初めての外出②
別邸の応接間で待っていたのは、誠実そうな感じで50代くらいの男性でした。
その人はあたしの抱いていた翼の生えた二人の赤ん坊を見るなり呆けた表情になり、次には「は、はっはははははっ……」と笑い出してしまいました。
「どこに笑う要素があったんだろうね、沙霧?」(←外出モードなので名前呼びです)
「そう言えば……、政府側とは外見的な話はしたことがありませんでしたね」
「あらら。最低でも会話が交わせるくらいの人柄があると思われてた、とかなのね……」
「ええまあ、呼び名を『神子』としか通達してませんでしたので。さすがに赤ん坊と交渉しようだなんて考える方は皆無でしょうし。ふふっ」
さーちゃんの罠だった!
ごめんなさい政府の人。絶対に悪意あったよ、この反省してない顔は!
ちなみにさーちゃんとの会話は、音量を押さえもしないので普通に聞こえるはずです。
笑い続けている政府の人の後ろに控えていた秘書の男性は、あたしたちの会話に引きつった表情を浮かべてるし。赤ん坊との交渉なんで保母さんでも連れて来いって感じだよね、実際。
ひとしきり笑って満足したのか、男性は目尻に溜まった涙をぬぐい「失礼しました」と頭を下げた。
そしてあたしたちにソファーへ座るように促すと、懐から名刺を取り出してテーブルの上へ置く。
「初めまして、今回の会談を政府から任されました、須藤と申します。普段は○○○国の大使館に勤めていますが」
「はいっ!?」
「姉さん、はしたないですよ?」
「ぷぷい?」
「う~?」
わざわざ会談のために○○○国から呼び出す労力にびっくりしたよ。国内に回せる人員はいないんでしょうかねー。
ここまで余裕の態度を保っていたさーちゃんは知ってたみたいだけど。こっちにも一言欲しかったよ、素っ頓狂な声出す前にさあ……。
「すみません、失礼しました。柚木果狩遥と申します。こちらの白い翼を持っているのが始族の神子、しーちゃん。こちらの黒い翼を持っているのが終族の神子、しゅーちゃんです」
「おひさしぶりですね、須藤様。いつぞやはどうも」
ぺこりと一礼し、左右に抱えた神子の紹介をする。さーちゃんの挨拶を聞く限り知り合いだというなら先に言って欲しかったなあ。勿論、その関係が政府との付き合いなのか、個人的な顔見知りなのかは分からないけど。
「ほほう、貴女があの『遥様』ですか。いや沙霧様よりお噂はかねがね」
顎を撫でながら興味深く頷き、思い出し笑いのように噴き出す須藤さん。いったいこの人に何を言ったのさーちゃんっ!?
「ぷっ!」
「むぃっ!」
「って、ちょっと待ちなさい二人とも!」
あたしの焦り具合に何を感じ取ったのか、しーちゃんとしゅーちゃんがその翼を広げて威嚇(?)しようとした。それを慌てて止めるあたしの反応に、須藤さんとさーちゃんの顔が引きつる。「怖くないよ、怖くな~い」と言いながら二人の背を撫でて翼を小さくしてもらう。でないと視界が白黒で見えないよ。
「荒事ですかぇ?」
「違います」
大人しく足元にいた筈のスフちゃんが、ソファーの上へ飛び乗ってあたしに聞いてきたので、即座に否定する。
「はいはい、須藤様。笑ってばかりいないで会談のほう始めませんか?」
さーちゃんが促すけど、須藤さんは困り顔のまま溜め息を吐いた。まあ、分からなくもないけどねー。フォローくらいは入れておくべきなんだろうか。
「見た目は赤ん坊ですが、人の会話はある程度理解してくれますよ。返ってくるのは赤ちゃん言葉ですけど、あたしが意訳出来ますし。こちらの護衛を務めてくれる始族のスフインクスも通訳は可能です」
ふむふむと頷いた須藤さんは「それでしたら」と話を切り出した。
簡潔に言うと、『双方に大使館を置けないか?』と『貿易が出来るか?』と『観光などは可能か?』ということでした。対するしーちゃんとしゅーちゃんの反応はというと……。
「むい?」
「ぷっ?」
「え?」
スフちゃんに至っては後ろ足で耳をかく仕草で知らんぷりだし。ってぇ、あたしが答えなきゃならないのかこれは……。ううん、こういうことは共通認識ってのがあるかと思ってただけにちょっと言い辛いよね。
「ええと、ですね」
「はい。お二方はなんと?」
「『大使館』、『貿易』、『観光』というのがなんのことか分からないそうです」
「…………」
がっくりと肩を落とす須藤さんと唖然とする秘書の人。びっくりした顔で固まるさーちゃん。異世界には無いのかな、そのあたり。
リアルが陽の出る前に出勤、というふざけたものになり、私はいったいどうすればいいのでしょう……。