値引きのチョコ~時には苦いものです~
チョコは甘いだけじゃないんです。
ビターテイストはいかがでしょう?
「なぁ、なぁ、明日くれるよな?」
「境君、しつこい」
「そんなこと教えない」
バレンタイン前日のスイミングの駐車場。
スクールバスが着くまではいつも遊びの定番。
皆でかくれんぼをしていたのに、場を壊したのは境君。
正直に言うと、彼によくいじめられるから私は好きじゃない。
「れいちゃん、一緒に逃げよう」
私は幼児クラスからずっと一緒にけんちゃんに手を引かれて逃げる。
「れいちゃんは…境にあげるの?」
「いじめる人にはあげないよ。けんちゃんにはあげるよ」
「うん、れいちゃんから貰えるのが、俺一番嬉しいや」
けんちゃんが繋いだ手に少しだけ力がはいる。
ちょっとだけ…嬉しいような…恥ずかしい…変な気分。
「けん…」
「しっ、見つかっちゃうよ。動かないで」
けんちゃんは私の口元に手を置いた。見つかるのも悔しいから
なすがままでいる私。
同じクラスの男の子たちは、なんか私を守ってあげたい子みたいに
扱うけど…それには実は不満があった。
私は…大好きなけんちゃんにはそれでもいいけど…。
それを言うと皆が喧嘩をするから言えない。一度派手に喧嘩してるからね。
バレンタイン当日。
私は、けんちゃんと一緒にプールに行くから、いつも最初に渡すのはけんちゃん。
もう4回目になるこの習慣。毎年の恒例行事だ。
「けんちゃん、大好き」
「ありがと。れいちゃん。僕も大好き」
このやり取りも恒例行事。けんちゃんに好きと言われるのは好き。
でも…他の子に言われると…困ってしまう。
チョコレートは一応仲のいい子には用意してある。
けんちゃんにあげたのに比べるとちょっと小さいけど。
けんちゃんと二人で路線バスに乗ってスイミングに向かう。
「僕の他に誰に出すの?」
「うんとね、隆君と秀樹君と忠君と染谷先生」
私が渡すのは幼児クラスからずっと一緒の3人。隆君は幼稚園も同じだったしね。
「境は…ないんだ」
「用意する必要ないでしょ?女子は私以外にも3人いるんだよ」
「そう言われたらそうだよな」
私達はそんな考えが甘い事をまだ知らなかった。
「チョコレートくれよ」
「もう…ないって言ってるでしょう」
私は必死に走って逃げていた。けれどもかけっこは苦手だからすぐに追いついてしまう。
境君には…誰もチョコレートを用意していなかった。
何でか…私がターゲットをなって追いかけまわされている。
そんな時…誰かの体が当たって…私は派手に転んでしまった。
両膝を思い切りすりむいてしまって、血が止まらない。
「いやぁぁ」
私は叫んで泣き出した。何で私がこうならないといけないの?
八つ当たりにしても酷過ぎる。傷はジンジンして、ズキズキする。
こんな傷じゃ今日の練習はきっと出来ない…。もう、やだ。
「境君なんて大嫌い」
私は本人の目の前で言い捨てた。多分境君はそこまでする気じゃなかったんだろうな。
わんわん泣いている私の前で茫然としている彼。
けんちゃんが染谷先生が連れてきてくれた。
「れいちゃん…ごめんね。もっと早く先生を連れてくれば」
「怖かったよぉ。けんちゃん…うわぁぁん」
私はパニック状態だったんだろう。けんちゃんの姿をみて更に涙が止まらない。
そんな私にけんちゃんはごめんね。怖かったねって言いながら私の頭を撫でてくれた。
「れい…今日の練習は筋肉トレーニング。お父さんが来るまでな。
まずは消毒しようか。これ…染みるからな。我慢しろよ」
「俺が側にいるから…我慢できるよな」
私は小さく頷く。けんちゃんに連れられてゆっくりと歩き出した。
「境、れいに言うことないのか?」
染谷先生は境君に促す。
「ごめんなさい」
「もう…いい。今は見たくない」
私は謝罪を受け入れる気にもなれなかった。
「れい…抱っこするぞ。早く治療しないとな」
染谷先生は私を軽々と足を抱えるように抱っこした。
正直言うと嬉しくない。恥ずかしいだけだ。
「うっ」
「もう少しだからね」
私は受付のお姉さんに消毒をして貰っている。
私の怪我のことは一気にスクール内に知れ渡った。
私が境にいじめられてて嫌っていた事は皆が知っていたはず。
「れいちゃん…境君は、れいちゃんが好きなの」
「そんなことないもん、いつも私のこと遅いとか足手まといっていうもの。
悔しいけど…本当なんだもの」
「境君の言い方も問題だけどもね。男の子は好きな子をいじめちゃうの
分かる?」
「けんちゃんはそんなこと絶対にしないもん」
「そう言われると困るなあ。だったら…そういう子もいるって覚えてね」
「お姉さん、私…どうしたらいいの?」
「そうね。明日でもいいから境君にチョコをあげたら?」
「…嫌だけど…した方がいい?」
「好きだけども…嫌いって言われた境君の気持ちはどうなのかな?
れいちゃんはおバカな子じゃないから分かるよね?はい、お終い」
だからって…私どうしたらいい訳?
茫然としている私にけんちゃんが声をかける。
「俺…れいちゃんが好き。ずっと大好きだから」
けんちゃんの言葉だけは素直に信じられる。私が辛くっても
助けてくれないけど、それは私を信じてくれるからと思う。
「私もけんちゃんが大好き」
けんちゃんは私の手を力強く握ってくれる。
「もう、境にはいいようにはさせないから」
「けんちゃん…けんかだけはしないで。お願い」
私がチョコを余分に用意しなかったのが悪いんだもの。
それで男の子達が揉める素にはなりたくなかった。
「れいちゃんは優しいな。そんなとこも好きだよ。でも…これからは…
俺だけを見てて」
「うん、けんちゃんを見てる」
結局、すぐにお父さんが迎えに来てくれて…病院に直行。
病院の先生にも受付のお姉さんと同じ事を言われた。
やっぱりチョコをあげないといけないらしい。
仲良くない子から貰って嬉しいものなの?良く分からないや。
男の子って難しいね。
プールはすぐに入れないけど、明日は怪我の件でお母さんと一緒に行くことに
なっている。また怒られるのかな…。どうしよう。
次の日。学力テストで学校は午前中で終わった。
練習に行くわけじゃないから、すぐにバスに乗ってスイミングに行く。
一つ手前のバス停で下りて、スーパーに立ち寄る。
お母さんに連れられた場所は…売れ残ったチョコレート。
「さあ、境君に買ってあげましょう」
「これでいいの?」
「出しておけば、本人は落ち着くでしょう…ね」
お金を出すのはお母さんだけど…私は躊躇ってしまう。
「ちょっとだけ皆が仲良くする為なんだから少し…我慢しましょう」
お母さんはレジの籠にそのチョコをポンと入れたのだった。
後日談
「れいちゃん、怪我は大丈夫?」
「あっ、明人君だ。うん、平気だよ」
バレンタインから4日後。明人君は私がいる選手コースで一番のお兄ちゃん。
春からは大学生になる。
「膝に傷が残っちゃいそうだな」
「でもね…私…腿の内側に木登りして落ちた時に切った傷があるんだ」
「よく死ななかったな。そんな所怪我しちゃだめだよ」
「もう…木登りしてまいもん」
「そっか。けんのことでからかわれるかもしれないけどちょっと我慢な?」
「明人君…けんちゃん…何をしたの?」
「練習後に、ロッカーでれいちゃんは俺のものだって宣言したんだよ」
「嘘ぉ」
「俺が嘘つく?けんに何か言われたか?」
「うんとね…けんちゃんが俺だけ見ててって」
明人君は大笑いをしていた。なんでそんなに笑うのかな。
「もう…いじめられることはないな…いい事聞いたぜ」
明人君がニヤリと笑う。背中に悪魔の尻尾の先が見えた気がして
私は寒気がした。
「みんなのれいちゃんをけんが奪ったんだからな」
「ナニソレ?」
「子供は知らなくていいの。でもちょっと…なぁ」
明人君は私を見てから大きなため息をついた。
その溜め息を知るのはもう少したってからの話だけども。
恋って甘いだけじゃないんだね。大人って良く分かんない。
れい&けんにとっては…甘い話ですが、境君にはビターな話です。
現実、追いかけ回されて派手に転んだのは事実です。
それ以来…バレンタイン前にチョコくれという男性は受け付けられなく
なってしまいました。…チョコレート怖い…
今回で一応、完結です。あなたはどんなアイテムが欲しいですか?




