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表と裏の戦闘狂  作者: bed
少年消失編
5/11

侵食される平穏

 武はこの苦難をなんとかやり過ごす方法を考えていた。


 クリアしなければならない課題は2つだ。

 1つは視覚。お巡りさんの視界に入らないように交番の前を通過しなくてはならない。武は最初、自分が透明人間だったら良かったのに、と思った。そんなこと思ったってどうしようもないのに、それでも考えてしまうのが武である。そして、


(自分が透明人間だったらなんの躊躇もなく、まるでそれが当然であるかのように、脇目もふらず女湯に忍び込むのに!)


といった風にすぐ本題から脱線してしまう。当の武は妄想で若干整理現象がおこっていることに気付きすぐに妄想を振り払った。

 2つ目の課題は音だ。少し歩いただけでジャリジャリ音がしてしまう。小さな音も静かな深夜には大きな存在感を放つ。お巡りさんも、ただその辺で音がするだけなら何の気にもとめないかもしれない。けどその音が自分の前を通過するように動いたらまず間違いなく食いつくだろう。

 迂回する、という選択肢はない。1本道をずらすだけで20分ほど帰宅までの時間が延びてしまう。こんな冷える深夜に半袖半ズボンでいる武にはかなり大きな差だ。

 まあそんなこと関係なしに武は『意地』の関係上、もう既に諦められなくなっているのだが。


 少し悩んで、武は答えを出した。


(はいはいで行こう)


 いや、武はいたって真面目である。

 交番は、というより大体の建物がそうなのだが、ガラス部分は大抵扉や壁の上部に取り付けられている。全面ガラス張りというのはなかなか珍しい。交番がそんな変態使用というのはもっと珍しい。だから、まあ正直これは考えるまでもなかったことだが、ガラス部分の高さまで体をさらさないはいはいなのだ。

 もう1つの課題、音に関しては表力を使うことにした。武自身もこっちに頭を使ったようだ。まあ男子小学生の中でもかなりアホの部類にはいる武には、こんなのでもかなりの難題だった。

 地面に武の表力で出した布を敷いて、その上をはいはいで通る。

 よし、これでいこう、と武は決めた。






 武の部屋のなにかは寝返りをうった。なにかは、


(おっせえなぁ。こいつの部屋なんもねえじゃん。時間ずらしすぎだなこりゃ)


などと心のなかで仲間の気の利かなさに文句を垂れている。

 壁にかけられた時計を見て時間を確認した。11時35分。


「そろそろかな」


 なにかは立ち上がると部屋の戸を開けて外に出た。

 武の部屋の隣は襖一枚隔ててすぐリビングだ。リビングに一歩足を踏み入れた途端、洗面所から歯を磨き終えてリビングに戻ってきたこの家の主、葉狩孝平と目があった。


「まだおきてたんか。明日学校だろ。早く寝ろ」


 武の父、孝平は目の前の何かにやはり未だ不信感を抱きつつもそう言った。

 果たして武は本当にこんな身長だったか、こんな顔だったか。こいつが人間なのは間違いない。だがしかし、これは本当に武なのだろうかと、どうして違和感を拭い去れない。


「この時間に起きてるのは俺の日課だろ。お前こそ早く寝ろよ。あと敬語使え」


 一瞬、リビングに異様な空気が流れた。しかしすぐにまた孝平が口を開く。


「はい。そうでした。おやすみなさい」

「ほいほ~い」


 この違和感ありありのやりとりの後、孝平は妻と同じ寝室に、武と思われている人間は玄関へと向かった。






 武はゆっくりとしゃがんだ。そして恐る恐る右手を交番の玄関の前に晒す。心のなかで呪文のように何度も繰り返す。


音をたてずにゆっくり出す。音をたてずにゆっくり出す。


 ゆっくりと右手に意識を注ぐ。


 やがて手のひらを下に向けた状態の右手の平に接して、音こそ無かったもののふわりと、そんな動きを見せて白い布が現れた。それがそのまま重力に従って地面に、これまたふわりと着地する。


 武はほんの数秒待って、お巡りさんが出てこないのを確認した。大丈夫なようだ。

 武は子供だが、さらに童心にかえって赤ちゃん歩きを開始した。

 ゆっくりゆっくり、布の上を進む。

 やがて布の終わりが来た。交番の終わりまであと2メートル程ある。武の布は一辺2メートルの正方形なのだ。

 このくらいならと、武は腰を曲げたまま蛙のようにジャンプした。


ジャリリッ


 着地したときに音がしたのと若干飛距離が足りなかったのとで冷や汗をかいたが構わず走り抜く。

 曲がり角を曲がって立ち止まる。また塀の影から顔だけだして先程の交番の様子をうかがう。

 交番からお巡りさんが出てくる様子はない。杞憂だったようだ。

 交番の前に敷きっぱなしの布を見て消し忘れていたことを思い出した。消すのはどんな時、どんな場所でも可能なため、全く心配はないのだが。


 武は残りわずかの帰路を駆け出す。

 遠く後ろの交番の前で、敷かれた布がスウッと姿を消した。

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