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繋がる記憶   作者: ふりこ
10/35

10 過去

 




 私はロイ様の朝食が乗ったワゴンを押しながら廊下を歩いていた。


 今朝はサチさんに会って直ぐに休ませてもらったお礼を伝えた。

 サチさんは心配そうな顔をしていたが、私がよく眠れた事を知ると安心したように笑った。

(後はロイ様にお礼を伝えなきゃ)

 私はロイ様の部屋の扉をノックした。


 コンコンーーーー




(?……あれ……?)


 部屋の中から返事がない。

 時計を見ると、時間は9時。

 ロイ様はいつも朝食は別の部屋で食べるが、昨日の夜、朝食は部屋で食べると言い残したとサチさんから聞いている。

(9時に部屋に持ってくるようおっしゃったと聞いたけど……)

 もう一度ノックするも変わらず返事はない。

 いつも時間に正確なロイ様が起きてない事に少し違和感があった。

(昨日私と庭にいて体調崩していたらどうしよう……)

 居ても立っても居られず、私はドアノブに手をかけ、「失礼します」と言いながら扉を開けた。



 部屋に入ると中はカーテンが閉まっていて薄暗い。

「ロイ様……?」

 入って直ぐにベッドを見ると、ベッドが盛り上がっているのが分かった。

(まだ寝てるのかな?)

 私はゆっくりとベッドに近づくと、少しずつロイ様の顔が見えてきた。

 瞼は閉じられ規則的な息遣いが聞こえる。

(まだ寝てる……。体調は大丈夫なのかな……?)

 私はロイ様の寝顔を見ながら思った。


(それにしても綺麗な髪の毛……)


 私はサラサラなブラウンの髪の毛に手を伸ばした。もう少しで触れそうな距離になった時、ロイ様が身じろぎをした。


「ん……」


「っ!!」


 私は慌てて手を引っ込めた。


(わ、私何やってっ)


 無意識に手を伸ばしていたことに自分でも驚いた。ロイ様の様子を伺うも目を覚ました様子はない。

(起きなくて良かった……)

 私はホッと胸を撫で下ろし、視線を落とした時、


「ラ……ン……?」

「っ!!!」


 私がハッと視線を戻すと、薄く目を開けたロイ様と目が合った。

 私は驚いて目を逸らした。


「お、起こしてしまってすみませんっ。ノックでお返事が無かったので体調が悪いのかと心配で……」


 ロイ様は静かにベッドから身を起こした。まだ眠たそうに顔にかかった髪を少しだけ搔き上げる。

 髪に隠れたロイ様の整った顔が見えた時、胸がトクンと鳴った。


「昨日は眠れた?」

「え?」


 予想外の言葉が返ってきて裏返った声が出てしまった。

 私は慌てて口元を抑えると、ロイ様はふっと笑った。


「大丈夫そうだね」


「は、はい。あの……昨日はご迷惑をおかけしてすみませんでした」


 私が頭を下げると、その頭をポンッと何かが触れる感触がした。

 少しだけ顔を上げてみると、ロイ様の手が私の頭を撫でていた。


(あ……)


 手の感触がとても懐かしい。

 また胸がトクンと音を立てたのが分かった。


「眠れたのなら良かった……」


 そう言うと頭から手が離れ、ロイ様はベッドから降りた。

 私は撫でられた頭に触れ、感触を思い出していた。

(なんで懐かしい感じがするのかな……)


 その時、部屋の扉がノックされた。


「っ!」


 ノックの音で私は我に返った。


「ロイ様よろしいですか?」


 ハルさんの声が扉の向こうから聞こえた。


「入って」


 ロイ様がそう言うと、扉が開きハルさんが部屋に入ってきた。


「カーテン開けますね」

 私は気持ちを切り替えるためロイ様に一言言ってカーテンを開けた。

 朝の日差しが部屋に差し込み、部屋が一気に明るくなった。


 ハルさんはチラリと私を見たが、直ぐに視線をロイ様に移した。


「今年の社交界の会場が決定致しました」


(……社交界?)


 私はロイ様の朝食のセッティングをしながら2人の会話を聞いていた。


「それで?」


「今年の会場は、我がハーゲン家となりました」


 ロイ様が一瞬目を見開いたのが分かった。


「分かった……」


 ロイ様は答えると、バスルームに向かった。


「ランさん」


「はい」

 ハルさんに呼ばれて私は姿勢を正した。


「体調は大丈夫ですか?」

 ハルさんは少し心配そうな表情をしていた。

「あ、はい。大丈夫です。ご迷惑を……おかけしました」

「社交界の準備などでこれから忙しくなります。体調には十分気をつけるようにして下さい」

「はいっ。申し訳ありません」

 私は頭を下げた。顔を上げるとハルさんは優しい表情をしていて、私はホッとした。


「サチさんに社交界はハーゲン家に決まったと伝えていただけますか?社交界の詳しい話はサチさんから聞いてください。ロイ様の朝食はわたくしがやっておきますので」


「はい、分かりました」


 私はそう答えて、ロイ様の部屋を出た。





 +++++++





「えぇ〜!!!」


 応接室を掃除していたサチさんに社交界の話をしたら、屋敷中に聞こえるような大きな声を出した。

 私は思わず驚いて後ずさった。

「社交界がこの屋敷で!?……はぁ〜大変だわ……」


 そう言うと小さな声でブツブツ言っている。


「あの〜、サチさん?」


 声をかけると、サチさんは我に返ったかのように目を瞬いた。


「社交界って……何ですか?」

「あぁ〜そうよね。ランちゃんは知らないわよね」


 サチさんはそう言うと、考えるように目線を少し上に向けた。


「そうね〜。社交界にも色々あるんだけど、舞踏会とか晩餐会とか。でも今の時期の社交界だとひとつしかないわ」

 サチさんは目線を私に戻すと人差し指を一本突き立て話を続けた。

「簡単に言えば、お見合いパーティーみたいなものね」


 そう言ってサチさんは社交界について話し始めた。


 サチさんの説明によると、今の時期の社交界は、貴族の独身の若い男女が集まり交流する場らしい。

 会場の決定は抽選により決まり、独身で婚約者のいない貴族男性の屋敷で年に一度開かれ、行われる。

 貴族間で子供が産まれた時点で許婚が決められ、婚約者は親が決めるという風潮はまだあるものの、血縁関係での婚姻を防ぐ意味もあり、開かれるようになったようだ。


「それにしても……きっと今頃、ロイ様は困ってるわね……」


 サチさんは説明をし終わると溜息をつきながら言った。

「自分の屋敷が会場になったら必ず出席をしなくちゃいけないのよ。ロイ様は今までこの社交界には出席していなかったから……」


「どうしてですか?」


 私は何気なく聞くと、サチさんが表情を曇らせた。


「ロイ様は……必要最低限の人間関係だけで積極的に人と関わるのを避けているから……」

 サチさんはそう言うと遠くを見つめた。

 サチさんが珍しく悲しそうな表情なのに罪悪感が生まれた。

(私……聞いちゃいけないこと聞いちゃったのかな……?)


 そう思って私は謝ろうと口を開いた瞬間、

「ランちゃん、あの肖像画どう思う?」

 と、サチさんが突然聞いてきた。

 私は驚いてサチさんを見ると「あれ」と言って壁を指さしている。

 私はその指がさす肖像画を見た。


(あれは……)


 その肖像画は、面接でこの部屋に来た時印象に残った肖像画だった。男性と女性と男の子が幸せそうに笑っている。


「とても……幸せそうで、素敵な絵ですね」

 私がそう言うと、サチさんは「そうでしょ〜」と嬉しそうに言った。


「あの男の子はねロイ様なの」


(やっぱりロイ様なんだ……)


 サチさんは私の反応を見るためか、私を見ているようだった。私は絵を見たままサチさんの視線を感じていた。


「とても可愛らしくて、幸せそうですね」


 私は絵から視線を外さずに答えた。


「昔はこの家も素敵な笑顔で溢れてたの。でも、奥様が亡くなってからそれは無くなったわ」

 サチさんは窓の外へ目を向けた。


 ロイ様のお母様は元々体が強い方ではなかったらしい。それがロイ様の出産を機に体調をよく崩すようになり、若くして亡くなられた。

 ロイ様のお母様が亡くなられてから、ロイ様のお父様はロイ様に厳しく接するようになった。


「私達使用人は、ロイ様の事を思って厳しく接してしているのはわかっていたけど……まだ幼いロイ様にとっては苦痛でしかなかったんだと思うわ……」


 サチさんは肖像画に視線を移した。


「ロイ様がね、私に言ったことがあるの。奥様が亡くなられてしばらく経った時……」

 サチさんは一呼吸おいて口を開いた。

「お母様が死んだのは僕が産まれてきたせいだ。お父様が厳しいのは、そんな僕が生きてるから。だから僕は1人でいなきゃいけないんだって……」

「っ!!」


 私は思わず両手で口を押さえた。


(そ、そんな事を幼い時に思っていたなんて……)


 胸がギュッと締めつけられ鼻がツンとする。自分の目に涙が溜まっていくのが分かった。

 サチさんが鼻を啜っている私を見ると驚いた表情をした。


「ランちゃん……泣いてるの?」


 私の頬を涙が伝い、私はそれを手の平で拭った。

「だって……その時のロイ様の気持ちを考えたら……。胸が苦しくなって……」

「ランちゃんったら……」


 サチさんは私の横に立つと肩を抱いてくれた。


 月日が経つにつれ、ロイ様は笑顔を見せなくなり、感情を表に出さなくなった。

 人に興味を持つ事も無くなり、表情も変わらないようになっていった。


「だから、あまり人と関わる機会を避けている感じなの」


 私は静かにサチさんの話を聞いていた。

 

「でもそんなロイ様は最近変わった気がする」

「え……?」

「まだまだこの絵のように笑うって事はないけど……」

 そう言ってサチさんは私の顔を覗き込んだ。

「ランちゃんがこの屋敷に来てから、ロイ様の表情が今までより豊かになった気がするの」

「?……そうなんですか?」

「ランちゃんは特別なのかもね」

 そう言ってサチさんはニコッと笑った。


「特別……?ですか……」


「そ、特別っ」

 サチさんはそう言うと嬉しそうに笑った。


「さぁ、仕事っ仕事!社交界の準備で忙しくなるわよ〜」


 サチさんは腕まくりをして、ハルさんに詳しい話を聞いてくると言って応接室を出た。


 私は1人応接室でサチさんとのやり取りを思い返していた。


(特別か……)


『特別』

 その響きが何だか嬉しい。

 自然と頬が緩んだ。


 私は3人の肖像画を見上げた。


(ロイ様がこんな風に笑った顔、見てみたいなぁ……)


 私が辛い時にロイ様が手を差し伸べてくれたように、自分もロイ様を支えていきたいと思った。


(でもその前に私が出来る事をしっかりやるのが1番だよね!)


 私が出来るのは側でお仕えする事。

 そう自分に言って応接室を出た。




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