初めての外出⑤
「また抜け出してきたのですね、貴女は」
「だ、だって副ちゃんが……」
「そうやって他人のせいにして。少しは自分の意思というものを持ったらいかがです?」
「ほ、本当なんだもん。今日はみんなが……」
「ありきたりな言い訳は聞き飽きました。貴女から納得のいく理由を聞こうとした私が愚かでした」
うーん、なんの関係だろう二人とも。
女生徒さんに持ってきて貰ったお茶菓子(羊羹と落雁)をしゅーちゃんに「あーん」しようとしたら、胸に抱いていたしーちゃんが起きてきて。渕華さんが持たせてくれた金平糖をスフちゃんに渡す。
あたしはお茶を飲みながら砕いた落雁をつまみつつ、小さく切り分けた羊羹を赤ん坊二人に食べさせる。そのまえで静流ちゃんは『会長』と呼んだ女生徒さんに説教を始めました。
『会長』と言うからには、やはりこの女生徒さんは『生徒会長』さんなんでしょうね。
静流ちゃんの言い方からすると、この『生徒会長』さんは業務サボリの常習犯らしい。今日も本来であれば執行部とともに書類仕事をこなしていなければいけないらしい。その弁明を入れようとする度に、静流ちゃんからの横槍に口を封じられているっぽい。
学院での静流ちゃんってば、クールの厳しい系なんだねー。でもそれがいいという生徒たちがうっとりとした視線で静流ちゃんを見詰めているけれども。
だんだん『生徒会長』さんも青菜に塩のごとくどんどん小さくなっているような気が……。
「ぷう、ぷい」
「ん~。しゅーちゃんは静流ちゃんの説教は嫌い?」
「あ~む!」
「ええっ、しーちゃんは説教肯定派!? ん~あたしはしーちゃんから説教は受けたくないなあ」
あたしがしょんぼりとそう口にすると、手を伸ばしたしーちゃんはあたしの頬をペチペチと叩きにっこり笑う。「そんなことしないよ」と言いたいらしい。お返しにぎゅ~っと抱きしめると「きゃっきゃっ」とはしゃぐしーちゃん。
……まあ、現実逃避してないで目前のコレをどうにかしよう。
静流ちゃんと『生徒会長』さんの口論は一時休止状態に入ったのか、上から目線で胸を張る静流ちゃんと、おどおどしながら見上げる『生徒会長』さんの図になっていた。ついでにこの場に集まる視線の数もものすごいことになっているのは言うまでもないんだけど。
二人の間にパンパンと手をたたいて割り込む。
「はいはい、静流ちゃん。人を卑下するのならこんな場所はやめなさい。率直に言わせてもらえれば、これ以上の注目はあたしが浴びたくないからやめて」
あたしがそうぶっちゃけると静流ちゃんはガックリと肩を落とし、疲れた表情でこっちを軽く睨んできた。
「遥様……。仮にも柚木果狩家の頂点に立てるお方が、そのような弱気では困ります」
「頂点は湖桃ちゃんでしょ。勝手にあたしを上に据えないで頂戴。あと、様付けはやめてっていったでしょう」
「私だって、公私の区別はつけます。遥様もそのような心がけは忘れないでください」
おっと、怒られちゃったね。公私の区別はちょっと忘れてたかな?
なにせ何の障害も気にせずに外に出歩けるのは、初めてのことだったからね。
あたしはしーちゃんと、頭上の定位置に移動しようとしたしゅーちゃんを胸に抱き直す。そしてポカーンとあたしたちのやり取りを見ていた『生徒会長』さんに向き直った。
「ご挨拶が遅れてごめんなさいね。私は柚木果狩遥、静流の親類縁者になりますわ。こちらの白い翼の赤ん坊がしーちゃん。黒い翼の赤ん坊がしゅーちゃん。二人ともご挨拶は?」
「う~あう~」
「ぷぅ~う」
無邪気な笑顔で手を上げるしーちゃんと、翼の片方だけを手のように立てて挨拶をするしゅーちゃん。だんだん横着を覚えてきたような気がしないでもないわ、この子ったらまったく……。
二人の癒しオーラにちょっとだけ囚われていた『生徒会長』さんは、少しの間の後、慌ててお辞儀をしてきた。
「す、すみません! ご挨拶が遅れました! 学院の生徒会長を務めています、花紫 糸乃と申します」
「そう。さっきは突然の無礼、ごめんなさいね」
「い、いえっ。柚木果狩家直系の方だとつゆ知らず、こちらこそ無礼を致しました」
あたしと糸乃ちゃんがペコペコと頭を下げあうのを、静流ちゃんは気に食わなさそうに頬を膨らませて見ていた。
……しかし、花紫? 学院に通っていた当時に似たような苗字の友人に心当たりがあるんだけど。彼女に連なる一族の子なのかな?
「花紫っていうと、呉服屋さんだったかしら?」
「はい、着物も扱っております」
「着物……『も』?」
家のことを聞かれたのが嬉しいのか、糸乃ちゃんは満面の笑みで返してくれた。あれー、呉服屋さんじゃなかったっけ?
首を捻るあたしに、静流ちゃんが溜息を吐きつつ補足してくれた。
「遥様。花紫家は服飾関係の市場では、かなりの上位を占めております」
「ああ、それで『着物も』なのね。つむらんも昔はよく着物だけにこだわる家の現状を憂いていたから、そのあたりは改革に成功したってことなのかな~」
つむらんとは花紫 紫のこと。60年前の学院での数少ないあたしの友人である。苗字と名前に『紫』が二つ入っていたので、『つむらん』という愛称で呼ばれていた。つけたのはあたしではないのだけれど。
「……えっ!? 紫お婆様を知っているんですか?」
糸乃ちゃんは『つむらん』という愛称が何なのか知っていたらしく、驚いた顔で聞き返してきた。やはり孫で間違いはなかったみたいだけど、あの自由奔放の孫が生徒会長なところにびっくりですよ、あたしは。
「『つむらん』イコール『花紫紫』なことを知っているのが不思議なんだけど。彼女は孫にまでその愛称のことを話しているのかしら?」
「はい! 学院に入学するとき、『貴女はこのような渾名をつけられないようにしなさいね』と嬉しそうに語っておられました」
うーん。『嬉しそうに』ってことは、あたしが学院に来なくなったことに対してつむらんが落ち込んでたりはしないと判断していいのかな。確定はできないけど、こればっかりは実際に会ってみないと何とも言えないしね~。
「お知合いですか、遥様?」
「ええ、学院での同級生で数少ない友人よ」
「………………え?」
あたしたちの会話を聞いていた糸乃ちゃんは、焦点の消えた目で呆然と呟いた。あれ、何やらショックを受けている?
今の会話の中の何処にショックを受けるところがあったのだろう?
「柚木果狩さんの……、お姉さんでは……、なかったのですか?」
お盆をぎゅっと胸に抱き、弱々しく呟く糸乃ちゃん。対する静流ちゃんはそんな彼女に対して不敵に笑うと、あたしを改めて紹介し始めた。
「こちら柚木果狩遥様。たしかに苗字からして柚木果狩家の直系で、私とは親類縁者と言いました。しかし、この方は私の姉ではなく、『大伯母』にあたります」
その途端周囲から音が消えました。
ここまで話が進まないのもひどいですねー。
つむらんは『TWO』+『紫』+ん、からつくってもらいました。