16 募る想い
俺はアルを隣の部屋に通した。
「話って?」
俺は振り返ってアルを見た。
「ランちゃんに関する事……って言ってもランちゃんの事ではないけどね」
アルの言葉に俺は眉を寄せた。
「迷子の子を警察署に送った帰りにランちゃんから記憶喪失の話を聞いたんだ。母親と思われる女性の身元がちゃんと分からないって聞いた時、思い出した事があってね。確認する為に警察署にまた行った」
「……確認って、どういう事?」
アルはソファの背もたれに腰を預けると、警察署での事を話し始めた。
記憶の中の燃えた家がランの家であるという事、アルの記憶の女性がランの母親である可能性がある事、身元が今までにはっきりしない事から意図的に身元を割り出せないようにされた可能性が高い事。
俺は時々眉をひそめながらも何も言わずに聞いていた。アルとランの母親に接点があったなんて信じられないが、事実だ。
「それから調べてみた。そうしたら彼女が働いていた家を特定出来た……」
アルは一呼吸置いて続けた。
「……その屋敷はキュリオ邸だった」
俺は大きく息を吐いた。
キュリオ。
1番聞きたくない名前だ。
「キュリオ邸で3年働いたそうだ。でも突然辞めたらしい」
「突然?」
「キュリオ伯爵は大金を彼女に渡したという噂が、当時は屋敷内であったとか……」
お金を渡す意味は決まってくる。
手切金、口封じ……。
「辞めた理由は……?」
俺が聞くと、「現時点では、分からない」とアルは肩を竦めて答えた。
アルからの話を聞きながら、俺はハルに調べさせたキュリオ卿に関する資料を思い出していた。
キュリオ卿は父が当主の時から金や政治の問題に何かと話題に挙がる人物だった。
キュリオ卿が関与していると思われる事件や事故は数多くあったが、どれも証拠がなくキュリオ卿本人の関与は一切認められていない。
頭がキレて抜け目のない男。
俺は目を伏せた。よりにもよってランが会っている人物なんて。
「この間ここに来たんだって?どうだった?」
「……キュリオ卿はランを見て驚いていたけど……違和感があった。ランは何も感じてない様子だったけど……」
「ランちゃんは目の色が違うから、すぐに向こうは分かっただろうね」
アルは体を預けていたソファから離れると言った。
「さっきので何か思い出している可能性があるけど……」
俺は部屋の扉を見つめ意識を失ったランを思い出した。
「まぁ、キュリオ卿が関わっているかは分からない。たまたま働いていただけかもしれないしね。……ただ、警戒するに越したことはない」
アルは俺に向き直った。
「少なくともここにいればランちゃんは安全だ。悔しいけどね……」
それはアルの言う通りだった。
キュリオ卿とてハーゲン家には手出しは出来ないだろう。アルは「話はこれで終わり」と言って俺に背を向けた。
「アル……ありがとう」
俺はアルの背中に向かって言うと、アルは振り返って俺を見た。
「ロイ、そういうこと言うんだ」
「………」
俺はアルから目を逸らした。アルがフッと笑ったのが分かった。
「まあ、俺はランちゃんの為にしてるだけだから」
アルはそう言うと、部屋を出ていった。
廊下でアルとハルが何やら話をしているらしい。直ぐに2人の足音が扉近くから遠ざかっていくのが分かった。
俺は窓の外を見た。外はすでに暗くなっていた。
廊下に出ると、ちょうど医者がランの診察を終えて出てきたところだった。
「記憶喪失は専門外ですが……突発的な熱なので2、3日で下がると思います。解熱剤を出しておきました」
医者はそう言って帰っていった。
部屋に入るとサチさんが心配そうにランの傍に付いていた。サチさんに近づくと肩を震わせて泣いていた。
「サチさん」
声をかけると涙を拭いながら立ち上がった。
「今夜は休んで。ランは俺がみてるから」
サチさんは赤く腫れた目を見開いた。
「そ、そういうわけにはっ」
俺はサチさんの言葉を遮るように言った。
「サチさんまで倒れたら、俺もハルも困るから……」
そう言って肩に手を置いた。
「わ、分かりました……。氷はここに……タオルはここに……」
サチさんは俺に丁寧に説明すると「失礼します」と言って部屋を出た。
俺はベッドに腰を下ろした。額に置かれたタオルに触れるとそのタオルは緩くなっていた。俺はそのタオルを氷水に浸して絞ると、またランの額に置いた。
(少しだけ呼吸が落ち着いたかな……?)
その時扉がノックされ、ハルが部屋に入ってきた。
「アルフレッド様からお聞きしました……」
ハルは真剣な眼差しでそう言った。
「……調べておいて」
俺はハルからランに視線を移しながら言った。ハルにはその一言で十分だ。
キュリオ卿についてもっと詳しく、噂も含めて調べる必要がある。キュリオ卿は好き勝手やっているようだったが、今までハーゲン家に影響を与える事は無かった。だから今まで見て見ぬ振りをしてきた。だが、今回ばかりは目を逸らす事は出来ない。叩けば叩くほど埃が出てくるだろう。
「……畏まりました」
ハルが静かにそう言った。
いつもならそのまま部屋を出るハルは動く気配がなかった。俺はまたハルを見た。
「ロイ様。ロイ様もお体をーーー」
「ハル」
ハルが言いかけたのを俺は遮った。
「今夜はここにいる」
(ランの側に……)
俺はハルを真っ直ぐに見た。俺の目を見たハルは「失礼します」と一言言って部屋を出て行った。
それを見送ると俺は立ち上がり近くの椅子をベッドに近づけた。椅子に座ってランの手を取る。ランの手は熱をもっていて熱かった。もちろん握っても反応はない。
俺はその手を自分の額にくっつけた。
ランの手の熱が額から伝わる。
目を閉じると草原に行った時のランの言葉を思い出した。
『人形なんて呼ばれるの、私は嫌です……』
人形と言われても何とも思わなかった。
呼びたいなら勝手にそう言わせておけば良いと、むしろそれで良いとさえ思っていた。なのにランはまるで自分の事のように悔しそうな顔をしていた。他人なのにどうしてそこまで気にかける事が出来るのか。
他人を拒んできた俺には分からない。
でもランが嫌だと言ってくれた時、嬉しかった。
『今まで、たくさん我慢して、たくさん努力してるから今のロイ様があって……。だから、受け継いだものも守れるんだと思います……』
あの時、ランの言葉を聞いた時、心に閊えていたものがスッと取れたのが分かった。初めて誰かに認めてもらえた、そんな気がした。
「頑張ってる……か……」
その一言の力に驚いた。
俺は顔を上げてランを見た。
時折魘されるように眉を寄せている。
ランが苦しんでいるのに何も出来ない自分が悔しい。
ランの為に何かしてやりたい。ランが笑っていられるように……。
(こんな風に思うなんて……初めてかもしれない……)
俺はランの手を強く握りしめた。




