異世界へ②
「広いね~」
「ぷーぅぅー」
「あー」
オルトロスさんの背中は広大だった。ドーム球場の天辺にいるみたいな広さだね。
足を崩して座ってるけど、感触はすべすべでやや固めのクッションって感じかな。
しーちゃんはあたしの太ももの上で腹ばいになって翼をパタパタさせている。構いたいけど本人が気持ちよさそうに風を感じてるから、頭を撫でるだけ~。
しゅーちゃんはオルトロスさんの鼻先まで飛んで行って、翼を大きく広げたまま真っ白い背中に着地。風を受けてつるーっとあたしの座る所まで滑って来る。を繰り返してる。
翼を持たないあたしからすると、何処か変な所へ飛ばされないか非常にはらはらものです。
あたしの右上に浮いているシュネメスティラントロゥさんが周囲の風を制限してくれているらしく、あたし自身が飛ばされることは無いんだけど。
念のため後ろにはスフちゃんが控えていてくれる。
最初オルトロスさんが飛び始めた時に、頭の先端から尾びれ近くまで吹き飛ばされてしまったんだよね。
しーちゃんが止めてくれたんだけど、とんでもない悲鳴を出した挙げ句、ショックで泣いてしまったのは秘密です。
ぶっちゃけ座ってるというより、腰が抜けて立てないといった方が正しい……。
だって怖かったんだもん!
落っこちて死ぬかと思ったんだもん!
(スフちゃんはまず死なないと断言してくれたけど、自分自身で試すほどの度胸はあたしにはない!)
しーちゃんはオルトロスさんを怒りはじめるわ、シュネメスティラントロゥさんが『オルトロスも想定してないこと』だと弁明を始めるわ、しゅーちゃんが真似して遊びだすわ。
泣き止んだあたしが最初に見た光景がそれでした。
スフちゃんが『そんなァことよりハルカ様を飛ばされェないようにするのが先決ですえ』と言わなきゃ、事態はもっと混迷してたかも。
はい。しーちゃんは一応重石の役割です。
ありがとうね~。
それにしても、雲と水色の空しか見えないからよく判らないんだけれどね。
雲がスゴい早さで後ろに流れてるので、それなりにスピードはあるのだと思います。
これでも最初の時より3分の1くらいのスピードなんだって。
前方に口を開ける異世界の出入り口である亀裂が、ぐんぐん大きくなっていく……。
……え?
「もしかしてオルトロスさんごとあそこへ入るの?」
「そうですわ」
あたしの素朴な疑問に星の瞬く瞳をキリッとさせてシュネメスティラントロゥさんが言った。
アンバランスさにちょっと噴き出しそうになってしまいました。あぶないあぶない。
異世界の亀裂の一番幅の広い所は1km弱あるらしいので、このでっかいオルトロスさんでも楽に通ると聞きました。
なんでもあっちには、オルトロスさんが子供に見える程の大きさの終族さんもいるとか……。
でもほとんど動かないでぼーっとしてるんだって。生態のよく分からない人たちが多いですね。
「まあ、スフインクスや私共のように精力的に前面に立つ者は僅かですわね」
「自由奔放っていうのかな?」
「おそらくはそれが正しいと思いますわ」
シュネメスティラントロゥさんが左の翼のひとつを(たぶん)あごの位置へ持っていき、感慨深く呟く。
「基本我等に行きィ先を提示するのは神子様方なのですえ」
『“個”ではなく“群”で動く』という意味じゃなくて、種族全体の方向性を決定することだそうです。今はしーちゃんたちが赤ん坊なので、みんな適当に過ごしているらしい。
「むーむぃ」
「え? 違うの?」
しーちゃんからあたしの考えてたことに首を振られました。
その方向性も、具体的な何かを指してるわけではないみたい。
「うーっぷ!」
「どうしたの、しゅーちゃん?」
遊びに興じていたしゅーちゃんがぴゅーっとあたしの胸元に飛んできた。
ふと顔を上げると、異世界との境界線がすぐそこに。
ってもういきなりなの!?
「ぷ」
「むぃ」
ぶわっさー、と翼を大きく広げるしゅーちゃんとしーちゃん。
それに呼応したように透明になっていた創樹があたしの斜め上に姿を現し、キラキラと輝く粉末状の光のようなものをばら撒く。それはあたしたちの周囲をくるくると囲む。
スフちゃんとシュネメスティラントロゥさんも同じように翼を目いっぱい広げると同時に、乗っていたオルトロスさんが少し加速しだした。
「え、なになに?」
「少ォし揺れますえ、ハルカ様」
スフちゃんがそう言った直後、ゴオォ~ン、と除夜の鐘のような音を響かせてオルトロスさんの先端が異世界の境目に接触した。
地球側の空間を水面としたような波紋が広がり、エメラルドグリーンな向こう側に丸い穴が開く。
トレイシングペーパーのようなフィルターをかけたエメラルドグリーンに未だ振動を掛け続けながらクリアな色の穴が開く。画面越しだった色ではなく、透明度の高い自然な色が徐々に広がっていく。
「うっわー……」
オルトロスさんが通るに従い、体の直径に合わせて穴は広がっていく。
その上に乗ってるあたしたちはどうなるんだろうと赤ん坊を抱きしめてたんだけど、2人は「キャッキャッ」とはしゃぎながら、その円の境目を翼でえいやと持ち上げたので無事に通り抜けられました。
すっごい力技、なにこれ……。
その先に広がっていたのは見渡す限りエメラルドグリーンの空間と、所々に浮かぶ大小さまざまな緑のサイコロ状のなにか。
「ようこそハルカ様」
「よう。歓迎するぜ。盛大にな!」
爽やかな笑顔を浮かべたルシフェルさんと、酒瓶を掲げて豪快に笑うサタンさん。
その周囲にいるたくさんの終族と始族の皆さんだったのです。
ちょっと短いですが、長くなりそうだったのでここで切ります。
異世界の説明は次の話に。
ちなみにシュネメスティラントロゥは準レギュラーの予定。理由は閑話⑤