困らせよう
いくら『先代の姉』だからといってそこまでかしこまる必要はないと思うんだ。そもそも、あたしは人生経験少ない小娘だし。見た目同い年くらいの人に敬語使われてるって背中が痒くなるわ。なので、頭を上げて貰い、「普通に気さくな感じで良いよ」って言いました。まあ、「そんなとんでもないです」と両手を振って断られましたけど……。
「同じ本家者なんだし、差し引きゼロでいこう」
「恐れ多いです。先代様の姉上殿に対して」
「そんな仰々しい呼び方じゃなくて、名前で良いよ? 遥って」
「目上の方にそのようなこと言えません」
おおう、結構強情? 「いや、当たり前じゃないかなー」みたいな苦笑顔で側に控えている渕華さん。実年齢だけの目上なのに敬意を払われても困るよ~。こうなりゃトップと直談判だ。
「望さーん、内線ってありますー?」
「あ、はい。これですね。どうぞ」
両手で恭しく差し出された板っきれみたいなのを見たあたしの目は点になった。
「なにこれ?」
「内線電話です」
形は長さ半分になった割り箸程度の大きさ。上下の端に点々と小さな穴が付いているだけの代物でした。「どなたにお掛けですか?」と聞かれたんで、「さーちゃんに」と返す。
「それでしたら使い方をお教え致しましょう。まず側面の小さい出っ張りを押しましてですね」
「あ、なんか表面に縦並びで、青い光の数字が浮かんできた」
「ここに番号を打ち込みます。先代様の仕事部屋でしたら『1001』ですね。どちらかが無言五秒でいれば勝手に切れますので。はい、どうぞ」
うわぁい、電話の小型化が進んでるなぁ。こんな薄っぺらくなってるとは思わなかったよ。あたしのお腹に寄りかかるしーちゃんを左手だけで支え、小さな内線の受話器を右手に持つ。やや、ざわついていたからか、しゅーちゃんの黒翼がバサリと動き、そのそよ風を受けたしーちゃんが身動きをし始めた。
「あちゃー、起きちゃった……」
『……姉さん?』
受話器の向こう側から訝しげなさーちゃんの声が聞こえてきた。まあ、手っ取り早く済ませよう。
「さーちゃんのお孫さんが挨拶に来たんだけどー」
『静流が何か粗相でも?』
うわぁー、声が怖い怖い。
「いやいやいや、礼儀正しいよ。良い子だよ。でも見た目同い年くらいなんだから、名前で呼んで貰いたいんだよねー」
『姉さん。目上の者に礼儀を弁えている、当たり前ではありませんか。貴女も本家の者なのですから、家のしきたりには慣れて頂きますよ。昔も何度か言いましたが』
おぅふ、さーちゃんの方が何倍も頑なだったかも。うーん、じゃあ仕方がないから最後の手段。
「分かりました」
『おや、姉さんにしては物分かりがいいですね?』
「申し訳ありませんでした」
『……はい?』
「先代様の貴重なお時間を、私の些末な悩み事をお聞かせすることにあててしまい、自分の行動を恥じるばかりです」
『い、いえ、姉さんが畏まる必要はないんですよ?』
「いえ、今からでもキチンと線引きをして、先代様にも敬意を払うべきですよね。では時間を無駄にしてしまうので、失礼致します」
『姉さんっ!?』
話す側の穴を押さえて受話器を遠くに離す。さーちゃんが弁明している声が聞こえてきたけど、すぐ静かになった。うん、切れた切れた。便利な世の中になったねえ。さーちゃんの声が聞こえていたらしい、引きつった顔の望さんに受話器を返して、静琉ちゃんを部屋の中へ招待する。あたしが立ち上がるより早く、翼をはためかせたしゅーちゃんが縁側の屋根下付近まで飛び上がった。あ、ほっぺにタオルケットのシワ痕が付いてるわ。しーちゃんはあたしの腕の中でまだこっくりこっくりと舟を漕いでいた。床のタオルケットを拾ったあたしの頭上に、しゅーちゃんは乗る。ううむ、怒るべきか叱るべきか、悩むなあ。胸にしーちゃん、頭にしゅーちゃんでトーテームポールの支柱か、あたしゃあ……。
「座布団座布団」と呟くあたしに渕華さんが座布団を三つ渡してくれる。上座にひとつ置いて、静流ちゃんにひとつ勧めて、あたしはその対面に。胸に抱くしーちゃんの白い翼があたしの左右に広げられ、頭に乗るしゅーちゃんの黒い翼が肩口に垂れ下がっているけれど。なんか新種のモンスターになった気分です。怯えた顔で私の前に座る静流ちゃん、怒られるんじゃないかと思っているみたいだね。
遠くからトタトタトターっと小走りっぽい足音が聞こえてきて、障子がスパアアァン! と開けられた。必死の形相で障子を開け放ったさーちゃんを見た渕華さん、望さん、静流ちゃんがびびりまくって硬直する。コレだけ騒がしい状況にしゅーちゃんは再び寝入ってしまった。……あたしの頭の上で。逆にしーちゃんがぱっちり目を覚まして、「あぷぅ」と大あくびをする。それでも私の膝の上から動こうとせずに、初めて見る人(静流ちゃんのことね)をまじまじと見上げていた。
「ね、姉さん! なんですかさっきの態度は!?」
「まあ、先代様。落ち着いて下さいまし。さあ、上座にでも座って。皆の前なのですから」
あたしがきっちりとした姿勢で上座に置いた座布団を勧めると、立ちくらみでも起こしたようにふらふらと廊下に座り込んじゃった。「先代様!?」と血相を変えた渕華さんたちが慌てて肩を支える。静流ちゃんは突然起きた不測の事態に対応できないまま、「あわわわわ」とかうろたえていた。
「お疲れなのでしょう。望さん、お布団を敷いて下さい。先代様には休息が必要のようですよ」
「い、いいえ、姉さん。……わ、私にまでそんな他人行儀止めてください!」
「大丈夫ですよ、今後は礼儀を弁えて、キッチリと線引きを致します。先代様にも無礼の無いように……」
「ね、ねえさああああん……」
ポロッと涙を零したさーちゃんにその場に居た一同がギョッとなる。いかん、ちょっとふざけすぎたか? あたしの懐から飛び立ったしーちゃんの代わりに、さーちゃんを抱きしめて頭を撫でてあげる。ううん、白髪が増えてきたねー。ウチ一割くらいは確実にあたしのせいだよね。
「うう、酷いですー」
「ああああ、ごめんねごめんね」
ほんわか状態のあたしたちとは別に、三人が石化しているんだけど。ま、いっか。なんとかなだめて落ち着かせて、威厳のある先代様に戻らせて。静流ちゃんが気さくな態度を取ってくれないんだよ~。って説明をしたら、咳払いをしたさーちゃんは「いいでしょう」と許可を出した。
「ゑ?」
「静流、貴女には姉さんの名前を呼ぶことを許します。本人も望んでいることですし、またこのようなことがあると、私も精神的に痛手を負いますので」
「よしオッケー! じゃあ静流ちゃん、今度からはあたしのこと遥って呼んでねー」
「えええええええええっ!?」
「それと姉さん」
「ん?」
「赤ん坊にアレはまずいのでは?」
「は?」
さーちゃんの促した方を見ると、いつの間にか起きていたしゅーちゃん(どうりで頭が軽いと思った)が、しーちゃんとモナカの乗った皿を挟んで座り、「食ってみる?」「いいね、食おうか」みたいな雰囲気をかもし出している光景でした。
「ってこらああああっ、二人ともーっ! モナカなんか食べたらダメエエエエエェェッ!」
慌てて皿をかっさらったのは言うまでもありません。
毎日連載って難しいです。
ちょっとギブアップ。