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その一

夜に帳が下りた繁華街

普段は煌びやかなネオンの光に包まれている筈の空間は、街灯と幾ばくかの店頭の灯火を残すばかりとなっていた

酒器に包まれたサラリーマンの姿も、思い思いの奇天烈な格好をした若者も、声を張り上げている筈の客引きの声も聞こえない

そこは既に、物寂しいだけの場所と成り果てていた

それも当然か

ここは通り魔事件の現場真っ只中なのだ

こんな夜遅くに表を出歩く勇気のある者はそうはいまい

いたとしても、勇敢と命知らずという言葉の意味を履き違えた勘違いか、巡回中の警官くらいのものだろう

そんな中を、一人の例外が歩いていた

黒い長髪とロングコートの裾を夜風になびかせる、サングラスをかけた女性

女性は危険な夜の繁華街を、何かを捜し求めるように歩いている

コツッ、コツッ、コツッ

無機質で規則的な足音が響く


「――――」


と、女性が何かに気付いたように、ふと顔を上げる

その顔には微かな緊張と、一抹の嘲りが浮かんでいる

それまで規則的であった足音を乱し、三つ先の曲がり角に向かって走る

曲がり角が近づくにつれて反響した何かの音と、それと注意されなければ気付かないような鉄錆びた匂いが漂っていた

どうやら今日もまた、事件が起こったようだ

事件の被害者は勘違いした無謀な馬鹿か、それとも今さら自分だけは襲われないとタカを括っていた阿呆か

どちらにせよ、女性にとっては関係ないことである




走ってきた勢いを殺さず路地裏へと飛び込む

そこは既に濃厚な血と死の臭いが充満する異界へと変貌していた

哀れな被害者だったモノは、自らの血溜りに今は散らばっている

整然の名残を見せるのは、今やその異界の中央に立つひょろ長い男の手に握られる頭部だけ

ボサボサの長髪、幽鬼のような印象を受ける細長い体躯、そして、人ならざる真紅の瞳

男は急に自分の世界に紛れ込んだ女性をどこか呆然と見詰めていたが、彼女が一歩を踏み出したのを見て、警戒するように身構えた

それを見て、女性は嬉しそうに嗤う


「へえ。もう意識が確立しているんだ」


笑う。哂う。嘲笑う

なにがそんなに可笑しいのかと尋ねたくなるほど愉れしそうに女性は嗤う

男はそんな女性の異様な雰囲気に気圧されたように後ずさる


「あら、つれないわね。折角こうやって逢いに来てあげたのよ」


ゆっくり、ゆっくりと一歩づつ男に歩み寄りながら、女性はサングラスを外す


「さあ、殺しあいましょう」



思わず男は、サングラスの下から現れた女性の瞳に魅入った

金と銀

女性が身に纏うモノの中で、唯一色彩を持ったモノ

金銀妖眼―――俗にヘテロクロミアと称される色違いのオッドアイ

カシャッ、とサングラスが地面に落ちる音で、ようやく男は我に返った

【ジャッカル】と呼ばれる男は膝を軽く曲げると、手に持っていた哀れな被害者の首を恐るべき速度で投げつけた

唸りさえあげて飛んでくる頭部を半身になることで避けた女性は、口角を吊り上げると唐突に消えた

本当に唐突に姿を消した女性の姿をジャッカルは慌てて探した


「遅い」


背後からの声

反射的に振り向きざまに肘を繰り出すが、返ってきたのは空を切る手ごたえ

次いで、ジャッカルは急激な横方向の衝撃に吹き飛ばされる

壁に激突すると同時、重く響く音が鳴る

音さえも置き去りにした一撃にジャッカルは完全に崩れた壁に埋もれた

女性は自身が成した結果などに目もくれず、先ほどまでジャッカルが立っていた場所へと近づく


「あの瞳を見る限り、何らかの魔術的処置が施されているのは間違いないけど……魔術師ではなさそうね」


もはや肉片、としか言いようのないモノが散らばっている場所を見て、女性は残念に呟く

つと、その視線が流れる

行き着いた先にはようやく瓦礫から這い出てきたのか、傷だらけのジャッカルが身を起こしていた

その眼は殺気にギラギラと光っている


「ガァッ!!」


獣のような叫びと共にジャッカルは今度は自分が弾丸のように飛び出した

そのまま身構えた女性の横をすり抜けるように通り過ぎ―――


「―――っやる!」


路地の両脇の壁を蜘蛛のように跳び回り加速していく

その動きは女性が感嘆するほど美しく、滑らかなものだった

無論、この路地裏は障害物も多くそこかしこに血も付着しているため、足場は最悪に近い

が、それでもジャッカルの動きは一瞬の停滞もなく、恐るべき人外の速度で跳ね回っている

狭い路地の空間を黒い影が縦横無尽に飛び交う


「そこっ!」


しかし、女性もまた普通ではなかった

無造作とも言える一歩を踏み出し、同時に拳を繰り出す

瞬間、信じ難い音を立ててジャッカルが吹き飛んだ

その勢いは先ほどの比ではなく、地面に落ちてなお速度は衰えず転がり跳ねながら吹き飛んでいく

追撃に、と女性が走り出そうと身構えると、ジャッカルは吹き飛ぶ勢いを利用して跳ね起き、ナイフを投擲する

風切音を立てて飛翔してくるナイフを軽く首を捻る動作で回避し、柄の部分を握る

そしてそのまま投げ返そうとしたところで、両者とはまったく違う別の気配が路地に入り込んできた


「そ、そこでなにを―――」


その気配の主は、それ以上言葉を続けることはできなかった

瞬時に気配に反応したジャッカルが疾走し、その勢いのまますれ違いざまにナイフを一閃

血飛沫が舞う中、ジャッカルは夜の闇へと消えていった

女性もそれを見届けると、何事もなかったように路地から出て歩き出す


「逃がしたか。まあ、久しぶりに狩りもいいかもね」


そんな一言を呟きながら


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