初めまして②
翌日、テレビでは昨晩の夜空を横切ったっていう光に対して何も言ってませんでした。おそらく、取り上げることで国際問題? 異世界国交に何か支障が出ると思ったんでしょう。「ネットでは色々な噂が飛び交っていましたよ」と望さんが教えてくれたんだけど。起点くらいは判明してるよね? ソレすらも無いってことは柚木果狩の権力恐るべし!
というか今日で目覚めて四日目なんだよね……。なんという濃い三日間だったことか……。
一日の始まりは渕華さんが用意してくれた浴衣に着替えてから、しーちゃんとしゅーちゃんのオムツを変える。家の中では基本的に着物か浴衣です。特に絵柄も無い紺のグラデーションだけの浴衣。渕華さんたちは黒か紺一色の洋服、長袖スカート付き一体型。赤ん坊二人はオムツのみ……。うん、洋服を着せるのはまだ先なんだ。流石のしゅーちゃんもオムツは妥協してくれるんだけど、服までは嫌がるんだよね。もしこのまま外に出ても色々とオカシイよね……。
でも昼前に、さーちゃんと話す時間があったんだけど。柚木果狩家の敷地からは出られない、……らしいんだわこれが。基本は外部の悪質な考えを持つ人たちから赤ん坊二人を守るためと、世間知らずなあたしが外に出るのがまだ早いってことらしい。うん、まあ、五十年後の世界って良く分からないけどねー。初日に料亭まで行く道で見た外の風景は、冷凍睡眠に入る前とそんなに変わっていない印象だったけど。多分外に出るにはしーちゃんとしゅーちゃんもセットになるから、二人に服を着せるという任務をクリアしないと出られないね。オムツだけの赤ん坊なんて人の目に晒せないし。
「いえ、姉さん。問題はそこではないんですが……」
「そうなの? じゃあ誘拐とか身代金とかの問題? むしろ誘拐とか実行に移す人が可哀想かも」
先日のレーザーとか室内で吹き荒れた大嵐を見るとねー。あれが対人に向けられるとか洒落じゃ済まないような気がするよ。あたしの膝枕でぷうぷう寝ている翼の生えた赤ん坊二人の頭を優しく撫でていると、さーちゃんは頭を抱えた。
「じゃ、もうそれでいいです……」
「さーちゃん大丈夫? コメカミをほぐしたりしてるけど、この部屋で寝ていく?」
「いえ、まだ娘に伝えないといけないことが多いので。とても心惹かれるお誘いですが遠慮致します」
「そお? じゃ、暇になったらいつでもおいで」
「その時はぜひ。では失礼します」
さーちゃんが一礼して出て行くと、部屋の端でカチコチになったまま並んで座っていた渕華さんと望さんが「ぶはー」と息を吐いて、肩を落とす。さーちゃんが来たとき慌てて部屋に駆け込んできたんだよね。「せせ、せ、先代様がいらっしゃいましたー」とかどもりながら。恐怖政治でも敷いていたのかな?
「こ、こここ、怖かった……ぁ……」
「先代様は礼儀作法に厳しい方ですから、前に出ると緊張しますね」
「そうかな? さーちゃんは節度と礼儀を心得ていれば文句は言わないよ。まあ、昔からあたしには何にも言わなかったけど」
忠告みたいな事はよく言われたけどね。「姉さんは当主様とお戯れ過ぎです」とか「近すぎているのを不満に持つ者もいるんですよ」とか。真っ赤な顔して怒っていたけど、特に嫌がらせみたいなのは無かったかなあ。
「遥様、鬼ですか…………」
「絶対、先代様好意持ってたよね、それ……」
「ん? 姉妹仲は良かったと自負している!」
「「先代様も大変だったんだね……」」
遠い目をしてるし、へんな事は言ってないよね?
今の季節は秋の終わり、冬の入り口ってところかな。なんとなく感覚が鈍ったみたいで、望さんに「風が冷たくなりましたね」とか言われても、特にそうとは思わない。これも不老不死になった影響なのかな?
日差しが暖かそうなので、縁側にタオルケットを敷いてしーちゃんたちと一緒に日向ぼっこ。本家南側の庭は、大きな池や見事な植木が多くて凄く壮観な光景が広がっている。昔ちょっと庭師さんにツツジの刈り込みとかをやらせてもらったことがあったんだけど、全部同じ形になって庭師さんと御婆様が困惑してたなあ。
しゅーちゃんは黒い翼を広げてタオルケットの上に腹這いになって「くぅくぅ」と寝ている。寝顔は天使のようだ。いや、色は黒いけど。可愛いし、美人さんだし、保護欲がかきたてられるなあ。しーちゃんは縁側に座るあたしに寄り掛かってお昼寝中。こっちもブロンドがお日様にキラキラ輝いて超美人! 白い翼は小さくなっていて、あたしの左右に突き出し、風になびいている。うーん、こっちも可愛い。自然と頬が緩むなあ。ニマニマよ、ニマニマ。
柚木果狩家の敷地から出るのを禁止されたけど、元々あたしの行動半径は狭いから特に不自由はしていない。この本家は小高い丘の頂上に建っていて、そこから麓まで参道状に階段が繋がっている。参道の左右にはそれぞれの分家が建っていて、下から上がってくる者は三箇所の分家がそれぞれ管理する大門を潜らなければ本家まで辿り着けないようになっているんだよねー。あたしは顔パスで通れるけど、麓で献笙家の管理する壱の門は通れないという事だね。弐の門は薬師寺家、参の門は五津宮家が管理をしている……ハズ。階段の途中には一族の者限定で売ってくれる和菓子屋さんとか、着物屋さんとかあるしね。丘の裏手は散策道が広がっている。赤ん坊の世話に専念してると、ロクに出かけられるコトが出来るのか疑問だし。
空を見上げて雲を眺めながらゆっくりと過ぎる時間を楽しんでいると、望さんがやってきた。お茶と最中が載ったお皿を、あたしの邪魔にならない所に置いてくれる。
「ありがとうございます」
「どう致しまして。それとお目通りになりたいという方が見えられていますが、如何なさいますか?」
「ん? 蓉子ちゃんや、潤ちゃんですか?」
「いえ、祖母ではなく、本家の方です」
「んん? さーちゃん以外だと栄蔵兄さんくらいしか知らないんですが、会いましょう」
「分かりました。しばし、お待ち下さい」
足音も立てずに静かにこの場を去る望さんを見送ってしばらくすると、本屋敷からの渡り廊下を通って見た目同じ位の年の女の子がやって来た。薄い青地に黄色いアクセントを加えたブレザーの制服を着ている。髪はセミロングで、快活そうな表情と強い意志の瞳を持っていた。あたしより五メートルほど離れた床に、静かに座り、その場で手をついて深々とお辞儀をする。
「初めまして、先代様の姉上殿。私は先代様の娘、湖桃が次女、柚木果狩静流と申します。先代様に貴女様の側で仕えよと、命じられました。なにとぞ宜しくお願い致します」
えーとその“先代様の姉上”って呼称はややこしいな。姉妹の孫だから……又姪? つーか、本家の次女をあたしの側仕えにしていいのか? ここまで腰が低いとなんて声を掛けたらいいのか分からないなあ。
……どうしよ?
決めたノルマまで連投予定です。
丁寧語は結構適当、雰囲気だけ感じてもらえれば、です。