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表と裏の戦闘狂  作者: bed
少年消失編
3/11

占い師への占い

「君は今日家に帰っちゃだめ」

「へ?」


 武は面食らった。いつもテレビで見るような畑美代子の芸風と今のやり取りがあまりにかけ離れていたからだ。

 普段の馬鹿らしくも周りを笑顔にするようなスタイルから一転、蛙を睨む蛇を彷彿させる喋り方に武は呆然とした。


「後悔......するわよ?」


 美代子本人も段々自分が馬鹿らしくなってきていた。さっきまでは自分の中でなんともいえない緊張感があったのに、実際にこうして口に出して伝えると相手との温度差に自分で自分がおかしくなる。


「そう......なんですか」


 小学生の少年に気を使わせる始末。

 もういいやと美代子は思った。きっとさっきのは気のせいだったんだと、そう自分に言い聞かせた。


「な~んてね、冗談よ。気を付けて帰んなさい」


とびきりの笑顔で言った。


「まだなんも占ってないのに帰れっておかしくないですか?」


武が恐る恐る訪ねる。


「あ!ああ、そうだったわね!私ったらちょっとおかしいみたい」


自分のミスに気付いて弁明する美代子。


『おい、ふざけるな。ちゃんと伝えろ』


という声がまた彼女の頭に流れるが全力で無視する。


「恋のお悩みか何かかしら?」


『ちょっ......無視するな!!』


「えっと......すいません、決めないで来ました。今急いで決めます」

「ゆっくりでいいわよ」


 武はあらかじめ決めておくべきだったと後悔しつつ、今自分は何を占ってもらっておくべきなのか考えた。






 背の高い大型書店の本棚のそばで小説を立ち読みする男がいた。いや、実際には読んでいるふりである。

 男は身長175前後で、落ち着いた黒い髪に、ゆったり過ぎずピッチリ過ぎずで爽やかな色の上着とズボンを身に付けている。

 彼は先程から目線こそ手元の小説にむけているものの、意識は別の場所に向けていた。書店の空いたスペースに今日この日だけ設けられたテントである。中では美代子と武が客と商売人という関係で会話をしている。彼のいる本棚はそのテントから本棚三列分空いた距離の場所にある。


 男は本を眺めつつも右手を口元に持ってくると、その右手に向かってボソボソと話しかけた。正確には右手にではなく右手に持った木製で円盤状の何かにであるが。その木製の何かは手のひらに完全に納まるため、周りからは口元に手をそえて読書しているようにしか見えない。


「畑美代子、お前がどんな決断をしようが構わないが、今回のこれは本当にやってくれたな。その少年は今夜死ぬ」


 男は本を戻して店を去った。






『畑美代子、お前がどんな決断をしようが構わないが、今回のこれは本当にやってくれたな。その少年は今夜死ぬ』


 美代子は脳内の声を無視すると決めていたが、自分のフルネームが呼ばれたことと少年が死ぬというショッキングな内容をその声が話してきたのには流石に動揺した。


「きまりました。俺みたいな馬鹿でも高校生になれるのか占ってください」


 少年の声で我にかえった彼女は少年の可愛らしい質問に思わず笑みを漏らした。

 しかしすぐこの少年が死ぬという話を思いだし気分が暗くなる。


「そんなことでいいの?占うまでもないわよ?そんなの」

「そうなんですか?」


 きっと幻聴だ、と美代子は自分に言い聞かせる。何かストレスがあるからああいった声がきこえるんだと。


「ええそうよ。高校が心配って、もしかして君中学生なの?」

「いえ、小6です」


 明日心療内科に行くことも検討しつつ、美代子は少年の死を頭から無理矢理追い出した。


「あ、じゃあ一番お兄さんなんだ!え~好きな子とかいるんじゃないの~」

「いません」

「あ、やっぱりいるんだ~」

「いません」

「え~、どんな子どんな子?」

「髪はそんなに長くなくて......えっと......」


 美代子はいつもより会話に心がのっていない自分に気付いてはいたが、それでも少年への接客に集中しようと努める。


「かわいい?」

「まあ......その......あの......」

「なあ~にそれ、可愛いって言ってあげなさいよ~。照れちゃって」


 恋占いで決まりかな、と美代子は思った。

 武は、この人たしかまだ25なのに、オバさんみたいなノリでくるなあ、と思った。






 武にとって楽しい時間が過ぎた。

 好きな子へのアプローチの仕方や声のかけかたなど、それ全然占いじゃないよね、という内容のアドバイスをたくさんもらったのだ。正直恥ずかしくてほとんど実行できそうにないが少なくとも勇気はもらえた。幾分できる男になれた気がしないでもない。


「ありがとうございました!」

「いいえこちらこそ。外寒いわよ、そんな薄着で大丈夫?」

「あ、はい!豚ではないので!」


 美代子は意味不明な回答に首をかしげた。武の小学校の「寒がり=豚」というルールを知らないのだから当然である。


「さようなら」

「まって!」


 去ろうとした少年を見て美代子は思わず声をかけた。あの声は幻聴であろうが、それでもどうしても不安は取り除いておきたかったからだ。


「お父さんとお母さんとはうまくいってる?」


 声が「帰宅してはいけない、さもなくば死ぬ」という内容だったことから、美代子は虐待を連想した。


「親は全然好きじゃないけど、でも問題はないです」

「そう。何かあったらいつでも相談してね。私じゃなくても、先生とか友達に」


 美代子は精一杯今の自分にできるアドバイスをした。


「はい!さよなら!」


 武はそれを、大人の子供に対する申し訳程度の社交辞令、として受け取った。


 武は占ってもらうために買った約1000円分の本と共に店の出口へ向かう。本を選ぶのに大分時間を使ったし、もう昼近くにはなっているだろうと予想をたてて店を出た。


「えっ」


 思わず声が漏れる。


 夜になっていた。それも高校生が『まだまだ遊ぶぜ~!フ~!』といってるような時間帯の夜ではない。深夜だ。辺りの店も明かりを落としている。今日の営業時間を終えたからである。


「そんな......」


 武は呟いて、たった今出てきた店を振り返って見た。流石にこんなのは異常だ。超常現象の域である。いや実際にそうなのであろう。

 美代子さんにも教えなくちゃという使命感が武の体に流れていた。


 が。


 武がたった今出た店も閉まっていた。店内は証明が落とされており、畑美代子のいたテントも片付けられている。さっきまでの明るい雰囲気とうって変わって今はお化けでも出そうだ。

 ちなみにここは夜11時までやっている。


 5月の夜風が武の露出した肌をさす。

 混乱した思考のなかで武はなんとか今これからどういう行動をするか決めた。


「そうだっ、いったん家に」


 白い息を吐きながら家へと駆け出した。

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