おさそい①
冬の季節も終わりに近付いた頃に静流ちゃんが一枚の書類を持ってやってきた。
「遥様、これを」
「はいはい、えーと何々……、『保護者の方へ、梅園祭のお知らせ、紫苑学い、ん~』って、まだ続いてたのこの学院っ!?」
「「う?」」
紫苑学院と言うのはあたしが一年ちょっと在籍していたところだ。沙霧はともかくうちの一族の大半はココの出身だったはず。家の志望とかで専門学校に行くものもいたけれど。
あたしの驚いた声に、大人しく相撲中継を見ていた赤ん坊ふたりが振り返り、『なになに~?』とハイハイで近寄ってきた。だけれどもあたしの持っていた紙には目もくれず、ふたり並んで静流ちゃんの前に座る。そしてそのままいい笑顔でなにかを待つように静流ちゃんを見上げる。その笑顔から圧力を感じたのか、じりじり下がる静流ちゃん。
「あ、あの……遥様。これは私になにをしろと言うのでしょう?」
「挨拶でもすればいいんじゃないかな」
「そ、そうですか……。で、では神子様方、こんにちは」
ぺこ、ぺこぺこ。
じーにこにこ。
「うぅぅぅ……」ぺこ。
ぺこぺこ、じー。
意味が分からない人のために解説すると、静流ちゃんが頭を下げて挨拶。それにしーちゃんとしゅーちゃんが頭を下げて、なにかを期待するように静流ちゃんを見上げて待つ。その視線に耐えきれなくなった静流ちゃんは再び頭を下げる。しーちゃんたちが真似をする、以下延々と繰り返し。
テレビ番組の一幕で頭を下げ合う場面を見てから、こんなことをするようになっちゃったんだよねー。あたしはともかく、望さんや渕華さんも被害にあっているのだ。実害はないけどね。
あのひまわりが咲いたような満面の笑顔! キラキラと期待に満ちた星空のような瞳! これに耐えられる人なんかいるものですか!
「うぅん! かっわいーわ二人とも!」
「ぷ!」
「う~」
感極まって背後から二人を抱きしめてほっぺたをすりすりする。「きゃっきゃっ」と笑うしーちゃんとしゅーちゃんの興味が静流ちゃんからそれる。その後に渕華さんから「神子様、相撲中継終わっちゃいますよ?」と言われてテレビ前に戻った。
まあ目をキラキラさせている姿に、テレビ前だろうと誰かを見上げるのも変わらないんだけどね。
「はぁー」
「ごめんね静流ちゃん、二人とも色々興味が移りまくりでね。少しすればまた別なことにこだわり始めると思うから」
「い、いいえ。遥様が謝る必要なんてありません!」
ホッと安堵する静流ちゃんに弁解すると、手を振って逆に頭を下げられた。
「最近はお二方のお陰で世の中の可愛らしいモノがくすんできたような気もしますが……」
「ふふふ、だいぶ染まってきたようだねえ。近頃の世で流行っている可愛いものがなんなのかよく分からないけど」
あたしが世間知らずなのもあるけれど、テレビ見ててもよく分からないんだよね。『女性に流行りの~』という特集見てもピンとくるものがないし。やはりこういうのは趣味の合う友達同士できゃーきゃー騒ぎつつ、手当たり次第に挙げていって検証という名の雑談で判別するしかないんだろうなぁ。
あたしが遠い目で昔を思い出していると、静流ちゃんが「私的にはこれですけど」と携帯に繋げられたストラップを見せてくれた。
それは直径2cm程の甲羅をもつデフォルメされたカブトガニで、尻尾部分から紐が伸びて携帯に繋がっている。甲羅の頭部側にはデメキンのように出っ張った丸い目玉がついていて、それが全体をコミカルな印象に魅せている。腹側にはピン留めになった脚があって、そこに違うストラップが幾つか繋がっていた。
「節足動物はちょっと……」
「可愛いいのに……」
やはり美的感覚は人それぞれだと言うことを五十年ぶりに再確認した瞬間でした。