病÷行動=薬①
ちゃぶ台に肘をついたあたしは肩を落として体重をかける。
だってこの姿勢の方が楽だから。さーちゃんがいれば「行儀が悪いですよ」と咎められるだろうけど。
「なんか金色と黒いイケメンの夢を見たような気がする……」
「あー、遥様。目の前にいるじゃありませんか。可愛らしい赤ん坊が」
ちゃぶ台の上に湯呑を置いた渕華さんが苦笑しながらしーちゃんたちを見やる。
二人はただいま創作活動の真っ最中。先日の大作もいいけれど、積み木は自分の手で積み上げるものだよね。なので飛び上がるのと代理禁止と言ったら、2階長屋を横に延々と制作中だ。これは時代劇とかが参考なのかな?
「ぷー」
「うーうー」
「むぷ」
「ぷーぷー」
あーでもないこーでもないと手を振りながらしーちゃんとしゅーちゃんは協議を繰り返し。最初縁側付近から始まった町並みは、部屋の中央に置いてあるスフちゃん炬燵手前で折れ曲がっている。この先炬燵を迂回するか、部屋の東側端まで到達させるかで揉めに揉めている。
もちろんあたしはどちらかに泣きつかれたら出番かな、としか思っていないけど。だいたいこういったものの美的センスはあたしにはないから! あたしがブロック4つで平面的な家を表現すると、しゅーちゃんとしーちゃんは30個ほどのブロックで立体的な二階建てのお家を作ってしまった。あまりの敗北感に赤ん坊に慰められて涙が出たくらいである。くすん。
丁度そこに様子を見に来た栄蔵兄さんが現れ、あたしの作品と赤ん坊の作品を見比べて大爆笑。思わず張り倒してしまったあたしは悪くない。翌日には何故かブロックの数が3倍に増えていた。どうせなら息子側の孫を可愛がれやお爺様。
……にしても未だに気怠さが抜けない。
スフちゃんの診察ではもうほとんど悪意への耐性はついたとは聞いたのだけど。
俗にいう『病は気から』なのかなあ。日がな1日引きこもりの如く部屋にこもって食っちゃ寝してる現状を鑑みて、頭を抱えた。不老不死でも運動不足なのは問題があるんじゃなかろうか。
「はあ」とため息を一つしてから立ち上がる。
「ぷううっ」
「むうむいっ」
あたしの行動を敏感に察したのか、しーちゃんとしゅーちゃんが同時に胸の中へ飛び込んできた。『一緒にいる!』と自己主張する二人を抱きしめ、部屋に広がる積み木を指さす。
「置いて行ったりはしないから、まずはあれを片付けなさい」
「「ぷぅ」」
二人は力作を「アレ」と呼んだあたしに悲しそうに項垂れた。
「ハルカ様ァと散歩をするのもずいぶんとぅ久しぶりな気がしますよってに」
「引きこもってばっかりで悪かったわね」
足元をチョコチョコとついてくるスフちゃんに苦笑して返す。あいかわらずおむつだけのしーちゃんを胸に抱え、頭の上はしゅーちゃんの指定席となっている。腕がもう一対ほしい……。
今日の散歩コースは本家周りの廊下ではなく、本家を囲む塀の外側、丘の頂上付近を一周する遊歩道だ。ぽつぽつと街灯が設置されていて、夜でも不自由なく回れることができる。
正門を出てすぐ右に曲がり、塀沿いに設置されている石畳を歩けば、ちょっとした雑木林の小道にでる。3月頭とはいえ、小さな花の咲く雑草もあったりしてもの悲しくなることもない。もちろん、この丘にある草はどれもこれも薬になるものばかりだけど。
道程の半分ほども行かないうちに、前方から見知った顔が小籠を提げて歩いてきた。あたしに気付くとぱあっと笑顔を浮かべ走り寄ってくる。
「遥さん」
「ああ、静流ちゃんは採取の用事?」
聞きながら小籠を覗き込むと、細長い二等辺三角形の葉を持つ草が根元あたりから何本か入っていた。
「ええと……、山藍かな?」
「はい」
笑顔で頷いた静流ちゃんはしゅーちゃんの頭を撫でて、しーちゃんとハイタッチを交わす。
「今学院で風邪が流行っていて、解熱剤の丸薬でも作り置きしておこうと思いまして」
「あらら、それは大変ねー。でもこれ乾燥させて煎じなきゃならないから、作り終わる頃には全校に蔓延してるんじゃ……」
「電子レンジで乾燥させちゃえば早いですよ?」
あたしが言い終わる前に身も蓋もないことを静流ちゃんが言い放つ。
……まあ確かにそれは早いけどね。あたしはお婆様にそう言った工程を禁じられていたから、やるせない気持ちがむくむくと。さーちゃんがそれを禁じてないなら、私が言うことでもないんだけどね。
お日さまの下で乾燥させるのも大事なことなのよ。負け惜しみみたいだけど。
静流ちゃんはさーちゃんにあたしの世話をするように言われているので、遊歩道を一周するまであたしについてくると言ってきかなかった。本当は早く薬を作りたかっただろうに。
「気になさらないでください。これは自分の意志で遥さんについていきたいと思っただけですから」
「別にここはウチの敷地内なんだから、一人でも大丈夫よ」
「なんとなく不安に駆られたんです。だから一緒にいてもいいですか?」
「まあ、あたしに静流ちゃんの行動を咎めることはできないからいいけど……」
それに対する静流ちゃんの答えは「とんでもない!」というものだった。一族の上に位置する者ならばもっと人を使えと言いたいんでしょうけど。どうも50年も空白があると自分の立ち位置がよくわからないんだよねえ。両親に卑下されてお婆様の言うことにハイハイマシーンになっていた自覚はあるけれど。誰かに命令した記憶はないもの。
「んー、そう言えば役に立ちそうなことをひとつ、思いついたんだけど……」
「本当ですか遥さん。どういった方法ですか?」
ことのほか興味津々に聞いてくる静流ちゃん。落ち着こう、しーちゃんが食いつき具合にびっくりしてるから。「ちょっと借りるね」といって、静流ちゃんの持つ小籠から山藍を一本手に取る。あたしの傍らに浮かぶ創樹を胸の前まで移動させ、話し始める。
「この創樹はあたしから漏れている神子の力を変換して、思い描いたものや記憶にあるものを再現してくれるんだけど」
「ええ、いくつか見ましたけど」
「裏を返せば、あたしが知らないものは出て来ない訳なのよ」
このあたりは最近の知識を持つ渕華さんや望さんに協力してもらって得られた結果である。見たこともないものは出て来ない。聞いたことはあっても見たことがないものはあたしの想像通りのもの、なんだかよくわからない物体が出てきてしまう。
「つまり詳細に工程を知っているものならば……、創樹お願い」
呟いた途端、手にあった山藍が消えて小さな丸薬が2粒、手のひらに転がり出てきた。ほらやっぱり。薬になる工程を知っていれば、瞬間的な加工工場として創樹を使うことができるということよ。
「す、凄いです。凄いですよ遥様!」
なんかびっくりしすぎて敬語に戻ってるんだけど、まあいいや。自分のことのように喜んでくれる静流ちゃんに頼まれて、籠の中にあった山藍全部を丸薬に加工した。
「問題はちゃんと効果を発揮してくれるかなんだけど……」
「大丈夫ですよ遥さん。学院に行けばじっけ……、協力してくれる生徒の1人や2人いますから」
いま実験材料とか言いかけなかった?
黒い、黒いよ静流ちゃん。さすがさーちゃんの孫。
一話作るのに丸一日かかっています。毎日連載とか休みでなければ無理ですねー。