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初めての外出⑥

 辺りが静まり返りました。

 遠くの方でこっちを横目で見ながら会話をしていた人たちも、近所でお茶を飲みながらこちらに聞き耳を立てていた人たちも例外なく停止しました。

 目の前にいた糸乃ちゃんも青い顔で硬直しています。


「ねえ、静流ちゃん?」

「なんでしょうか、遥様?」

「私、何かまずいことを言いましたか?」

「私が聞いていた限りでは、特に言及するような間違いはなかったと思いますわ」

 

 お盆を持ったまますまし顔で答えてくれる静流ちゃん。

 その反応とは裏腹に、周囲では小声のざわめきが増えていっていますが何事?


 聞こえてくるのが『柚木果狩家の医療はそこまで!?』とか、『とうとうそこまでの成果がっ!?』といった驚愕が混じっているものだったり。『ついに不老不死まで……』や『あの家は仙人でも抱えていたのか』という納得が混じるものだったり。


 なぜか小声の呟きがいやにはっきり聞こえるんだけど、しーちゃんかしゅーちゃんが聞こえるようにしてくれているのかなあ。……というか医療? 柚木果狩家(ウチ)って医療機関なんかあったっけ?



「ねえ、静流ちゃん。ウチの稼業って薬一辺倒じゃなかった?」

「いえ。遥様がお倒れになられてからは医療関係にも力を入れたと聞いております」

「あ、そうなんだ」


 そういえば湖桃ちゃんの弟さんが経営を任されてる病院に連れて行かれたんだったわ、あたし。



 柚木果狩家の発祥というのは諸国を渡り歩いていた薬売りからなる、というのがルーツらしい。ぶっちゃけてしまえば富山の薬売りと同一のものである。過去にこの地方に根を張る豪族と手を結び、近隣の山地から豊富な薬草を得て薬師となった。それが一番最初に学ぶ一族の心得である。


 その為に一族の誰もがその辺に生えている雑草の扱いを熟知している。まあ薬に変えられるものだけど。

 例えば花穂を根元から折り、二人で引っ張り合いをして遊ぶオオバコ。葉や種子などは咳止めなどの薬になる。普通は道の端などで誰にも気をとられずに踏みつけられたりしている雑草だけど。他にも染物に使われるツユクサ。若葉は食用となり、乾燥させたものは利尿剤とか。里芋の茎の部分が肥満・便秘・高血圧予防という作用があったりといった知識を誰もが持っている。

 一応、柚木果狩家のある丘や周辺の山々は薬となる草木の宝庫だし。それらが自生するように長い年月をかけて植え変えられている。


 お婆様の代には薬や漢方だけだった現場にようやっと医療が食い込み始めた、という状況だけだったと記憶しているけど。この50年の間にさーちゃんが医療部門をえらく拡大させたらしい。静流ちゃんの説明では。


 いやいくら実家の実状にはノータッチだったからといって、そのあたりの話くらいは聞きたかったよ、さーちゃん。


「それでその医療機関では不老不死は研究できているのかしら?」

「そんなわけないでしょう。夢物語も大概になさってください姉さん」


 あたしの素朴な疑問に答えてくれたのは、いつの間にか戻ってきたさーちゃんだった。

 さーちゃんはあたしの隣に腰を下ろし、腕の中の赤ん坊ににっこりと笑いかける。


「ぷぃ」

「あーう!」


 二人とも翼をしゅたっと上げて挨拶を返し、お返しにさーちゃんから額を撫でられくすぐったそうに「きゃっきゃっ」と笑う。ふたりとも横着が激しいったらないわ、まったく。あとで挨拶に対して説教が必要ね。

 


「せいぜい人間の寿命が5~6年といったところですね。難病の特効薬が幾つかできた、とは言っておきます」

「あーあ。沙霧ばっかに頑張らせて役に立たないなあ、私」

「まさか。姉さんが今の状態に陥る原因となった病魔を調べている過程で出来上がったものばかりです。充分貢献なさっていらっしゃいますわ」


 肩が凝る会話だけに、誘導させようという魂胆がありありだよ。習得したくないけど得た腹芸を使えということらしい。なんか裏に色々思惑が潜んでそうでやだなあ。まあ顔に出さないで、さーちゃんとの会話を楽しむのを装うけど。


「その苦労も私が目覚めたことで徒労に終わったという事かな?」

「そうですね。研究データはまだまだ利用できそうですけれど。まさか異なる世界に若返りの薬があるとは思いもしませんでしたわ。理に叶うのでしたら、ぜひレシピをお教え願いたいですわね」


 神酒(ソーマ)を【若返りの薬】で通すんかい。さーちゃんからの意味ありげな視線に、しーちゃんとしゅーちゃんは『なにそれ?』『しらなーい』と返す。あたしとスフちゃん以外には「ぷぅぷう」としか聞こえない。


「だめだって」

「それは残念ですわね」


 袖で隠した口元はニヤリと。何考えているんだろうねー。

 野望を持っている人なら飛びつかない筈はない話だし。古いお家柄が集まっているこの場所では毒酒にも匹敵する情報だ。周囲が別の意味でざわつき、黒いものが立ち込める。

 ……が、唐突に振るわれた白い大きな影に消し飛ばされた。


「空ゥ気が悪いでっしゃろ。神子(ボン)様方には要らぬものですえ」


 片方の白い翼だけを大きく広げ、あたしたちのいる空間周りを薙ぎ払ったスフちゃんの仕業だ。十二畳程の大きさを持つ翼に散らされたのは、かすかに見えた黒いものだけで、そのほかの物体には何の影響も及ぼしていないね。現にそよ風も巻き起こっていないし、梅の花も吹き散らされてはいない。


 あとスフちゃんを『可愛いもの』として見ていた人の感情に畏怖が混じったくらいかなあ。ちっちゃな白黒の翼にちっちゃな青い子猫。愛玩動物のようにしか見ていなかった人たちには、辛辣に喋って超常の能力を振るうだけで態度が豹変する。怒らせなきゃもふもふなのにね。







「どうぞ、沙霧御婆様」

「ありがとう、静流」


 静流ちゃんが持ってきたお茶とお茶菓子を受け取るさーちゃん。糸乃ちゃんはさーちゃんの登場に身をこわばらせ、ぎこちなく挨拶をしてたけれど、別のお客さんを見つけてそそくさと離れていった。そんなにさーちゃん怖いのかなあ?


 しばらくその場にはお茶をすする音と、いくらか戻った周囲の喧騒だけが聞こえていた。 



「ところで姉さん」

「なあに、沙霧?」


 腕の中を二人をぽんぽんしながらあやしながら、ぼんやりと梅の花を見上げていたあたしにさーちゃんが声をかけてきた。なんとなくいたずらを思いついた時の楽しそうな気持ちが伝わってくる。


 ええい、もったいぶってないで単刀直入にいいなさい。


「復学とか、どうですか?」

「……復学?」

「ええ」


 なるほどーなるほどー。さっき理事長に会うって言ったのはそんな目的があったのかー。


「子連れ学生ってのは問題があるでしょう」

「そうですか?」


 なんかものすごーーーーーーく楽しそうだ。こっちの反応をニヤニヤしながら見守ってる気がする。


「そうなのよ」

「そうですか。それでは気が変わったらいつでも言ってきてくださいね」


 むう、なんかくやしいぞ。

 静流ちゃんもニコニコしながらこっちを見るんじゃない。


遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

外出編これで(やや強引に)しゅーりょーです。間をあけすぎて話の展開や書き方を忘れてしまいました。時間もいつもの時間に間に合わなかったため、中途半端になってしまいました。

こんな感じですが今年もこの話を定期的に続けていけたらいいなあ。と思います。

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