妖刀『断平』
妖刀『断平』。
製造年も制作者も不明のこの刀は名前こそ知れ渡っていないものの、時代の変わり目に度々姿を表してきた。大きな勢力が没落する正にその局面で、何処からともなくひょっこり現れ、そして事が終わると姿を消すのだ。
不変を良しとしない妖刀。それが『断平』だ。
一般社会にあまり認知はされていないものの、魔法使いや一部の権力者、事情通の表力使いの間ではかなり有名な代物で、数多のコレクター達の憧れでもある。
そんな妖刀だが、一番記憶に新しい出現、10年前の出来事は極一部の人間にしか知られていない。
10年前、連続殺人犯刈野一郎を持ち主として断平は出現した。そしてとある事件を起こした後、刈谷は妖刀を武の体に封印した。
武の部屋へはリビングを経由しなければ行けない。自分の部屋へ行こうとする武も当然リビングを経由する。電気もつけずに馴れと勘だけで。
玄関の天井に潜んでいたニセ武は音をたてずに床に着地する。
彼としてはこのまま武が自分の部屋に戻ってくれれば問題はない。そうすればそのまま仲間の張った罠が発動して、武の肉体から断平が取り出される。彼はそれを、武が罠の副作用で眠っている間に拾い上げればいい。
(簡単だ)
そう、自分で自分に言い聞かせた。
武がリビングの中央に差し掛かる。もうあとほんの数歩で武の部屋につく。しかし、
「はあ......」
武はため息をついて、そのままリビングのソファにドサッと腰をおろした。
それを玄関から見たニセ武は少し焦る。実は仲間の張った魔法の罠は日付が変わると消えてしまうのだ。しかも気軽にポンポン張れるものでもないため、準備にはまた数日を要する。
(早く部屋もどれアホ!)
心の中で怒鳴りつけるも、そんなもの武に聞こえるはずもない。いや、聞こえても困るが。
そんなニセ武の焦りなど露知らず、モノホンの武は呑気に背中を向けている。
実は武もソファに座る寸前まで自分の部屋に行くつもりだったのだ。しかし自分の部屋に近づいた途端、安心したのか急に疲れがどっと押し寄せてきて、そのまま近くのソファに座ってしまったのだ。
ニセ武はポケットからスマホを取り出して時間を確認する。11時38分。時間を確認すると、ニセ武は落ち着きを取り戻した。
(へっ、なあんだ。日付が変わるまであと20分以上あるじゃん。余裕余裕)
ニセ武の気分は一転、マイナスからプラスに変化していた。流石にずっとあそこにいるわけでもあるまい、という彼の推測が彼自信を強気にさせているのだ。
ニセ武の心臓がバクバクなっている。彼はあと数分、いや数秒後のミッション成功を頭に思い浮かべて若干ハイになっている。ずっとほしかった妖刀が手にはいるのだ。ニセ武はウキウキしてその時を待った。
が、人生そう甘くない。生まれた時からある程度甘い人生を約束された人間もいるが、それでもその人の人生にはその人なりの苦が多少は用意されているものである。とにかく誰にとっても、甘すぎる人生というのはないのだ。そしてそれはニセ武にしても同じことだった。
ソファに座った武が次の瞬間、ふと口にした言葉が、ニセ武をまた絶望の底に叩き落とした。
「グー......zzz」