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閑話

 短い……。


「それでは柚木果狩(ゆずきかがり)家緊急会議を始めるとしましょう」


 先代当主沙霧の発言により、その場に集合した一同に緊張が漂う。場所は本家の一室、四十畳ほどの和室だ。時刻は午後九時、集まったのは本家に連なる血筋の者達と、分家の代表格だ。


 沙霧の隣にいるのは夫の栄蔵(えいぞう)、六十八歳ながらも未だ若々しい外見を誇る明朗快活な本家のご意見番である。作務衣姿で腕を組み、皆の緊張感を煽るようにニヤリと笑う。二人の前には四畳分の間を空けて長女で現当主の湖桃(こもも)。四十歳にもなると落ち着いた様子で静かに座している。その夫の和哉(かずや)は少々落ち着きなく、先代と目を合わせないように視線をあちこちに動かす。後ろには娘が二人、父親の奇行に溜め息をついていた。湖桃夫妻の隣には彼女の弟で長男の隆文(たかふみ)夫妻。その子供、男女二名未成年が背後に座っている。普段は本家より離れているので、隆文以外はガチガチに緊張しっぱなしだ。その列より更に後ろには分家の長達だ。残りは廊下側に面した障子を背に、本家内の使用人を束ねる壮年の男性と女性が控えている。現在集めるべき人員が揃っているのを確認した沙霧は頷いて会議、と言うよりは絶対の通達事項を話始める。


「知っている者もいるでしょうが、姉さんが目覚めました」


 先代当主の姉と言う人物に対しては、この場の誰もがその存在を知っている。妙な過剰反応を見せたのは、今まさにその話を聞かされた柚木果狩家医療担当者、隆文だけだ。そんな馬鹿なと言った表情で母親に目を向ける。遥が病に倒れ、当時の当主は医療方面に手を伸ばし始めた。それなりの成果を上げ、現在の医療関連に多大な貢献をしているが、それでも『遥の病に効く特効薬』の開発には至ってないと断言出来る。


「医療部門はそのままに。似たような症状は他にも確認されていますからね」


 明らかにホッとした隆文の様子に苦笑する沙霧。


「……で、お前は遥ちゃんをどうするつもりなんだ?」


 栄蔵が腕組みをして重々しい声を出す。長い付き合いの沙霧には夫が皆を緊張させて遊んでいると分かった。内心溜め息を吐きつつ、表情には出さないように話を続ける。


「不自由をさせてしまいますが、暫くは姉さんを保護の方向で。敷地内より外には出さずに、此処のみで過ごして頂こうと思っています」


 眉をピクリとさせて渋い顔になる栄蔵。分家の長陣――子供の頃に彼女に世話になった事のある者達――から非難の視線が飛ぶ。保護と聞こえはいいが、この場合、沙霧が言っているのは、ていのいい軟禁である。皆の言いたい事が分かっている沙霧は、ざわつき始めた分家の者達を片手を上げて鎮める。


「現在姉さんを取り巻く情勢は非常に不安定です。つい最近現れたばかりの始族と終族との国交。実年齢に対してあの容姿を保ったままながら、滅びる事も出来なくなった事に本人がどこまで認識しているのやら。おまけに羽根の生えた赤ん坊が二人ですからね。外へ出すだけでどれだけの騒ぎになることか。誘拐や事故等になった場合、彼等の報復がどれだけのモノか予測が尽きません」


 一番問題なのは、遥が持っていて当人に一切自覚のない異能力だ。今となっては詳細を知り得るのが沙霧と栄蔵しかいないが、迂闊に特定の場所で使われては国だけのみならず世界にも大混乱が広がるのは想像するだけで恐ろしい。しかも本人は自分を極々普通の一般人だとしか認識してないのだ。まだ普通に過ごしていた当時、二人がどれだけ諭してもあの異能力のせいで自覚させるまでに至らなかった。


「遥様に会うぶんには問題ないと言う事でしょうか?」


 鞍町(くらまち)家の長(幼少期に遥に良く懐いていた)が手を上げて質問し、会うくらいであれば問題ないので許可を出す。その際には余計な事を口走らないように注意はしておく。更に湖桃の背後へ目を向け、視線を合わせた事で硬直した彼女を呼んだ。


「静流」

「は、はいっ! なんでしょう先代様?」


 まさかこんな大仰な場で自分に声が掛かるとは思っていなかったらしく、飛び上がらんばかりに驚く湖桃の次女、静流(しずる)。年は十七、肩まで掛かるセミロングの黒髪を持ち、活発そうな印象を受ける。血の繋がりはあれど、柚木果狩家では世間一般の孫と祖母のような会話の場を持つことは難しい。


「貴女に姉さんの側仕えを命じます。貴女の時間全てを使って仕えよとは言いません。時折空いている時間に姉さんの話し相手をして下さい」

「はい、不肖柚木果狩静流、そのお役目承りました」


 背をピンと伸ばしてその場で深々とお辞儀をする。にっこり笑って満足そうに頷いた沙霧は「通達は以上です。皆、今から宜しく頼みますよ」と話を終わらせる。廊下側に座っていた使用人たちはそれを合図として障子を開いた。丁度そのタイミングで、部屋から見える夜空を切り裂くように、直ぐ近くを起点として一条の光線が斜めに迸る。その場にいた者達がビックリして顎を落としたり、右往左往して騒ぐ中、未だに光が立ち昇る離れから、しんとした夜気によく通る悲鳴にも似た叱咤が聞こえてきた。


「ちょっとしーちゃん!? ルシフェルさんの連絡先を聞いただけなのにいきなりレーザーをぶっ放さない! しゅーちゃんも便乗しようとするんじゃありません!」


 はっきりとこの場にいる皆に聞こえてきたのは、遥が赤ん坊を叱る声。相手が神にも等しい存在だと聞かされていても、遥の対応は極々一般的なものである。対する赤ん坊の所業には色々超越している所があるが。

 ちなみに『しーちゃん』『しゅーちゃん』と言うのは赤ん坊二人の名前だ。犬や猫じゃないんだからと、非難が飛びそうだが、先方の意向もあってこうなった。なんでも「深い意味を持たせた名前だと、それに属性が引っ張られて変異するかもしれない」だそうなので。仕方なく会合の場で遥は、始族の赤ん坊を『しーちゃん』、終族の赤ん坊を『しゅーちゃん』と名付けた。始族代表のルシフェルは特に感慨も抱かなかったようだが、終族代表のサタンは爆笑していた。


 遥には専属の使用人を二人付けてある。夕方前に聞いた報告によると、素っ裸ではみっともないから服を着せようと頑張っていたらしいが、二人とも嫌がって大変だったとか。結局、オムツだけを穿かせるだけで遥は精も根も尽き果てたようだ。それでもあれだけの反応を見せられるくらいには回復したと言うのだろう。


「ははっ、変わらねぇなあ遥ちゃんは……」


 昔を懐かしむような顔で夜空にのびる光条を眺め、笑いを漏らす栄蔵。またあの頃の楽しい日々に戻れるような気がした沙霧は夫と顔を見合わせて微笑んだ。



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