三話
甲高い悲鳴を衣里菜はあげた。少女は遠慮なく、衣里菜の上にのしかかる。お互い雨で濡れている所為で、触れ合った腕の生暖かさが酷く気持ち悪かった。爬虫類のような。
「痛、痛たたた……」
哀れみを誘うような声で衣里菜は声を出した。どけ、とアピールしているのである。
「…………」
少女は緩慢な動作で衣里菜の上からどいた。別に何を言うわけでもない。そんな態度に衣里菜は少し苛ついて、だけどもそんなことはおくびにもださず自分も立ち上がる。濡れた屋上の床に寝そべった所為で、お気に入りのオレンジのカーディガンが汚れていた。あーあ。
衣里菜はしばらく、カーディガンがはたいていたが、それが、無意味だと分かっていないわけではなく、すぐに動作をやめる。
そして少女を改めて見た。
先ほども思ったが随分小柄な少女だ。そしてよくみれば整った顔立ちをしているような気がした。気がした、というのは、彼女の表情が剣呑で本来の美貌を伺えないからである。
「あなた……なんなの?」
彼女は不遜な表情で出し抜けに言った。きつい声だった。衣里菜を真っ直ぐ見つめる強い視線はつい今し方自殺しようとしていた人間のものとは思えない。衣里菜はそれに怒るわけでもなくつ真っ直ぐ彼女を迎えうつ。内心せせら笑ってやることもできるのだが、しかし彼女の対人戦略は、全て計算でできているのだ。
「だ、だって、あなた、なにしようとしてるんですかっ? 今、飛び降りようとしましたよね!! そんなことしたらーーーー」
「だったらなんなわけ?」
衣里菜の声を、少女は不快で堪らないといった声で遮った。
少女の怒りは不当な怒りなどではないと衣里菜はおもっていた。だけども、人の話しているのを遮るのはいかなることか。この時点の衣里菜は、少女への興味など全く無かった。だから別にたとえ少女が、衣里菜の居ないところでもう一度飛び降りを試みようと、その結果ぐちゃぐちゃに頭の潰れた醜い死体になろうと、どうでもよかった。
「だったら、って」