青春×擦違 -良くも悪くも擦違い-
夏になった。
俺は相も変わらず毎日を過ごしている。
夏休みだってのに用事もなく、無意味に時間をすごしている。
そんな中、久々に中学時代の女友達であるユカから連絡が来た。
"今日暇?"
やることもなく暇だった俺は、直ぐに返した。
"暇だよー"
ユカから、一瞬で返事が来た。
時間にして三十秒掛かってないくらいだろうか?
"なら、1時位に私たちが昔よく行ってた喫茶店『桜の道』にきてくれない?"
『桜の道』って、本当に懐かしいな。
俺が中学生時代に由香と共によく行っていたからなあ。
そんな中学時代の記憶に懐かしさを抱いていると、時計が12時を示していることに気づいた。
俺の家から『桜の道』までは自転車で5分である。
それ故、そこまで急ぐ必要はないが、女の子を待たせるのは男としてどうかと思うので早めに出よう。
そうやって早く準備をして、自転車を漕ぎ出すとまた色々な思い出が頭をよぎった。
桜の咲く頃の卒業式、最後にユカと一緒に歩いた日だとか。
高校になって部活を始めて、手探りで戸惑ってる中、ユカからのメールで吹っ切れたことだとか。
「……ん、ついたか」
自転車で5分。
そりゃあ、あっという間である。でも、今日だけはその五分間が妙に長く感じられた。
「マスター、お久ッス」
「……ん?あぁ、タクマ君か。本当に久しぶりだね」
「ハハ、申し訳ないッス。大学合格したこと位伝えに来ようとは思ってたんスけどね」
「いや、今、聞かせて貰ったから良いよ。良かったね」
「ま、滑り止めなんスけどね」
こんな中身のない雑談をマスターとしているとユカがやってきた。
昔見たユカとは全然違って、綺麗で、可愛くて、正直見惚れた。
そんな俺を知ってか、知らずか、ユカは俺に向かって。
「……変、かな?」
そう尋ねてきた。
今のユカを見て変だなんていう奴は居ないだろう。
俺は言いたい言葉が浮かんでは消えて、全く纏まらない中、なんとか搾り出した。
「……正直、見惚れた。変わったな、ユカ」
正直とは言ったものの、正直過ぎはしないかね、俺よ。
でも、言いたいことを上手く纏めれた一言だとも思う。よく頑張った、俺。
「フフフ、タクマも変わったね。昔よりカッコよくなった」
「そうかい」
素直になれないのは昔から一緒である。
褒められるとついついそっぽ向いてしまうらしい。
意識してみると、実際そうなのでなんとも言えない。
「んで、今日はどした?」
「んー、用は無いんだけど……」
そうやって、顎に手をやって考えるしぐさは変わらんのだな。
メールでのやり取りはよくやっていたが、こうやって会うのは三年振りだ。
そうやって、ユカを見ていると爪に艶があることに気づいた。
「……ん?マニキュアか?」
「あ、気づいた?大学生になったから少しはお洒落しようかなって」
「そなのか。まあ、似合ってるぞ」
「そっか。嬉しい。ありがとうね」
そういう太陽みたいな明るい笑顔も変わらないんだな。
本当に懐かしいもんだな。思い返せば思い出がゴロゴロ発掘されていく。
ユカとなんでもない雑談をしていると、ふと唇が乾燥してることに気づいた。
「……んあー。ユカ、リップクリーム貸してくんね?」
「え!?」
「いや、そんなに吃驚しなくても。ただ、唇が乾燥しててさ」
「……はい」
「お、てーんきゅ」
俺がリップクリームを塗っていると、ユカはその状況を赤面しつつなんとも言えない表情で見ていた。
そのユカの表情が何故なのか、イマイチ俺にはわからない。
「ほい、あんがとな」
「……ばーか」
「ちょ、なんで罵倒されてんのさ」
「うっさい、ばか。鈍感。天然」
「えー……」
そんな状況の中、何か含んだ笑顔をしたマスターからハートが描かれたラテマキアートを渡された。
「僕の奢りだから、気にせず飲んでくれたまえ。フフッ、若いって良いね」
「ちょ!マスター!」
このよく分からない状況で俺はなんとも言えない顔をしていることだろう。
「なあ、ユカ」
「……ふぅ。ん、なぁに?」
「今、ユカって付き合ってる奴いんの?」
自分でもなぜこんな質問をしたのか分からない。
ただ、聞きたかった。
中学時代に気づかずに通り過ぎた感情の答えが見えそうだったんだ。
俺自身、本当に不器用に繋いで紡いだ言葉だと思う。
普段ならこんな風に直接聞かないからな。
その質問をして10秒くらいだろうか、ユカは言葉を紡いだ。
「いるよ」
「……あ、そうなんだ」
そのユカによって紡がれた言葉が俺の中で解かれて、そして心の中で答えが完成した。
俺はユカが好きだったんだ、と。
中学時代に置いてけぼりにしてしまった感情を、今、拾うことが出来た。
「……どうして、そんなことを聞いたの?」
「俺、ユカが好きだ」
「はぁ!?」
「うん、俺、卒業式に桜の雨の中を一緒に歩いた時からユカが好きだ」
「ちょ、待って!」
「すまん、誘ってくれて悪いが、もう帰るわ」
伝えたいことは伝えた。
マスターに会釈をして、奢りだと言われた分のお金を二人分そこに置いて『桜の道』のドアを開いた。
自転車で来てたことも忘れて俺は公園に向かった。
色んな思い出が詰まってる公園だ。
テストで点数が悪かった時、親と喧嘩した時、色んな時に俺はその公園のベンチで座っていた。
「……ああ、もう少し早く気づいていればなぁ」
誰も聞いてないであろうにも関わらず俺は公園のベンチで呟いた。
いつまで経っても色褪せない記憶を彷徨っている。
過去を振り返っても、どう足掻いても変わらないと知っているのに思いが止まらない。
「あー、アホだな」
「ホント、アホだよ、タクマは」
聞こえないはずの声が聞こえた。
それもそうだろう。さっきまで『桜の道』に居たはずだ。
俺が出て行って直ぐに追いかけて来なければ、聞こえないはずなのである。
「……なんで、此処にいんの?」
「んー、アホなタクマの為に」
「……お前、付き合ってる奴居るんだろ?」
「あー、あれ?嘘だよ。どんな反応するのかなーって」
「……はぁ?」
「いやー、まさか、タクマが私のこと好きだなんてねー」
「……お前、なに言って」
「いやいや、告白しようと思ったら、まさか告白されるだなんてねー!」
今、コイツは何を言ったんだろう。
俺の聞き間違いでなければ、多分、告白するって聞こえた。
「アホのタクマはずっと私がアプローチしてるのに気づかないんだもんね」
「……え?」
「好きでもない人にリップみたいな、自分の唇に塗ったものを貸さないよ」
「いや、あの」
「私はアホで鈍感で天然なタクマが好き」
「……」
「一生懸命に真正面からぶつかっていくタクマが好き。なんだかんだ自分より相手を想うタクマが好き。私をずっと支えてくれているタクマが好き」
「……おう」
「だから、私と付き合え。アホタクマ」
「……ッ!うっせ。モチロンだよ、アホユカ」
「アホとは何かな?泣き虫アホタクマ」
「泣いてねーし!」
人生のチャンスなんていつ来るか分からない。
今回は上手く行ったけど、チャンスはピンチでもある。
モチロン、失敗する可能性もあるんだ。
いや、寧ろ失敗することの方が多いんじゃないだろうか。
でも、逆に言えばピンチはチャンスなんだ。
案外、考えすぎて動けないくらいなら、何も考えずバカ正直に突っ込むのも良いかもしれない。
俺はそう思うね。