11 もう一つの出会い
それから、私達は社交界に向けて毎日フル回転で準備をしていった
そしてその社交界の日ーーー。
時間になると、綺麗な装飾で彩られた馬車から美しいドレスを身にまとった女性達や正装に身を包んだ男性達が訪れ、大広間は華やかになった。
私はテーブルの空いたお皿やグラスを下げながらロイ様を探した。
『積極的に人と関わるのを避けているから……』
サチさんの言葉を思い出しロイ様が少し心配だった。
ふと視線を人混みに向けると、その隙間からロイ様を見つけた。ロイ様はたくさんの女性達に囲まれていた。
(あんなにたくさん……大丈夫かな……)
どんな話をしているのだろう……
(って、私が気にすることないのに……!)
私は頭を振って大広間を出た。
「サチさん、ちょっとお手洗い行ってきます」
社交界もそろそろ終わりになる頃、私はサチさんにそう言ってお手洗いへ向かった。その帰り、廊下の角に差し掛かった時に女性達の話し声が聞こえた。
『ロイ様』
女性達からその言葉が出た時、私は思わず立ち止まってしまった。
「ロイ様とお話しした?」
「ええ、話したわ」
「どう思う?」
「ん〜、家柄は最高よね。知名度もあるし。顔立ちも文句なし」
「私も同じ。あの顔立ちで家柄が良いのはなかなかないもの。でも、あれだけ無表情だと考えものよね」
「さすが、人形っていうのも納得だわ」
(人形……?)
「婚姻してからが苦痛かもしれないわね。あの無表情と毎日過ごすのだもの」
「でも、妥協する価値はあるわよね」
「ふふ、そうね」
「人形だもの、その辺に置いて飾るのが1番かもしれないわ」
「あら、面白い事言うのね」
「ふふふ」
(なにそれ…………)
私は下ろしていた両手でエプロンを強く握りしめた。
人形って何?
苦痛って何?
妥協って何?
飾るって……何?
家柄や名声、そんなもの何になるの?
ロイ様の事何も知らないくせに!
人を何だと思ってるの!!
これ以上悪く言うのなんて許せないっ!
私はそう思い足を一歩前に出した時、誰かに片腕を掴まれた。
ハッとして振り返ると、会ったことのない男性が私を見下ろしている。
「君が何か言ってどうにかなるの?」
「なっ!」
ダークブラウンの少し長めの髪の毛の隙間から綺麗な黒い瞳が私をじっと見ている。
「い、言ってみないと分からないじゃないですかっ」
私は女性達に聞かれないように、小さな声で言うと、黒い瞳を睨むように見つめた。
「……君って変わってるね」
そう言って私の腕を離すと私の横をすっと通り過ぎた。
「え……?」
慌てて振り返ると彼は廊下の角を曲がろうとしていた。私は引き止めようと彼の服に手を伸ばしたが掴み損ねてしまった。
彼は女性達の方へ歩いて行った。
「やあ」
彼が女性達に声をかけた。
私は思わず壁に張り付くようにして会話を聞いた。
「あら、アルフレッド様」
女性達は少し声のトーンを高くした。
「さっき話してるの聞いちゃったんだよね〜」
「あ、あら、何の事かしら……?」
1人の女性が誤魔化そうとしているのが分かった。
「俺は何点なのかな〜?」
「お、おっしゃっている事が分かりませんわ……」
「へぇ、ここにきても誤魔化すんだね〜……まぁ、人を人だと思わない女なんてこっちから願い下げだけどね」
彼は悪戯っぽい声を出した。
「あ、それともう一つ………」
「自惚れんのも大概にしろよ……」
「っ!!!」
彼は先程とは違う低いトーンで言った。
女性2人が動揺したのか息を呑むのが分かった。
その直後、パタパタと人が走り去る音が聞こえ、廊下が静かになった。
「出てきて良いよ」
そう彼が言ったので、私は廊下の角から姿を出した。
「あの……ありがとうございました」
「別にロイのためにしたわけじゃないけどね。ああいうの俺気に入らないし」
そう言いながら私にゆっくりと近づいてきた。
「俺は、アルフレッド=ハーゲン」
「ハーゲン……?」
「ロイとは親戚なんだよ」
ロイ様と同じハーゲンの名にハッとした私に気付いたのかすぐにその理由を教えてくれた。
「君は?」
「えっ?」
「名前、何ていうの?」
「あっ、ラン……です……」
「ふぅ〜ん、ランちゃんか……」
アルフレッド様は私の目の前で立ち止まり私の顔を覗き込むように見た。
予想以上に顔が近づいてきたので、私は少し後ずさった。
「君の目、左右色が違うんだね。珍し〜」
そう言って悪戯っぽく笑った。
「生まれつき色が違うんです……」
「へぇ〜、俺初めて見た」
そう言うと私との距離を詰めてくる。
私は後ずさったが背中が壁についてしまった。
アルフレッド様は片手を壁につき、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。私は思わず視線を逸らし、俯いた。
「もっとよく見せてよ」
その言葉の直後、顎に手をかけられ強引に上を向かされた。
(っ!)
射抜くように見つめるアルフレッド様の黒い瞳の中に、驚いている自分が見えた。
「ラン」
「っ!?」
横から聞き覚えのある声がした。
上を向かされたままの私は、目線をそちらに向けると、そこにはロイ様が立っていた。
「へぇ〜、珍しい事もあるもんだね」
アルフレッド様はそう言って、私から離れた。
(び、びっくりした……)
突然の事で心臓が早鐘のように鳴っていた。
「ラン、ハルが探してたよ」
「あっ……す、すぐにっ」
私は2人に「失礼します」と言って一礼すると、逃げるようしてその場を後にした。
++++++
ロイはランが見えなくなると、アルフレッドを見る事なく体の向きを変えようとした。
「ロイ」
アルフレッドがロイを引き止めた。
「彼女、お前のとこのメイドなの?」
「だったら、何?」
「いや、お前趣味が良いなって思ってさ」
「………」
ロイは不機嫌な冷たい視線をアルフレッドに向けた。
「へぇ、そういう顔するんだね」
アルフレッドは口角を上げながらそう言った。
ロイは相手にしないとばかりに視線を外し踵を返そうとした。だが、アルフレッドはそれを許さなかった。
「まだ話終わってないんだけど」
「………」
「彼女変わってるね」
「……変わってる?」
「お前が人形って言われて、言った奴に突っかかって行こうとしてた。まぁ俺が止めたけど」
アルフレッドは悪戯っぽく笑った。
「お前とランちゃんってどういう関係?」
「……メイド」
ロイはそう言うとアルフレッドに背を向けて歩き出した。
「ふぅ〜ん」
そう言うと、アルフレッドはまた悪戯っぽい顔を浮かべた。
「面白い事になりそう」
ロイの後ろ姿を見ながらアルフレッドはぼそりと言った。
+++++++
「庭の掃除もだいぶ楽になってきたなぁ。」
昨日は社交界で疲れたが、 いつもより早く目覚めた私は朝早くから庭掃除をしていた。
(あ〜思い出すなぁ〜)
落ち葉の山を見ながら、私は孤児院時代の出来事を思い出していた。
孤児院の庭をみんなで掃除しながら、落ち葉の山に飛び込んで遊んだり、焼き芋を焼いてみんなで食べた。
「ふふ……懐かしいなぁ〜」
自然と笑みがこぼれる。
私は箒の柄に顎を置きながら思い出していた。
「マリアさん……、元気かな〜」
孤児院を出てから時々手紙を書いてはいたものの、ここのところ自分の事で精一杯で手紙も書いていない。もちろん、今メイドをしている事も伝えていなかった。
「会いたいなぁ〜」
何気につぶやいた時、
「誰に会いたいの……?」
(っ!!!)
後ろから突然声がして、驚いた私は思わず持っていた箒を離してしまった。箒が落ち葉の山に倒れ、その勢いで落ち葉が舞った。
振り返るとそこにはロイ様がいた。
「ロ、ロイ様!?い、いつから……そこにいたんですか……?」
「……笑った時くらいからかな」
ロイ様は、落ち葉に埋もれた箒を拾い上げながらそう言うと、その箒を私に差し出した。
私は箒を受け取ると、独り言を聞かれていた事に恥ずかしくて少し俯いた。
「こ、声をかけてくだされば良かったのに……」
「思い出に浸ってるみたいだったから……」
ロイ様はそう言うと、私から離れた近くのベンチに腰掛けた。
私はロイ様が座ったのを見て口を開いた。
「孤児院での事を思い出してたんです。昔みんなで落ち葉に飛び込んだり、焼き芋焼いて食べたりしなぁ〜って……」
私はまた思い出し、また頬が緩んだ。
「そう……いい思い出だね……」
ロイ様はそう言って少しだけ目を細めて優しい表情をした。
「ロイ様、今日はお早いですね。ちゃんとお休みになられましたか?」
「そう言うランも早いんだね」
「私は早くに目が覚めてしまって……」
「俺も同じ……」
ロイ様がそう言うと2人で目を見合わせた。少しだけロイ様が笑っているように見えて、嬉しくなった。
その時、社交界の時にロイ様がたくさんの女性達に囲まれていたのを思い出した。
人との関わりを避けているというロイ様は無理をしていたのではないかと気がかりだった。
「ロイ様はお疲れじゃないですか?昨日はたくさんの女性達に囲まれてらして……」
私がそう言うとロイ様は少し遠い目をした。
「別に疲れてはないよ。ああいう場でどうするかは教え込まれてるから……」
(教え込まれてる……?)
その言葉に違和感があった。頭に一瞬ロイ様のお父様が過ぎり、サチさんの言葉を思い出した。
『ロイ様の事を思って厳しく接していた』
「それに……ーーー俺にはそういう存在は必要ない……」
そう言うと遠くを見ながらとても寂しそうな顔をした。
(どうしてあんなに寂しそうな顔を……?)
『俺にはそういう存在は必要ない……』
その言葉が頭の中に木霊した。
サチさんがロイ様は感情を表に出さないと言っていた。全てを1人で抱え込むのは辛いはずなのに……。
(少しでも私がその辛さを受け止めてあげられたら良いのに……)
でもなんと言葉をかけて良いのか分からない。
私はギュッと箒の柄を握った。
ロイ様を見つめていると不意にロイ様が私の方を見た。
「ランこそ昨日は大変だったね。」
「いえっ、私はそんなっ。空いたお皿下げたりグラスを準備したりした位で大したことないです。」
そう言うと、「そういうことじゃないよ」と言ってロイ様は口元を綻ばせた。
「昨日はラン、アルに興味持たれてたみたいだから。」
「あ……」
そうだった。
アルフレッド様に壁に追い詰められた事を思い出した。
私は恥ずかしくて目を伏せた。
「そ、その……昨日はありがとうございました。」
私はロイ様に、ハルさんが私を探していると言われ、あの場を去ってすぐにハルさんの元へ行った。
しかし、ハルさんからは何のことですかと言われた。その時、私をあの場から離すためにロイ様が声をかけてくれたのだと分かった。
「アルは直ぐに手をつけるタイプだから……」
「手をつける……?」
一瞬何の事かと思ったが、直ぐに意味が分かり頬が熱くなるのが分かった。
その時強い風が吹いた。
集めてあった落ち葉がバラバラと私に向かってぶつかり、足元に落ち葉が集まってきた。私が下を向いてその様子を見ていると落ち葉を踏みしめる音がした。
音のする方を見るとロイ様が私に近づいてきていた。
ロイ様は私のそばに立ち止まると、
「頭に落ち葉付いてる……」
そう言って私の頭に付いた落ち葉を払ってくれた。
「あ……ありがとうございますっ」
お礼を言って見上げると、ロイ様は優しい表情をしていた。
ふと昨日の女性達の会話を思い出した。
『人形だもの、その辺に置いて飾るのが1番かもしれないわ』
こんなに優しい表情をするのに……
(ロイ様の優しくて穏やかな表情は私を温かい気持ちにしてくれる)
その時、ロイ様がふと思い出した様に口を開いた。
「そういえば、サチさんが休みをもらいに来てた」
「お休みですか?」
ロイ様はうんと言って頷いた。
「ランも休みとって良いよ」
「……でも……」
「マリアさんに会いに行ってきたら?」
「えっ?」
「さっき会いたいって言ってたでしょ?」
「あ……」
ロイ様を見ると優しい瞳で私を見ていた。
「……はい」
私ははにかんでそう言った。
何気ない優しさが嬉しい。私は胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。
「日にちはサチさんと相談して決めたら良い。また決まったら教えて」
ロイ様はそう言うと屋敷へと戻っていった。
私はその姿を見送ると、よしっと気合を入れて庭掃除を再開した。
お休みの事を考えると、落ち葉をまた集める手間も嫌だとは思わなかった。