歌う少女
テントの中に入るとそこにはもう、たくさんの観客で溢れていた。
「なっ、何でこんなに人がいるのよ!?」
リオナ・クライシスが驚きの声を上げていた。周りにいるクラスメートもとても驚いている。そりゃそうだろう。俺だって驚いている。豪華でもなければ、こんな人気のない砂漠地では金持ちどもは集まらない。なぜなんだ‥‥‥?
「みんな、驚いているでしょう」
自慢げに、まるで自分が凄いでしょと言うように笑っている。
「ここが人気なのはね、タダだからよ」
‥‥‥はい?
「ま、それ以外にもあるだろうけどね」
それ‥‥‥以外?
「さっ、早く席に着きましょう」
そう言って、先生がすいすい歩くので、俺達もついて行く。
でも、どんどん嫌な感じは強まっていくばかりだった。
「レディス アンド ジェントルマン」
「今日は楽しんで行ってください。まずは愉快なピエロ、ポムの登場だよ」
金髪でツルを持った女性がそう言って去ると、ピエロが現れた。
すごい。町の豪華なサーカスとは違うすばらしさがここにはあった。
「いよいよ最後の演目となりました。最後はもちろんこの人。我がクラウンサーカス団の歌姫、クラリス!」
すると、周りに居た観客がみんな騒ぎ始めた。横目でチラッと先生を見ると、先生はいつもの、獲物を狩るときと同じ目をしていた。それだけで分かる。先生がそうゆう目をしているということはあの時、先生が言った、それ以外。
『カツコツ』
靴音がテント中に響きわたる。観客の声も静かになった。
中央のステージを見てみるとそこには、少女が立っていた。
制服のような衣装を着ていて、髪の色は翠、目の色は赤、膝裏まで伸びている髪はなびいていて、頭には小さな王冠をのせている。
【ドクン】
心臓の鼓動が体中に大きく響いた。
なんだ、これ。嫌な感じがする。何かが近づいてくる。
『グエエエエエェェっっ』
大きな泣き声と共に、大きな鳥、有るべきモノの場所が降り立った。
「なっ‥‥‥」
なぜ、こんな所に。いや、なぜこんな時にとでも言うべきだろうか。最悪なタイミングだ。
俺は考えるよりも先に体が動いていた。気づいた時には、クラリスという少女と同じ場所に立っていた。
「クラリスっ!早くこっちに‥‥‥!!」
アナウンスしていた女性が奥から顔を覗かせ叫ぶ。
俺のいた観客席を見ると、クラスメイトは驚くか見てられないと顔をふせる者たちばかりだった。先生は準備しているが間に合わないだろう。
「くそっ」
俺は、とっさに呪文を唱える。
「赤きは炎 闇をも照らす 血潮となりて」
俺は手を前に突き出す。
「炎の糧」
手から無数の炎が生まれ、有るべきモノの場所にあたる。だが、有るべきモノの場所には全くきかない。
後に居た少女、クラリスがいつの間にか俺に歩み寄っていた。
「おい、危ないからさがっ‥‥‥」
『パシン』
俺の言葉は少女が俺の頬を打つ音でさえぎられた。
「なっ‥‥‥」
「下がるのはお前。邪魔」
可憐な鈴を転がしたような声とは裏腹に、暴言を吐く。
「はぁ!?」
少女は有るべきモノの場所に近づき、そっと触れた。そして口を開き、歌った────。
その歌声はこの世のものとは思えないほどの美しいものだった。
いつの間にか、有るべきモノの場所はおとなしくなった。
「お前は有るべきモノのところへお帰り」
すると有るべきモノの場所は翼を広げ、空へと羽ばたいていった。