゴクリと飲んだ。


「そうですか……」


 私は少し俯いて答えた。


「もう少し狭い所に移転するとかも考えたんだけど難しくて……。本当にすまない!」

 そう言って両手をテーブルについて私に頭を下げた。

「マ、マスターっ!顔をあげてくださいっ!」

 私は慌ててマスターに言ったがマスターは顔を上げようとしない。


 顔を上げないマスターに私はゆっくりと口を開いた。


「お店を畳むのはとても残念ですけど……」


 私は頭を下げ続けるマスターを見て続けた。


「マスターの夢が詰まったこのカフェでマスターと働けてすごく楽しかったです」


 そう言うとマスターが泣きそうな顔で私を見た。


「ランちゃん……。ありがとう……」

「いえ、そんなっ。こちらこそありがとうございました。……私なら大丈夫ですっ」


 そう言って少し胸を張った。

(マスターのことだ、きっと私のこれからを心配してくれている)


「私若いですからっ。すぐに次の仕事見つかりますしっ」

 そう言うとマスターが眉を寄せてクスリと笑った。


「僕もランちゃんと働けて本当に良かったよ。ランちゃんの笑顔に何回救われたか分からない。本当にありがとう」

「私も同じです。ありがとうございました」


 私達は顔を見合わせて笑った。





 +++++++






「ふぅ〜……」


 私はマスターに気づかれないように溜息をついた。


 マスターから店を畳むと言われてから次の仕事を探すも見つからない。


 理由はこの目。


 ただの生まれつき左右の瞳の色が違うだけで病気でも何でもない。

 ただ、怖い、気味が悪いからという理由から雇う事を断られてしまう。


 マスターは気遣って仕事を見つける手助けをしたいと言ってくれたが断った。

 仕事を見つけるのに時間がかかる事が分かっていたし、店を畳む事で胸を痛めているマスターに余計な心配をかけたくなかったからだ。


(しばらくは仕事しなくても大丈夫だけど、働かないと生活出来なくなっちゃうな……。困ったな〜……)


 これからの事を考えていると肩をポンポンッと叩かれ、肩がビクッと跳ねた。

 驚いて振り返るとマスターが心配そうな顔をして立っていた。


「名前読んだんだけど聞こえてないみたいだったから」

「すいません!その……考え事してて……」

「もしかして来月からの仕事の事かな?」

「っ!……え、えっとぉ……」

 上手い事誤魔化す事が出来れば良いが、嘘をつくのは苦手であたふたとしてしまった。

 そんな私を見てマスターはフッと笑った。

「相変わらず嘘がつけないよね、ランちゃんは」

「すみません……」

「謝る事ないよ。俺のせいでもあるんだし」

 そう言ってマスターは苦笑いした。



 このカフェで働く前も仕事が見つからず困っていた。

 マスターが快く雇ってくれた時、目の事で仕事に就けずに苦労していた事を打ち明けた事があったのを私は思い出した。


 その時入り口のベルが鳴った。


 2人でそちらを見るとロイさんがお店に入ってきた。


「いらっしゃいませ」


 ロイさんは私達を見ると何も言わずに窓際の席を指差した。

 あそこに座るから、と毎回する合図みたいなものだ。


「はいっ」

 私が笑顔で答えるとその席まで歩いて行った。


「俺、良い事考えたかも」

 横でマスターがぼそりと言った。

 私は首を傾げてマスターを見ると、「さあ仕事、仕事」と言いながら厨房へと入って行った。




 パンケーキを食べ終えたロイさんが会計トレイにお金を置いた。

 お釣りを渡しながら私は口を開いた。


「いつもありがとうございます。実は……」


 いつもと様子が違うのを感じたのか、ロイさんは動かず私の次の言葉を待っているようだった。

 伏せていた顔を上げ、私は続けた。

「実は今月いっぱいでお店を畳む事になったんです。たくさん通っていただいたのに、すみません」


 ロイさんは一瞬目を見開いた。


「そう……。残念だね……」

「今迄ありがとうございました」

 私が頭を下げるとマスターが厨房から出てきた。


「ロイさん、ありがとうございました」

 そう言うと、マスターも頭を下げた。


「そこで……」

 と、マスターが頭を上げて言った。


「お客様にこんな事頼むのは失礼を承知の上なんですが……」


 マスターは申し訳なさそうな顔をして続けた。


「彼女に仕事を紹介して頂けませんか?」


 その言葉に私は目を丸くした。


 マスターはロイさんを見つめてまた続けた。

「彼女、目の色が違う事を理由に雇ってもらえず苦労してて……、ロイさんの力を少し貸していただけたらと思って……」


 そう言うとマスターは私を見た。


「マ、マスター!」


 ロイさんが困ってしまうと思い、マスターを制しようとした時、

「ちょっと待ってて……」

 黙って聞いていたロイさんが店の扉を開けると、馬車の近くにいたハルさんを手招きして呼び寄せた。

 ハルさんが小走りに店の中へと入ってきた。


「どうかされましたか?」


 ハルさんは突然呼び寄せられて不思議そうにロイさんを見た。


「彼女、来月から仕事がなくて困ってるみたい」


 ロイさんの言葉を聞いてハルさんは視線を私に移した。


「はぁ……」


 ピンとこないのかハルさんは力なく答えた。


「彼女ならちょうどいいんじゃない?」


 ロイさんはそう言うと店を出て行った。

 ハルさんは一瞬何かを考えるように私から視線を外したが、

「あー、なるほどそういうことですね」

 そう言うと私に笑顔を向けた。


「ランさん、ハーゲン家でメイドとして働きませんか?」


 突然の言葉に私は目を見開いた。


「最近メイドが辞めてしまって困っていまして。良かったらどうですか?」


 突然の提案に目を丸くしていると、肩をポンッと叩かれた。横を見るとマスターが嬉しそうな顔をしていた。


「私、メイドの仕事をした事がないんですけど……大丈夫ですか?」

 心配になって聞くとハルさんはにっこり笑った。


「難しい仕事ではないですし、教育係もいますので、初めてでも大丈夫ですよ」

 ハルさんは私の次の言葉を待っているようだった。


(メイドか……やったことないけど……せっかくのチャンスだよね!)


「是非、よろしくお願いします!」


 私はそう言って勢いよく頭を下げた。




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