使い道
さて、例の“創樹”なんですが……。まさに完全無比とは言えそうな願望形成機でした。
あたしがつい『育つのかな?』などと口にした途端、高さ三十センチメートルが三十五センチメートルまで伸びました。あまりの急激な成長に、目撃したあたしと望さんの目が点になるという……。慌てて『それ以上大きくならなくていいから!』と声を掛けましたが、大きくなった分は戻りませんでした。当たり前ですねー。
よく知らないまま放置というのも危険なので、これ幸いにと色々実験してみました。結果、かなり強力(?)なものだというのが判明しました。但し、エネルギー源と情報入力はあたしなので、色々と制限があります。
実験①
「飴が食べたいなあ」
ザラザラザラザラザラ~。
「わお」
「ぷぅぷ」
「あむ?」
創樹に向かって言ってみたところ、宙に浮いている創樹が大量の飴玉を生み出しました。その数、紙コップに入れると五杯分。あたしが呟いた瞬間、幹の周りに光の輪が発生し、そこから赤青黄色のカラフルな飴玉がザラザラと。パチンコか。しかも包装紙無しでですよ。
しーちゃんは指をくわえて、しゅーちゃんは真っ先に転がる飴玉に手を伸ばして。む、ちょっと選択を誤ったかも。
「こらこら、喉に詰まらせると危ないから食べちゃダメよ、しゅーちゃん」
「ぷー」
ひょいと転がってきた赤い飴玉を掴み取り、興味深そうに見詰めるしゅーちゃん。「食べないよう」的な返答が返って来たけれど、取り上げるのもなんなので口に含まないように注意しておく。あたしの心配をよそにしーちゃんも一緒になって、畳の上で飴玉転がして遊ぶ二人。ビー玉じゃないってーの。
ちなみに大きいもの、例として学生鞄とかになると、言った時点では無反応でした。でも二日くらい経った後からポンと出てきました。大きいものは生成に時間とエネルギーが掛かるみたいで、即出現と言う訳にはいかないようです。
実験②
「すz「「ぶーっ!!」」わぁっ!?」
言いかけた言葉を赤ん坊二人に遮られました。顔面に飛びつかれたので、倒れて畳に後頭部打った……。生き物は出て来るのかどうかの実験で「鈴虫」と言いたかったんですが。
「ぶーっ!」
「むぅぷいっ!」
「あーはいはい、ごめんなさい。もうやらないから怒らないで。ね?」
『生き物はダメー!』って二人に怒られてしまいました。まあ、色々ある先達者のお言葉なので素直に綺麗サッパリ諦めましょう。
「そうですよ遥様。こんな真冬に鈴虫なんて、可哀想じゃないですか」
「そういう問題じゃないでしょう渕華……」
などという幾つかの試行錯誤の結果、大抵のものは具現化する。ある意味製造業も真っ青なシロモノだというのが判明しました。悪用されたら武器が生み出し放題ですね。なんて危険極まりないモノを送ってくるんですか、ルシフェルさーん!
使えるのがあたしだけらしいので、外へ出たら誘拐とかが怖くなっちゃったじゃないですか。どうしてくれる……。赤ん坊二人は自力でそれが出来るので、創樹の使用者には入らないそうです。
創樹の詳細をさーちゃんや湖桃ちゃんにも伝えたのですが、その表情が盛大に引きつっていたのは言うまでもありません。こりゃ外出するたびに黒服ゾロゾロ連れ歩く未来しかないような気がしますよ。箱に仕舞っておくという声もありましたが、仕舞った箱ごと後を付いてくるので却下されました。
「それはまた難儀なモノを頂いたのですねえ」
「一見マスコットとかアクセサリーのように見えるけど、中身はとんでもないオーバーテクノロジーだよこれ。はい二人ともあ~ん」
「あ~」
「んむ」
今は散歩で数馬家の和菓子屋へ。今日居たのは潤ちゃんと、次代の数馬家当主陽音ちゃん。佳奈ちゃんに似た細身の容姿に、長い黒髪を三つ編みにしている。あたしが“ちゃん”呼びしてるけど、れっきとした大人の女性で39歳だそうな。
最初に会ったら深々と頭を下げて丁寧な挨拶を貰いました。「畏れ多い」とかで頭を上げて貰えず、困惑してたところに潤ちゃんがやって来てくれて助かりました。今もあたしと潤ちゃんが店先で会話している後ろで、お茶のお代わりだとかしーちゃんたちが食べている羊羹のお代わりだとかをスタンバイしています。
潤ちゃんの言うことによれば、分家の中ではあたしの立場は高い位置にありますが、取り扱いがかなり微妙で。今の二代目以降の世代に『超重要人物触るな(一族存亡の)危険』という認識らしいのです。
……爆弾すぎて反論できないよ……。
「なんかこう家に貢献出来ないかなぁ」
「何を仰いますか遥様。一族直系が頂点に君臨せず、どうしろと?」
「だけど、無職なんだよねー」
肩と同じ高さに浮いている創樹でなにか作ろうかとも考えましたが、今の世の中何が必要なのかさっぱり分からない。似たようなことをさーちゃんにも聞いたけど、返って来たのは『姉さんは何も心配せず、どっしり構えていれば良いのです』と。よく考えれば人生経験箱入り17年だけで社会の役に立とうというのがそもそもの間違いでしたね、はい。
期待の目を向けてくるしゅーちゃんと、着物の袖を引くしーちゃんに小皿に乗っていた羊羹を切り分けてあげる。瑞々しくて甘すぎない小豆の羊羹を作れることが当主の資格らしい。数馬家は家を受け継ぐより和菓子屋を存続させる方に重点を置いてるんじゃないのかな?
「あ、あのぅ……」
「ん?」
「陽音? 遥様の方はまだお茶も羊羹もあるわよ」
潤ちゃんと一緒になって額にシワを寄せながら考えていたら、背後からおそるおそる陽音ちゃんが声を掛けてきた。潤ちゃんが仲立ちの意味で受け答えをしてくれる。しゅーちゃんたちもパクパク食べてはいるが、また1竿もいってないよね? 前回食べた落雁だけでもそこそこの量になっちゃったから。「話には聞いていました」とかで、お皿に半竿乗せられた羊羹を出してきた陽音ちゃんには流石にびっくりしたけど。
「いえ、出来ればでいいのですが。その創樹? とやらのお力で遥様の理想とされる羊羹をひとつ作って頂けないでしょうか?」
「はい? 創樹で?」
ふよふよ浮いている創樹を指差すと、陽音ちゃんが頷く。
「え、でもこの羊羹、陽音ちゃんが作ったんでしょ?」
「そうですね。佳奈のものに負けず劣らず良い出来栄えですよ」
手元の羊羹に視線を移すと潤ちゃんも力強く頷いて同意をしてくれる。それに「ありがとうございます」と礼をした陽音ちゃんは、ちょっと寂しそうな笑みを浮かべた。
「実は羊羹を作っている時に、母が度々『御婆様のと違う』と零しているのを耳にしまして……」
「あ、ああ……。なるほどー」
「まあ、それは確かに。私たちの世代では先々代の味が元になってましたね」
あたしも潤ちゃんも納得して相槌を打つ。あたしたちの世代で数馬家の羊羹といえば、先々代の味が基本だからだ。あれに舌を慣らされたあたしたちからすれば、今のは悪いけどグレードが落ちていると言えるかもしれない。だからと言ってまずいなんてのは一切無く、変わらずに美味しいと言える。でもなにか足りないという気はするねー。
「でも記憶の味覚って出てくるのかなあ? 陽音ちゃんお皿くれる?」
「あ、はいっ! お待ちください」
慌ててショーケースの内側でお皿を用意する陽音ちゃん。疑うような表情の潤ちゃんが「大丈夫なんでしょうか?」と聞いてきた。
「そりゃあもう、あたしだけじゃなくて潤ちゃんにも味見お願いね?」
「既に最初の時点で私に逃げ道は無いような気も致しますが。わかりました」
苦笑しながら頷いてくれた潤ちゃん。妹分三人衆とは違い、あたしの記憶でその味はそう昔のことではない。程なくして生み出された小皿に乗った羊羹に、潤ちゃんは太鼓判を押してくれた。
「朝早くから失礼します遥様! 昨日の羊羹もう10竿ほど作ってください!」
翌日の早朝、佳奈ちゃんが血相変えて飛び込んで来たのには笑ってしまった。言葉の一字一句、昨日『絶対遥様の所に駆け込みに行くと思いますわ』と予測した潤ちゃんの言った通りだったのだから。
練り羊羹は1竿、2竿と数えるそうです。
本単位じゃなかったのか……。