裏力の秘密
変わっていく体の感覚に武は心をまかせる。体の中が冷えていく感覚はあったが不思議と寒くない。むしろ全身が透き通っていくようで心地がいい。
武は裏力を発動したその状態で、目の前の男に集中する。
バクンッ
心臓が音を出し、身体中から冷や汗をかいた。裏力の影響ではない。今のこの状況に、武自身が度肝を抜かれたのだ。
目の前の不審者が、武の発動した裏力の能力のひとつ『怪視』にかかった。『怪視』にかかるということは、彼が武の同類であるということを意味する。
(表力使いっ!!!)
武は緊張で体が固まっていくのを感じた。
ダイノンは武の表情のわずかな変化を見逃さなかった。ダイノンは武の顔の筋肉が一部ひきつったのに気づいた途端、表面はミクロのリアクションも示さず、頭の中で武の表情の変化の正体を推理した。
(今明らかに何かに怯える表情をした。何かに気づいたって感じだ......。一時期刈谷とつるんでたらしいからある程度予想はしてたが、......やっぱり裏力も使えるのか?)
ちなみにダイノンはあらかじめ武を裏力でチェックしていたため、武が表力使いということはもうすでに知っている。
(カマかけてみっか)
ダイノンはそう結論をだすと、武にむかって話しかけた。
「ほぉ~。たいしたもんだ」
武の体が声に反応してビクッとはねた。先程まで無言でたたずんでいた半ズボンの不審者が急に声を発したことに驚いたのだ。
ダイノンは言葉を続ける。
「その年から裏力使えるなんてな」
武が先程実際に裏力を使ったかどうかダイノンにはわからないがそう言った。
その言葉をきいて武はまた顔がひきつった。
「......。何でわかった......」
武は震える声を必死に押さえつけながらダイノンに言葉をぶつける。
そんな武の言葉をきいてダイノンは苦笑いしながら思った。
(やっぱり使えるんか。それにしても......)
ダイノンは苦笑いをしたまま、あきれた声で言った。
「バカだねあんた」
目の前の不審者が発した言葉に、武は意表を突かれた。何でこんなに馴れ馴れしいのか不思議でたまらないのだ。まあ反面、その馴れ馴れしい態度のおかげで武は落ち着きを取り戻してきてもいるのも事実だが。
ダイノンはダイノンで少しづつ武が気に入ってきているようだ。表情がだんだん微笑ましいものを見る時のそれになっていく。
そんな、男がやるとぶっちゃけキモい表情を浮かべながら、ダイノンは続ける。
「自分の手の内明かしちゃ駄目だろ」
言われて武はハッとした。自分がはめられたとわかったのだ。しかし同時に、そんなこと知られたところでなんの問題も無いだろとも思った。
「いいじゃんこんくらい」
「駄目だろ。表力使いが裏力使えるってのは割りとヤバイんだから」
ここで武の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。裏力を使えることの何がそんなにヤバイのか。しかも『表力使いが』という条件付きである。刈谷が武に教えた裏力の説明にもそんな内容はなかった。
武は返す言葉につまってしまった。
ダイノンはまたしても武の動揺に気付く。今の自分のセリフをきいてどうして動揺するのか不思議でたまらないようだ。
(表力使いと裏力の関係性をしらなかったか?......いやまさかだろ。裏力知っててそれ知らねえなんてありえねえ。......いやでも教えたのは刈谷だしなあ......)
ダイノンは自分の脳みそじゃこれ以上悩んでも答えはでないと諦め、武に直接問いかけた。
「話が噛み合わねえなあ。もしかしてなんかわかんねえことでもあった?」
「何で表力使いが使えるとヤバイの?」
少し癪だが武は素直に答えた。
(こいつマジか)
ダイノンはそう思うと武のいるリビングへと歩きだす。
武は少し身構えたが、『逃げても無駄』と自分の動物的本能が告げたため動かなかった。ダイノンが武のいるソファに到着すると、武もきちんと座り直す。
「どっこいしょ」
そう言ってダイノンも武の隣に腰かけた。少し間をあけてダイノンが左隣の武に訪ねる。
「マジでいってる?」
「大マジ」
「裏力は誰から教わった?」
「......いわない」
「刈谷一郎?」
刈谷の名前を出された武はどきりとした。
(何で知ってんだコイツ!)
これ以上自分の人生を掘り下げられると不快なため、武は自分の要求を言う。
「結論だけ言って!!」
気持ちが高ぶって想像以上に強い声が出てしまったことに、武自身が驚き、同時に体がヒヤリとした。調子に乗りすぎたと、そう思ったのだ。隣にいるのはあくまで大人の不審者。襲われたらまず勝てない。
武は自分の発言でできた少しの静寂の中で、恐怖と戦いながら相手の出方を待った。
ダイノンは何食わぬ顔で、武の質問に答えた。
「表力が増える」