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その七

ザワァッ


人気のない草原に、自然では有り得ならざる風が吹いた


「……ここね」


風が吹きぬけた後、最前までは誰いなかったそこに一人の女性が立っていた


黒い長髪とロングコート


金と銀の不揃いの瞳オッドアイ


黒金氷雨は、一部の隙もない姿でそこに立っていた


彼女の視線の先には、今にも崩れ落ちそうな廃屋


「ふん。結界も発動させないなんて、よほど私を舐めてかかってるようね」


呟き、一歩を踏み込んだ瞬間―――――


 


ドクンッ!


 


心像の鼓動のような音ともに、廃屋を中心とする半径数百メートルの空間が隔絶された


そして限られた空間内を澱んだ魔力が満たす


同時にその澱んだ魔力よりも一層、不快で汚染された魔力が一点に集中していく


氷雨は険しい顔して魔力の集中する場所を睨む


竜巻状に収束していた魔力がある一点で膨脹をし始めた


やがて収まってきた魔力の渦から顕れたモノを見て、氷雨の表情が驚愕に強張った


「よう、お嬢さん。その節はどうも」


「……馬鹿な」


ニヤリ、と氷雨に陰険な笑いで声をかけたのは、紛れもなく一昨日の夜に殺したはずの男―――ジャッカルだった


あれほど傷付けられた肉体には傷痕一つ見受けられず、着ている物さえ違っていなかったなら、まさに一昨日の夜そのままの姿だったであろう


驚愕と緊張に強張る氷雨を余所に、ジャッカルは舌なめずりしながら身構えた


それを見て氷雨も取り敢えず疑問を思考の隅に追いやり、戦闘態勢をとる


初めて会った時とは逆の心情で相対する二人


先に動いたのはやはりジャッカルだった


グッと身を屈めると、次の瞬間には弾丸のような勢いで氷雨へと迫り―――


「なにっ!?」


すぐ傍らを通り過ぎ、一瞬で氷雨の死角へと移動した


予想外の事にやや焦りながらも氷雨はその場から跳び退りながら振り向く


だが振り向いた先にはジャッカルの姿はなく、冷たく凍えるような殺気が背筋を這い上がった


「死ネェェェェェェェェェェェッ!!」


氷雨と同じ方向に跳び、巧みに死角に張り付いていたジャッカルが袈裟に肉厚のナイフを振り下ろす


「っあああああああああああ――――!?」


常人ならそのまま斬り裂かれるであろうその攻撃を、しかし氷雨はナイフが身に喰い込んだ瞬間に無理矢理に前方へと跳躍する事で致命傷を避けた


しかもただ前方に跳んだのではなく、着地と同時にバネ仕掛けのように後ろ向きで舞い戻る


「ウオオッ!?」


流石にこれはジャッカルにとっても予想外だったのか、フォロースルーの最中にバランスを崩す


しかし、氷雨の行動はそれだけでは終わらない


後ろ向きのまま体当たりをかますと、バランスを崩したジャッカルの顎を肘で跳ね上げる


同時に腰の捻りと体当たりの勢いを利用した正拳突きが放たれ、見事に鳩尾に突き刺さった


「グウゥゥゥゥッ!!」


跳ね上がっていたジャッカルの頭部が腹部に受けた衝撃により振り子のように戻ってくる


そのまま顔面突きを仕掛けるつもりでジャッカルは歯を食いしばったが、氷雨は素早く後ろに退いて逃れる


「闇より出でし縋りつく絶望の手よ。悲哀と憎悪に塗れた虚無の因子よ。我は柩を織りて涙を流す者」


左手で虚空に複雑な印を描きつつ、氷雨は詠唱する


自らの扱える数少ない攻性魔術のなかで、最も威力の高い魔術の一つの構成を練る


「させると思うか!?」


【不死人】ならではの痛みを感じないという持ち味を生かして、ジャッカルが魔術の発動を阻止すべく動く


ナイフを投擲した所で一度目と二度目の戦闘の焼き増しになるだけだと判断したジャッカルは、素早く間合いを詰めて斬撃を繰り出す


「凡百の悲劇に嘆き悲しむ愚者達に、我が昏き底たる鳴動を知らしめん」


詠唱を続けつつ、なんとか顔面を狙った刺突を首を捻って避けるが構成された魔術を発動させる事ができなかった


避けそこねた髪の一房が宙を舞い、その向こうから間を置かず二度目の刺突が襲う


「――――ッ」


反応しきれず額を大きく斬られ、サングラスと髪と血が散った


そして意図的に隠していた不揃いの瞳が飛び散るそれら越しに見たものは、固いブーツの靴底だった


「カハッ!!」


顔面を強打された氷雨の頭部が、先程のジャッカルと同じく後へと跳ね上がり


「オオオオオオオッ!!」


ナイフを持たない手によって繰り出された貫手が氷雨の身体を貫いた―――


「なに!?」


かのように見えたが、ジャッカルは疑惑と驚愕の声を上げつつ跳び退った


そのまま警戒するように距離を取ったジャッカルは己の腕をマジマジと見つめ、次いで仰向けに倒れた氷雨を見る


ダメージが大きかったのか氷雨はふらつきながら立ち上がり、忌々しげに舌打ちした


「まったく。女の顔に傷をつけられたばかりか、足蹴にまでされるとはね。おかげで構成していた魔術も霧散キャンセルされたよ」


額から流れ落ちる血を手で掬い取って舐めながら、もう一方の手で顔を覆う


血に濡れた半面と手で隠された半面


俯き加減の顔は影に隠れてよくは見えないが、僅かに覗く不揃いの双眸が怪しく闇に光っている


「……女。貴様は何者だ?」


「ふふふ。この期に及んで、どうしてそんな意味のないことを問うんだい?」


質問に質問で返しながら、氷雨はゆっくりと態勢を立て直す


「確かに俺の手は貴様を貫く筈だった」


「ならば、どうして私は無傷なんだい?」


「戯言を。貴様、どのような手品を使った?」


答える代わりに氷雨はロングコートを指し示して不敵に笑った


「やはりあなたは魔術の恩恵を受けているだけであって、魔術師ではないようね」


ジャッカルが鋭い視線で氷雨を睨みつける


その身体は次の激突に備えてギリギリと引き絞られていた


「オオオォッ!」


咆哮と共にジャッカルが夜闇に溶け込むように凄まじい速度で駆け出した


人外の力任せな踏み込みと袈裟斬りに反応できたのは、偏に氷雨の反応速度が常人を遥かに上回っていたからである


普通の人間なら、反応する間もなく二つに裂かれていただろう


一際大きな不協和音が響く


「クッ」


ロングコートの袖の下に仕込んでいた手甲で受け流したものの、重く鋭い斬撃に態勢を崩される


これほどの攻撃はそう何度も受けられるものではない


火花を散らして遠ざかるナイフの光刃を見つめながら、氷雨は冷静に状況を把握していた


翻って引き戻されるナイフの柄を左手で殴りつけるように弾き、右の手刀を振り下ろす


「せあっ」


振り下ろす軌道を無理矢理変更し、ジャッカルの迎撃を掻い潜るように喉に向って貫き手を放つ


しかし必殺の貫き手は難なく払われ、正面に隙が出来た瞬間に前蹴りで胸を強打される


追撃に振われたナイフが咄嗟に構えた左手を撫で斬り、次いで氷雨が放った起死回生の回し蹴りがジャッカルの首を強襲


錐揉みしながら吹き飛ぶジャッカルから素早く距離を取り、短縮された魔術を放った


「纏い、刻みつける、一陣の風、我が手に宿り知らしめろ!」


指向性を持って圧縮された真空の断層が予め定められた経路パスを通してジャッカルへと疾る


「グオォォォォッ!?」


痛みではなく衝撃に息を詰まらせ、ジャッカルは全身をカマイタチによって切り裂かれながら更に吹き飛んでいく


それに追随するように氷雨は駆け出す


急速に転換していく視点の中でそれを確認したジャッカルは、空中で身を捩り強引に態勢を整える


そしてジャッカルが地へと足を着けた瞬間、氷雨は既に間合いの内にジャッカルを捕えていた


一歩目を何より速く


二歩目を何より鋭く


三歩目を何より強く


理想的な踏み込みによって体内で循環し、蓄積された力に更に魔力を上乗せする


驚愕の表情で氷雨を見るジャッカル


接した腕を通して、純粋な破壊の為だけのエネルギーをジャッカルに流す氷雨


全ての工程を終えた後の一瞬の停滞


 


ゴォウンッ!!


 


爆音にも似た音が響き、咄嗟に跳び退って逃れようとしたジャッカルの右半身が吹き飛んだ


声もなく衝撃の勢いに圧されて倒れるジャッカル


もはや常人の目から見ても戦闘行為は不可能と断ずる事ができる状態に追い込みながらも、しかし氷雨は戦闘態勢を解かずにいる


なにせ相手は痛みを感じぬ生きた死体―――不死人アンデッド


右半身を吹き飛ばした程度で大人しく動かぬ屍に戻ってくれるような、可愛い存在ではない


「クックック」


やがて、暗い笑いが夜に響いた


「クックック……。ハーッハッハッハッハッ!!」


盛大な笑い声を上げながらジャッカルは何事もなかったように危なげなく片手で立ち上がった


ニヤニヤと嘲りに笑うその顔は、まるで氷雨の行動が間違いだと言いだ気な様子だ


氷雨は内心で訝しがりながらも決してそれを表に出さぬように、油断なく様子を窺う


「お前は最大のチャンスを逃した」


ジャッカルは静かに言い放った


しばし氷雨の反応を窺うように言葉を切ったが、何の反応も引き出せないとわかるとあっさりと興味を失った


「もう一度繰り返すぜ。お前は最大のチャンスを逃した」


言い終わると同時、ジャッカルの身体が燐光に包まれる


だが氷雨の眼はその燐光越しにジャッカルの身体に起きている異変を見抜いていた


失われた筈の右半身が傷口を中心にうねり、蒸気を発している


見つめる氷雨の目の前で、ジャッカルの身体は再生しようとしていたのだ


「―――チィッ」


慌てて飛び出すも氷雨自身、間に合わぬ事を悟っているのかその表情には焦燥が浮かんでいる


「再生するというのなら―――」


【仙連歩】と呼ばれる特殊なリズムの呼吸法によって完成する理想的で効率的な踏み込みを以って距離を詰め


「―――今度は完膚なきまでに吹き飛ばしてやる!!」


中国拳法における発勁に似た性質を持つ、氷雨が習得した独自の攻撃法を繰り出す


「悪いがそう何度も当たってやるほど、御人好しじゃないぜ?」


確かに氷雨の攻撃は鋭く、疾い


しかし致命的なまでに狙いが直線的であり、タイミングが読まれ易いのだ


おそらくはジャッカルでなくとも武道に20年以上の歳月を経てきた者なら、避けられないまでも充分に対処できる


それを証明するようにジャッカルは伸びてきた氷雨の腕を上へと弾き、軌道をずらした


氷雨の放つ技は強力かつ防御不可能だが、それは蓄積された力が相手へと伝わる瞬間に触れていなければ伝わる事はない


つまりその力が伝わる前に攻撃そのものを途中で止める、あるいはタイミングさえずらしてしまえばそれだけで不発となる


そして―――


「今のテメェは無防備だぜ!?」


攻撃が強力であればあるほど、その後の隙は大きくなる


腕を大きく頭上に弾かれた事で隙が出来てしまった氷雨は、瞬間、無防備な姿を晒した


「ハハハハハッ! 俺の、勝ちだぁぁぁぁぁぁっ―――!!」


勝利を確信したジャッカルは高らかに吼えた


が、先程と同じく必殺の刺突はなぜか空を切る虚しい感覚を残したまま伸びきり、


「さっきの台詞をそっくりそのままお返しするわ」


弾かれた腕の反動を利用して半身を開き、伸びきったジャッカルの腕と交差するように逆手を伸ばす


「今のアンタは無防備よ」


ジャッカルが何らかの反応を起こすより前に、蓄積された破壊のエネルギーを解放する


 


―――ドッゴオォォォォォォォンッ!!


 


最初よりも倍に勢いする轟音が響く


粉塵が巻き上げられ、氷雨の手に確かな手応えを残してジャッカルの身体が砂煙の向こうに消える


決まった、と氷雨は確信した


いかに【不死人】といえども生命の核たる頭部と心臓を同時に失えば、生命の維持はおろか再生もできない


事実、砂煙が収まった視界の先では、上半身を失い下半身のみとなったジャッカルの身体がピクリとも動かずに倒れている


それを見てようやく氷雨も警戒を解き、盛大に息を吐き出した


「まったく。まさかいきなり切り札を使ってしまうなんて」


これでこの先の戦闘で使用する筈だった戦略の幅が縮まってしまった


氷雨は苦々しそうに黒いロングコートを見る


切り札―――氷雨の着ている黒いロングコートは普通の物とはまったく違う概念から成り立っている


正式名称は魔術的概念兵装【真夏夜の夢】


幾つかの条件が重なった時のみ、使用者の魔力と引き替えに位相をずらすという効果を持つ


当然、位相のずれた空間に存在する者には普通の手段では触れる事は不可能である


持続効果は消費する魔力に反して3秒と短い


たいした魔力を持たない氷雨では一日に使用できる回数は最大でわずか五回


しかもこれは、他に魔術を使用しないで発動できる回数なので、実質的に発動できる回数は二回が精々である


「まずいかな。ここは一旦撤退した方がいいかもしれないわね」


予想外の敵との遭遇により多くの魔力を使用してしまった今、敵である魔術師と戦うのは不利


そう判断した氷雨は、念のために用意しておいた撤退するための手段を講じようとして、気づいた


「なに、この異様な魔力の高まりは?」


咄嗟に魔力の出所を探そうとして、その必要がない事を悟る


なぜなら、その隠そうともしない異様な魔力の高まりはさきほど自分が手を下した筈の【不死人】の残骸を中心に起こっているのだ


まさか、と信じられない面持ちで氷雨が見守る中、確かに上半身の全てが吹き飛んだ筈のジャッカルの身体が見る見るうちに再生していく


これほどの再生力は、生粋の“魔”の中でも最高の復元能力を持つ【悪魔】に匹敵する


確かに【不死人】は“魔”に属するが、基本的には“肉体”のみが反転した状態のため、生粋の“魔”にはなりきれない


多少の再生能力は得られるだろうが、分子レベルでの“肉体”の【復元】は不可能なのだ


「まさか、在り得ない。こんなこと……」


「在り得るんだな〜、これが」


ものの数十秒で再生した傷一つない身体に満足そうに頷きながら、ジャッカルは立ち上がった


「馬鹿な。細胞レベルでの再生ならまだしも、分子レベルでの復元なんて……」


「だから言ったろ。テメェは最大のチャンスを逃したってな」


これ見よがしにジャッカルは大きくてを広げて肩を竦めて言い放った


それは絶対的な優位に立ったと確信した者に共通する、慢心の瞬間だった


疑問を一先ず放置して、即座に間合いを詰めた氷雨は必殺の魔手を繰り出す


「ハァッ!!」


否、慢心をしていたのは氷雨の方であった


油断していたと見せかけていたジャッカルは、あっさりと氷雨の攻撃を回避すると反撃に移った


氷雨の腕が伸びきった瞬間を逃さずに捕え、肘を固定して外側に捻るようにして一本背負いで投げ飛ばす


関節が悲鳴を上げる中、しかし氷雨は驚異的な体バランスで投げを切り返して間合いを開ける


「まあ、そう急くなよ。ゆっくりと解説してやるからよ」


ニタニタと笑うジャッカルの顔を忌々しげに見つめるしか出来ない氷雨


それがわかっているからこその余裕と自信が、ジャッカルの口を軽くした


どうやら氷雨に出し抜かれたのが相当悔しかったらしく、何か言い返さずにはいられなかったのだろう


「お前は俺を魔術師ではない、と言ったが、そいつは大きな間違いだ。確かに俺は魔術師ではない、正確には魔術使いだ。だが、ちゃんと魔術の仕組みも理解しているし、知識と技術も伝承している」


見せつけるように掲げられたジャッカルの右腕には、一匹の蛇が自らの尾を咥えて輪となっている刺青が彫られていた


そしてその刺青の意味する所を、氷雨は知っていた


「まさか……その刺青は、【天環】の……」


「その通りだ。今は朽ちた魔術師の家系の掲げた紋だ」


【天環】


それはかつて日本の魔術を伝える一族に在って、異端と呼ばれた家系の一つ


その目指したモノは唯一つ


“魂”の再生である


肉体において、失った器官を【再生】する手段は、時間と手間はかかるものの数多くの手段が存在する


しかし先に述べた通り、分子レベルでの“肉体”の【復元】は人間には不可能であり、尚且つ損失した“魂”を再生させるなどいう手段は考えるだけ無駄だと思われていた


だが、その無駄に真っ向から挑んだのが【天環】の一族であった


そして彼らは、絶対的に不可能であるとされた分子レベルでの“肉体”を【復元】させる手段を構築し、損失した“魂”を再生させる手段を編み出したのだ


「もっとも編み出したはいいが、やはりそれは人間には不可能な、というよりも生きた人間には耐え切れないものだった」


だから、とジャッカルは続ける


「その技を刻み込んだ人間の“肉体”を反転させ、膨大な量の魔力を扱う事ができれば、一族の悲願は達成されるという結論に至ったのさ」


「つまり、その最初で最後の実験体が、アンタという訳ね」


「正解だ」


なるほど、ならばあの法則を外れた復元能力も頷けるというもの


「という事は、アナタの後ろに控えている魔術師は、【天環】の一族という事か」


「そいつは早計と言うものだ。なにせ【天環】の一族は、数年前に断絶している。唯一人、俺を除いてな」


「………じゃあ、アナタの後ろにいるのは一体誰?」


「クックック。話してやってもいいんだが、直接会って見た方が驚きも倍増するだろ。自分で確かめな」


「そうね。じゃ、アナタをさっさと始末して会いに行くわ」


「果たしてお前にできるのか?」


両者は申し合わせたように構え、地を蹴る


「やってみせる!!」


「やってみせな!!」


音速に限りなく近い速度で激突する両者


ジャッカルは両手に隠し持っていたナイフを握ると、まるで弓を引くような態勢を取った


ナイフの刀身には複雑な紋様が刻まれている事から、それが何らかの強化概念を付随されているのは明らかだ


突き出された左のナイフは斬撃、引き絞られた右のナイフには貫徹の意が強調されている


それに対して氷雨


深く腰を落としてやや後に体重を傾け、体の捻りと腕の引きを最大限まで発揮して、純粋な破壊エネルギーを体内で練るための歩法と、縮地の特性を兼ねた高速移動のための歩法の同時使用


引き絞られた右拳には上位攻性魔術に匹敵するほどの魔力が篭められている


「――――オオオッ!」


「――――ッ!!」


ズドンッ、という最後の踏み込みを終えると同時、両者は持てる最大の技をぶつけ合った


 


―――斬刑 二刀一袈


―――奥義 黒き風


 


ジャッカルのナイフは確かな手応えと共に氷雨の身体を袈裟に斬り裂き


氷雨の拳は何の抵抗もなくジャッカルの胸に突き刺さり、魔術的概念によりジャッカルの身体を粉微塵に吹き飛ばした


刹那の差で氷雨の技はジャッカルより先に決まったため、ジャッカルの技は殆ど不発に終わった


だが、それでも勢いは殺しきれず、ジャッカルは粉微塵にされながらも最後の瞬間まで氷雨の身体を斬り裂いた


粉微塵に吹き飛んだジャッカルの破片が飛び散る中、氷雨は両膝を折って倒れ込んだ


動けなくなるような致命傷ではない、しかし無視できるような深さの傷でもない


放っておけば自分は一時間もしないうちに出血多量で死に絶える


このままでは久遠の二の舞になる、と判断した氷雨はよろよろと頼りない動作で立ち上がると結界の境目まで後退した


そこまで後退しておいて、後ろも振り返らずに氷雨は懐から一枚の御札を取り出しながら口を開いた


「この借りは、後日改めて返しに来るわ」


「ふむ。では期待して待っておこう」


返答は即座に帰ってきた


振り返らない氷雨の視界には映らないが、氷雨の背後、一軒の廃屋の扉の前にいつのまにか人影があった


「あの偉大なる先達にも、歓迎すると伝えて置いてくれたまえ」


「必ず」


伝える、と言い終わる前に結界が澄んだ音と共に砕け散り、その音が氷雨の声を掻き消した


 

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