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繋がる記憶   作者: ふりこ
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1 出会い

記憶を失った私の名前はラン。ずっと1人だったけど、懐かしい温もりを思い出させてくれた人がいた。



 





 私の働いているお店は大通りから一本入った小さなカフェ。

 店一番の人気はオススメパンケーキ。

 季節の果物がたっぷりのってシロップをたっぷりかけた甘いけどクセになる味。


 でも、最近は大通りに新しいカフェが出来たからか客足が減ってきた。


 厨房を見るとマスターが注文のあったパンケーキを焼いている。


 時間は昼の3時。お茶時にも関わらず店には常連客の女性とその相手の2人。

 私が注文のパンケーキをお客さんに出し終えると、「ランちゃん」と私の名前を呼んでマスターが厨房から出てきた。

「お客さんやっぱり少ないね」

 そう言いながらマスターは苦笑いして頭を掻いた。

「そうですね……」

 私は店内を見ながら答えて、横を見るとマスターが腕組みをして店内を見渡している。


 お店を閉めた後もマスターはコストやメニューを見直したり、新しいメニューを考えたりと客足を戻すために頑張っている事を私は知っている。

 既に頑張っているマスターに、頑張りましょう!という言葉を言いかけてその言葉を飲み込んだ。


 暫くして店内のお客さんが会計を済ませ帰っていった。

 帰ったお客さんの食器を片付け終えた時、カランッと入り口のベルがなった。


 扉を見るとそこには身なりの良い長身の若い男性が立っていた。

「いらっしゃいませ」

 そう言いながら近づくと、彼は私を見る事もなくお店の奥にある窓際の陽が1番入る席を指差した。


「あそこ良い?」

「はい」

 私が答えると直ぐにその席まで歩いて行った。


「カーテン閉めましょうか?」

 私はテーブルに水の入ったグラスを置きながら聞いた。


 窓際の席は陽射しが強いのでお客さんによく閉めて欲しいと言われるからだ。


「いや、いい……」

 彼は窓の外を見ながら言った。


 私がテーブルに視線を移した時、陽射しに照らされたブラウンの髪がキラキラと揺れた。


(綺麗な髪だなぁ。男の人なのにサラサラしてる……)


「これちょうだい」


 髪に見惚れていた私はハッとして慌てて視線をテーブルに移した。

 彼の指がテーブルの上にあるメニューのオススメパンケーキを指していた。その手は大きいが思っていたよりも細く、綺麗な指だった。


「オススメパンケーキですね。お飲み物はどうされますか?」

 彼は興味なさげに視線を窓の外へ移しながら、「いらない」と答えた。



 マスターに注文を伝えた所で入り口のベルが鳴った。

 反射的にそちらを見ると例の男が立っていた。男は私の顔を確認すると満足そうにいつもの席に着いた。


「あいつ、また来たのか」

 マスターが厨房から男を見て小さな声で言った。


 その男は毎回来てはコーヒーだけを頼む。

 接客する私をジロジロ見て、理由をつけては何かと絡んでくる。

 他のお客さんとトラブルになる事も少なくない迷惑な男だ。


 店長と話し合い、警察へ相談したりもしたが、注意する位しか出来ないと言われた。

 それだけでも良いからと、警察から男に注意をしてもらったが、それで怯む事もなく今も店に来る。

 客足が減った原因はこの男にもあると私は思っていた。


 私は男が席に着くと、いつも注文するコーヒーと水入ったグラスをテーブルに運んだ。

 いつものように舐めるように私を見ると、満足そうにニヤニヤ笑った。


「コーヒーになります」


(もう来なくて良いのに!こんな奴っ!)

 心の中で悪態をつきながら男を睨みつけて私はテーブルを離れた。



 出来上がったパンケーキを彼の元に運び終えた時、カランッとまた入り口のベルが鳴った。

 そこには小綺麗な年配の男性が少し乱れた服装を正しながら店内を見回していた。


 いらっしゃいませと言いながらその男性に近づくと、「あちらの方に御用がありまして」と、そう言って窓際の彼を見た。

「あ、はい、どうぞ」

 私がそう言うと足早に窓際の席へ歩いて行き、何やら困った様子で彼に話しかけている。


 私は水の入ったグラスを用意し、窓際の席へ向かった。



「出かける際は屋敷の者に行き先をおっしゃってくださいとお伝えしたばかりではないですか」

 男性は立ったまま眉を寄せて彼に話しかけている。

「……」

 彼は無言のままパンケーキを頬張った。


 男性は席につく事なく立ったままだ。私が戸惑っていると、それを見た彼が男性に目配せをした。

「これは失礼致しました」

 グラスを持っている私に気づいた男性はスッとテーブルから少しだけ離れた。


 ご注文は……と言いかけた私の前に掌を向けそれを制した。男性は「わたくしは結構ですので」と、言ってニコリと笑った。



 しばらくすると、問題の男が煙草を吸い始めた。

 店内はもちろん禁煙だ。私は眉を寄せて男の元へ行った。


「他のお客様のご迷惑になりますので、お煙草は外でお願いします」

 私が男にそう言うと、私の顔を見ながらテーブルを叩いて立ち上がった。

「あぁ?1本位大目に見ろよ」

 そう言って吸っていた煙草の煙をフゥッと私の顔にめがけて吹いてきた。

 私はゴホッっとむせたが、男を睨みつけもう一度注意しようと口を開きかけた時、男は自分のグラスを手に取り、私の頭の上で傾けた。


「ひゃぁっ!」


 突然の冷たさに肩を上げて1歩後ろに足を引くと同時に、男に左腕を思いっきり掴まれた。

 私は反射的に腕を引いて抵抗するも、男の腕がまとわりつくように離れない。


「水も滴るいい女……とか?」


 男の顔を見ると右の口角を上げてニヤリと笑った。


(っ!!)


 その顔を見た瞬間背筋が凍った。

 身体中から体温が奪われるような感覚だった。

(な、何っ?この感覚っ?)

 前にも感じた事があるような不快感だった。


 男の腕を振りほどきたくても体が動かない。恐怖から心臓を打つスピードは速くなり鼓動も大きくなる。

 身体中に鼓動の振動が響いている感じがした。


「ぃっ…やっ…」

 私は必死に声を絞り出した。

 しかしその声はマスターが厨房から慌てて出てくる音に掻き消された。


 その直後、腕に影が差した。


「彼女嫌がってるでしょ」


 私の腕を掴んでいる男の腕を窓際の彼が思いっきり掴んだ。彼の指が男の腕に食い込んだのが分かった。


「なんだテメェ…」

 男は鋭い目つきで彼を睨んだが、彼は表情を変えず冷たい目で男を見ていた。

 男は離すどころか私を掴む手に力を入れた。

「っ!」

 私は思わず顔を顰めた。

 彼は私のその様子を見て、男の腕を掴んでた手にさらに力を入れた。


「いい加減離したら?」


 痛みで男が顔をしかめて私の腕を離したのを見て、彼も男から手を離した。

 男から離れた私の腕には男の手形がくっきりと残っていた。それに触れた時、自分の手が酷く震えている事に気付いた。

 私はマスターに肩を引き寄せられ、男から距離をとった。


「ってーな、この野郎!」

 男が大きな声を上げたかと思うと彼に殴りかかった。

 彼はサラリとそれをかわし、男から勢いよく出された拳は空をきり、男は拳の勢いで体勢を崩して椅子を巻き添えにしながら倒れた。


「ってぇっ……」


 体を起こした男が彼を睨みつけた。


「警察呼ぼうか?」


 彼は男の視線に動じる事なくそう言うと、より一層冷たい目で男を見下ろした。

 男はバツが悪そうな顔をしたかと思うと逃げるようにカフェから出て行った。


(よかった……)


 一気に体の力が抜けた。足に力が入らなくなった私をマスターが支えて椅子に座らせてくれた。


「ランちゃん大丈夫?」


 マスターが心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「タオル、持ってくるよ」

 マスターはそう言って店の奥へ向かった。


 膝に置いた手はまだ震えていた。


 この怖い感覚……何故か見覚えがある。

 震える手を見ながら違和感を感じていた。


「これ使って」


 私の目の前に白いハンカチが差し出された。ハンカチから目線を上げていくと彼が私を心配そうに見ていた。


 その時初めて彼と目が合った。


 髪の毛よりも薄いブラウンのその瞳は髪よりも綺麗だった。


 彼はしゃがんでハンカチを私の頬に優しく当てると、私の震える手を持ち上げハンカチに添えた。

 優しい花の香が花を掠めた。


「君の目……色が違うんだね」

 彼はそう言うと私の目をじっと見た。


 私の目は左右色が違う。

 右目は濃いブラウンだが、左目は淡いグリーン。


 彼の真っ直ぐな目に見つめられて私は思わず目を逸らし俯いた。



「綺麗な目だね。」


 言われてハッと顔を上げると彼は優しい目で私を見た。それを見た時全身の緊張が緩んでいく気がした。


「腕、冷やした方が良いよ」

 彼は私の腕を指差した。

「あっ……はい…」

 私は跡のついた腕へと視線を移した。



「ランちゃん」


 マスターはそう言ってふわりとタオルを肩にかけてくれた。

 それを見た彼は立ち上がって後ろにいた年配の男性を見た。


「ハル、会計よろしくね」

 彼はそう言うと店の出口へと足を向け、ハルと呼ばれた男性もその後を追った。


 男性が会計用に用意されたトレイにお金を置こうとした時、マスターはそれを制した。


「い、いや、お代は結構です。この子を助けてくださってありがとうございました」

 そう言ってマスターは頭を下げた。


 彼は出口の扉に手をかけながら振り返ってマスターを見たが、何も言わずに店を出て行った。


「いえ、ご無事で何よりです」

 代わりにハルという男性がにこやかな笑顔で答えた。

「お食事をいただいたのにお支払いしないわけにはまいりません」

 男性はそう言ってトレイにお金を置いて店を出た。


 次の瞬間私は彼の後を追うように店を飛び出していた。マスターが私の名前を呼んだ気がしたが振り返らなかった。

 店を出ると彼は外の馬車の前にいた。


「す、すみません!」


 私の声に彼が振り返った。


「あ、あの…ありがとうございました!」

 私はそう言って頭を下げた。


 水に濡れた髪から水滴が落ちた。



「ロイ」



 声がして私は顔をあげた。


「俺の名前……」


 彼はそう言うと向きを変え馬車に乗り込んだ。その後を追うように年配の男性が私に一礼して馬車に乗り込むと、馬車は動き出した。


「ロイ……さん」


 言われた名前を小さく口にしてみる。


 少しだけ胸が暖かくなる感じがした。


 私は見えなくなるまで馬車を見つめていた。




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