13 もう一つの記憶2
警察署に着くと俺は窓口の女性に声をかけた。
「あら、あなたさっき……」
女性が瞬きをしながら言った。
「アンバス刑事と話がしたいんです」
女性にそう言うと、近くにいたのか直ぐにアンバス刑事が出てきた。
「あれ?君はさっきの……」
俺はアンバスさんの目を見た。
「大事な話があるんです」
俺がそう言うと、アンバスさんは「奥で話そう」と俺を奥へ案内してくれた。
「で、話って?」
彼は振り返って俺を見た。
「まず、謝らせて下さい」
俺がそう言うと、彼は不思議そうな顔をした。
「俺はランちゃんの雇い主じゃない」
そう言うと、彼の表情が厳しいものに変わった。
「俺に嘘をついたのか……?」
「ランちゃんの事が知りたくて…。興味本位だった事は認めます。すみません」
俺は真っ直ぐアンバスさんを見た。
「ただ……名前は嘘じゃない。アルフレッド=ハーゲン。ランちゃんの雇い主の親戚にあたる。調べてもらえれば嘘じゃないとわかると思います」
「……分かった……で、そんな君が何故ここに?」
彼は俺をじっと見ていた。
「帰りの馬車で、ランちゃんから母親の身元がはっきりしないと聞きました。話を聞くうちに俺が昔会った人の記憶と重なるんです」
「昔会った人?」
彼はそう言うと首を傾げた。
「アンバスさんは黄色の花畑を知ってますか?この辺だと花が綺麗だからと知っている人も多いと思いますけど、俺、そこからそう遠くない場所に屋敷があるんです」
そう言って昔の記憶を辿りながら話を続けた。
当時俺はロイの母親が死んでロイから一方的にもう遊ばないと言われた事にひどく落ち込んでいた。当時ロイは俺の唯一の遊び相手で友達だった。俺は寂しくて、いつもロイと遊んだ黄色い花の花畑にある木に登って泣いていた。
そんな時女性が声をかけてきた。
彼女は俺の話を静かに聞いてくれた。彼女には同い年位の娘がいるから家に遊びに来たらいいと言ってくれた。遊び相手ができる事に俺はすごく嬉しくて、次の日が楽しみで仕方がなかった。
「俺は次の日その場所へ行った。でもそこには……燃えた家の残骸があった」
彼は俺を真っ直ぐに見た。
「だが……その燃えた家がランちゃんの家であるかは証明できないんだろう?」
「俺は初めて火事の跡を見た。今でもはっきりと覚えています。あの時、俺は足が竦んで怖かった」
燃えた家を見て俺は足が竦んで、しばらくそのまま動けなかった。もうあの女性と会えないんだと子供ながらに何となく感じた。
俺は逃げるように屋敷に帰ってからも怖くて震えた。
「捜査資料には写真もあるんですよね?」
俺は一呼吸おいて続けた。
「捜査資料を見せていただけませんか?」
俺は確かめたかった。あの火事の家がランちゃんの家だったのか……。
彼は腕組みをした。
「俺に嘘をついた君の言葉を信じろというのか?」
「言いたい事はよく分かります。突然ひょこっと現れた男が、何年も前の記憶を話してる……。ましてや子供の時の記憶ですし、嘘もついてますから……」
俺はフッと笑った。信じろという方が無理がある……。
(でも……)
「もしランちゃんを貶めたいなら、嘘をついた事実は隠すだろうし、昔の記憶をあなたに話そうとはしない」
俺は真っ直ぐに彼の目を見た。彼の目は俺を見極めようとしているのか鋭く光っている。俺はその目を逸らさずに見据えた。
「他に覚えている事は?」
「名前と以前していた仕事を彼女から聞きました」
俺がそう言うと、彼の表情が変わった。
「名前?」
「はい」
彼は大きな溜息をついた。
「君の事だ、捜査資料を見せないとそれを言うつもりはないんだろう?」
「……よくお分かりで」
「まったく……」
そう言うと頭をガシガシと掻いた。
「ついて来なさい」
俺は彼に付いて部屋を出た。
案内されたのはファイルの入った棚がズラリと並ぶ部屋だった。彼はそこから一冊のファイルと取ると、こっちだ、と言って奥へ歩いていく。
ついて行くと、奥には小さなテーブルと椅子のある場所があった。彼はファイルをそのテーブルに置いた。
「とりあえず君の記憶が捜査資料と合うのか確認してくれ」
彼はそう言うと椅子を引いた。
「分かりました」
俺は椅子に座るとファイルを開いた。
俺はゆっくり読み進めた。
記憶の時期は資料と重なる。火事のあった場所も同じだ。次のページを開こうとしたらアンバスさんが資料に手を置いた。
俺は見上げて彼を見た。
「次のページから写真になる」
そう言って手を離した。俺はページをめくった。
火事の残骸の写真がいくつもあった。その中に見覚えのあるものを見つけた。
「この写真……」
それは角度を変えて家の外観が撮られた写真の中の一枚だった。
「間違いないです。俺の記憶と同じ」
「正面から撮った写真じゃないんだな」
彼は意外とでも言うように言った。
あの時、すぐに遊びに行きたくて近道をした。人が1人通れるような背の高い植木は迷路みたいで面白く、ロイと時々通っては鬼ごっこをしていた。
俺は植木の中を進んで燃えた家に来た。道に面した正面ではなく、家の側面から家を見た。
俺が理由を言うと一瞬目を見開いた。
「確かに植木に人の通れる隙間があった。そこから見たなら、この写真は合致がつく」
その言葉は、俺の記憶の家とランちゃんの燃えた家とが同一の家であると認めたものだった。
俺はファイルを閉じた。
「最後まで見ないのか?」
ファイルを閉じたのが意外だったのか、彼はそう言った。
「俺は記憶の家がランちゃんの燃えた家なのか確認がしたくて来たんです。それ以外は知る必要はないですから」
俺は壁に体を預けて立つアンバスさんに机の上を滑らせるようにしてファイルを差し出した。
「彼女の名前は 『サラ 』だと言ってました。メイドをしていたとも」
彼女は母と同じくらいの年齢なのに母と違って髪がサラサラで綺麗だった。当時、家で過ごす事が大嫌いだった俺は、こんな人がメイドなら家に居るのが楽しいのにって子供ながらに強く思ったのが印象に残っていた。
「……そうか」
アンバスさんは壁から体を離すと、ファイルに手を置きながら言った。
「君は頭がキレるようだから分かってはいると思うが……これ以上首を突っ込むな。この意味わかるよな?」
身元が今まではっきりしないのは不自然だった。それは誰かが意図的に身元が割り出せないようにした可能性がある事を証明している。それはつまり、殺人を意味していた。
それに、身元を分からなくする程の計画性があるという事は大きな力が裏にある可能性がある。
「アンバスさん。俺も馬鹿じゃない。……でも手は引きません」
俺がそう言うと彼は厳しい刑事の表情に変わった。
口を開きかけた彼を俺は手で遮った。
「貴族の情報網、甘く見てませんか?俺、こう見えても一当主なんで。それに……警察官が買収されてる可能性もありますよね」
アンバスさんの目を見て続けた。
「そうだとしたら、警察が下手に動いたらランちゃんの身が危険になる」
俺がそう言うと、彼の顔がより一層険しくなった後、大きな溜息を一つついた。
「悔しいがその可能性は否定できない」
「それでも俺がここに来た理由、記憶の確認以外にもあるのを、アンバスさんなら分かりますよね」
警察、貴族、その両面から調べることで真実により早く近づく。
警察を味方にすればその力で相手を揺さぶる事も出来る。
「ああ、分かっている」
アンバスさんは頷いた。
ファイルを手に取ると表情を和らげた。
「情報、感謝するよ」
そう言って俺の前に手を差し出した。
「こちらこそ」
俺はその手を握りしめた。
俺達は協力し合う事を確認するように握手を交わした。