表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

その五

「よもやな。勝利を焦るばかりに彼の者の特性を忘れるとは……」


未だ粉塵漂う中、魔術師は落胆を隠せずにいた


ちらりと目の前に視線をやると先の爆発でできたと思われる巨大な穴が天井に開いている


黒猫の姿はどこにもない


恐らくは天井の穴から魔術師に悟られるぬように脱出したのだろう


「流石は【久遠の夢幻】と呼ばれた者か」


 


【久遠の夢幻】


かつて魔術師の間では廃れて久しい業、【擬態】という魔術を極めた者


他人の魔術へと介入し、自身の魔力を使わずして魔術を行使する異常なほどの才能


五大属性魔術の術者としても有能であったにもかかわらず誰もが価値無しと断じた魔術を完成し、【イデア】へと辿り着いた


そして誰もが成し得なかった、世界と【具現世界】の融合を果した唯一無二の大魔術師


彼の者こそは世界に現存する【最小世界】そのもの


 


名残惜しげに溜息を吐くと、魔術師は――――【磐石の柩】と呼ばれる老人は部屋を出る


いずれにしろ彼の目的は達成できたのだ。それだけでも良しとしなければなるまい


「クックック。さて、可愛い使い魔を傷付けられたのだ。このままでは済ますまい」


***


カタンッ、といういつもの音に氷雨は作業の手を止めた


手元の時計を見れば時刻は夜中の12時を回り、とっくに日付は変わっている


少し、集中しすぎていたようだ


作業を開始したのが午後4時からだから、都合8時間以上は不休だったらしい


何かを忘れる為に作業に没頭すると、ついつい他を疎かにしてしまう


過ぎ去った時間を認識したからか空腹感と疲労感が一気に圧し掛かってきた


バキバキと体の骨を鳴らしながら二階の作業室から出て一階の居間へと移動する


「――――あれ?」


拍子抜けした声が思わず出た


一切の光を追い出した居間の中、氷雨は当然そこにいるべき相手が見つからない事に呆然とした


気配はするが、しかし姿が見えない


自分と久遠は主人と従者という契約の繋がりで結ばれている


仮にも魔術師である自分が闇の中とは言え従者である久遠を見付けられぬはずがない


妙な焦りを感じながら、氷雨は滅多に点けた事がない居間の明かりを点した


一瞬の光による眩み


氷雨の眼が段々と光に慣れていく


一つの無骨な造りのテーブルを囲むように並べられたソファー


黒い絨毯


白い壁


それらとコントラストを描くように点々と散らされた







その赤の中心に、横たわる黒猫


血臭がしなかったのが不思議なくらい夥しいほどの血溜り


それを作り上げていたのは、他ならぬ氷雨にとって数少ない掛け替えのない存在だった


「久遠ッ!!」


叫び、恐慌に陥りかけた思考を強靭な精神力を以って圧し止め、倒れ伏した久遠に駆け寄る


だが駆け寄ってみたものの何をすべきかまったく思い付かない


近寄ってみて動かないのは黒猫が気絶しているだけと判るとホッとする


しかし手を差し伸べかけてオロオロとし、何かを探すように周囲をキョロキョロと見回す


かと思えば顔を歪めて泣き出しそうになりかけて、やっと何をすべきかを思い付く


「そ、そうだ! きゅ、救急箱よ!」


慌てて立ち上がってそのまま硬直


「――――て、家にはそんなものないわよ!!」


一人で突っ込んでみたもののそれで事体が解決す訳もなく、さらなる混乱が押し寄せる


悪い癖だ、と脳裏で誰かが囁く声


 


 


いつもそうやって肝心なところでオマエは何も出来ない


――――い


そんな事だからアノ人にも捨てられたんだ


――――さい


捨てられて、汚されて、哂われて、罵倒され、殴打され、奪われ、陵辱されて――――


――――るさい


 


 


 


そしてオマエが殺したんだ!


 


 


「うるさい!!」


髪を掻き乱し、涙を溢し、喚き散らした


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!」


ダンッ! と床を踏み鳴らしてようやく落ち着きを取り戻す


自分の荒い息が苛立ちを掻き立てるが、それよりも先にやらなければならない事がある


「クソッ! 私は魔術に関しては素人に毛が生えた程度。簡易的な攻性魔術や幻術ならまだしも、治療なんて以ての外よ!!」


もう一度床を踏み鳴らし、思考を巡らす


考えろ、考えろ、考えろ


三度己に言い聞かせ、己の内なる記録へと介入する


「――――!」


微かな物音がその集中を乱した


音を立てそうな勢いで――――実際、音が鳴った――――氷雨は振り向く


「ちょっと、静か……にして、くれ、な、いか、な」


振り向いた先、赤に塗れた黒猫が片方の目だけを半分だけ開いていた


「こ、れでも、今回は、マ、ジで、ヤバイ…から」


「そんなの見れば誰でも判るわよ!」


億劫そうに口を開く久遠に氷雨はヒステリックに怒鳴り返す


そんなある意味で自分よりもボロボロな氷雨の様子を見て、久遠は猫顔にアルカイックスマイルを浮かべる


「長い、こと君の、使、い、魔を……やっ、てるけど、そ、んな君、を、見るのは、初めて、だね」


どこか嘲るような含みを持つ言葉に、氷雨は硬直した


「無様、だね。ぼ、くは、そんな主人、を、持った、覚えは、ない……よ」


「……なんですって?」


「何度も、言わせないで、くれる?」


思考が一気に白熱化した


やばい、と思った瞬間、既に体は動いていた


「言ったわね、このクソ使い魔ァッ!」


ドゴスッ! と鈍い音が響き、同時に久遠の首が仰け反る


「んがぁ!?」


「どうせ私は落ち毀れの魔術師よ! 治療用の魔術なんて一つも使えないわよ!!」


それの何が悪いか?


これでも自分は精一杯頑張ってきたんだ


血が滲み、血反吐を吐き、血に塗れ、血の匂いが体に染み付くまで努力したのだ


それでも、それでも、それでも


それでもだ!


望んだ力は得られなかった


「馬、鹿だ、なぁ、君は……。君ができ、なけれ、ば、他にできる、人を、頼ればい、いだろ」


「っ!?」


「そん、な、ことも、思いつ、かないな、んて……」


「…………」


「なんて――――」


「――――愚かな」


そうだ


自分にできなければ、できる者に頼ればいいのだ


あの頃とは違う


自分には、頼れる、信頼できる者がいるではないか!


なぜ最初に思い付かなかった


この後に及んで自分は、未だ全てを自分が成さねばならないと思い込んでいたのか


無様


無様だ


「その生き汚い命、もう少し長らえてなさい」


しっかりと床を踏み締める


眼光鋭く、背筋を伸ばし、泰然とした表情で告げる


久遠はそれをろくに見もせずに頷いた


最初から心配などしていない


自分の撰んだ主は、この程度の事でどうこうなる存在ではない


だから、安心してこの命を預ける


「私が、きっとあなたを助けてあげる。だから――――」


眠りなさい


堕ちゆく意識の中、久遠は笑んだ


きっと、この眠りから醒めた頃には全てが終わっている筈だ


そう、信じて


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ