閑話④ おさそいの裏側
本日の会場となる紫苑学園の別庭園では、来客を迎える側の生徒達が最後の準備に追われていた。 やれ茶器は揃っているのか、甘味は足りているのか、突然の天候の崩れにはどうするのか、等々。
そもそもこの別庭、紫苑学園が閉鎖的なただのお嬢様学校でしかなかった頃、やんごとなき身分の方々の寮であった。当時は寮生一人に付き人が数倍も住むような構造となっていたらしい。今は改装して、部活動の合宿所として利用できるようになっている。
庭園には小さめな池を中心として梅が、それを囲む砂利の通路周りにはツツジが、別庭の塀沿いには桜が植えられている。冬の終わりから春の終わりまで花に事欠いという場所だ。
華やかさを重視して様々な色合いの着物に身を包んだ女生徒が来客の相手を、着流し姿の男子生徒が裏方を務めるのが毎年の生業となっている。それに混じるようにセキュリティーサービスの人員があちこちに配置されていた。
セキュリティーサービスの人員が明らかに多いというのは、準備をしている生徒達も気になっていた。例年通りであれば学園側が手配して、別庭内と施設の外を警戒する者が居るはずだ。それも来訪者に目立たないよう、私服警備員として。
「本当にやんごとなき人が来るんじゃないか?」「皇室の人とか?」「いや、お忍びで来た外国のお偉いさんの子女とか?」「格好いい人だといいね?」など。囁くような噂話が飛び交い、始まる前から興奮した雰囲気が蔓延している。
「うーん、お客様を迎える側として、こういう空気はマズいかなあ」
そんな雰囲気に懸念を示す実行委員長の言葉に、そこに居合わせた静流は内心頭を抱えていた。どう考えても原因は大御婆様というべき遥だろう。なにせ涙ひとつ流しただけで、神子を筆頭とした世界が敵に回るかもしれないのだから、警備する側は慎重にもなる。
「ねえ静流さん。柚木果狩家もやんごとなき方々に入るような家柄でしょう。何か聞いていませんか?」
準備に携わっていた級友から、たぶん聞かれるだろうと思っていた質問をされて、静流は眉をひそめた。彼女には特殊な来訪者の心当たりがあるが、家柄上それを外に漏らすことは出来ない。
「……それを私に聞きますか?」
「あ、ご、ごめんなさいっ。不躾な質問だったわ」
静流の固い口調に聞いた側もマズいと感じたのか、慌てて謝罪をする。柚木果狩家を探るような言動だったことに、周囲で聞き耳を立てていた生徒達も顔面蒼白になっていた。いくら家の持つ権力を自覚している静流でも、そこまで怯えさせるようなつもりはなかったので謝っておく。
「ああ、すみません。責めている訳ではないんですよ。ただ私もどこまで話していいか見当がつかなくて」
どちらにせよ、今日ここに来てしまうのだから人の口には乗ってしまうだろう。世間一般で騒がれている、別世界を統括する神子の姿とその有り様を。
静流の確証のない言動だけでも、興味津々な生徒達に油を注ぐのは充分だったようだ。たちまちざわめきが広がる中、心配そうな顔の男子生徒が静流の背後に立つ。分家の子息で、校内外で静流の付き人を務める献笙脩一という。
「よろしいのですか、あのような発言をされて?」
「いいんじゃないかしら。どちらにせよ実物を見れば驚くしかないのだし、今のうちから想像を膨らませておいてもバチは当たらないでしょう」
いたずらっぽくクスクスと微笑む静流に、周囲の生徒達に哀れむ視線を向ける脩一。このお嬢様は周りの見当違いな話を楽しむ気満々である。呆れた溜め息を吐く脩一を振り返った静流は首を傾げた。
「なんか少し性格変わっていませんか、静流様?」
「そう見えるのならおそらくそれは遥様のせいでしょうね」
「また突っ込みにくい返答を……」と呟く脩一の背を叩き、「遥様に梅園祭楽しんで貰わなきゃいけないのだから」と笑顔で準備の手伝いを急がせる静流に、結局逆らえない脩一であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
柚木果狩家の前から出発する車列を上空から眺める人物が二人。
白い翼を六対十二枚広げ、キメ細やかな金の髪を風になびかせて白い服装に身を包んだ麗人、始族の代表ルシフェル。十二枚の黒い翼を広げて黒のレザーで身を固め、ニヤニヤ笑いを顔に貼り付けた終族の代表サタン。
「世間にお披露目の第一歩ということですね」
「ま、あの嬢ちゃんも中々どうして。一部族の長ってやつは何処も似たようなモノなのかねえ」
ちょっとした策を自分達に持ちかけてきた人物を思い出し苦笑するサタン。優雅に腕を組んだルシフェルもその点だけはとサタンに同意する。
「確かに見えないものを危険視するよりは、見えていた方が対応には困りませんね」
「ハルカや坊ンの守りはスフインクスに任せておけば事足りるだろうぜ。足りなきゃ坊ンたちが執行部隊でも喚ぶだろう」
「しかし、平然と血族を囮に使うと提案してくるとは……。恐ろしい方ですね」
「人間界で権力を持つというのはそーゆーことなんじゃねえの? 坊ンたちが内側にいようともいずれは来んだろうよ、こういうことは」
『見えない膿を見えるようにする』
ひそかにルシフェルたちと繋ぎを取った沙霧は、二人にこう提案した。生徒や来客全員に口止めを施すなど無理な話なので、いっそのこと神子の話は拡散させてしまおうという意味である。そうすれば確実に動き出すものがいるし、それらをピックアップして監視、または潰して後顧の憂いを絶とうと言う計画だ。今回の遥の外出の裏はこのような意味を持つと言うことである。
ルシフェルは人間界の権力争いに興味は無く、神子が健やかに過ごせればそれでいいと考えている。サタンも同じような考えだが、手を出してくるものがいれば反撃して殲滅する気だ。故に今回は傍観と言う立場を取ったが、沙霧の要請で会場の制空権は押さえてある。
「それにしても“祭り”なのに酒のひとつも出ねえとはしけてやがんな」
「それで出ていたら乱入するのでしょう貴方は。またハルカに迷惑をかけて神子に怒られても知りませんよ」
とりあえず黒い部分が見えるのは閑話だけです。