摩訶不思樹
ルシフェルさんからお詫びと言う名目でやって来た贈呈品の箱。おっかなびっくり開けてみたところ、中に入っていたのは“樹”でした。スフちゃんが言うには『創樹』と言うものだそうです。見た目は高さ三十センチの三角錐型のもみの木みたいなもの。ただし、葉も幹も煌めいている白銀色で、根っこはガラス玉のような球体。箱の底から数ミリ浮いていました。
「ぷぷっ」
「あーむっ」
しゅーちゃんとしーちゃんは畳の上にふよふよ浮いた『創樹』を挟んで座り、左右で手を叩く遊びをしています。しーちゃんがぺちぺちと手を叩くと、『創樹』は音に釣られるようにしーちゃんへ寄って行く。しゅーちゃんが叩けば、そっち側へふよふよと近付く。どーゆー植物なのかな、これは?
試しにしゅーちゃんの頭の上であたしもパンパンと、手を叩いてみる。するとエレベーターみたいにすーっと『創樹』がこっちの方へ飛んできた。宙を滑るように来るってことは、音が大きければ反応も顕著だというのかな?
「「ぶーっ!」」
「あ、ごめんね」
二人のやり取りに割り込んだ形になったため、不満げな声が飛んできた。場所を空けるように後退すると、創樹はあたしの側から離れないとばかりに後を付いてくる。なんだろうこれ……。膨れっ面のしゅーちゃんが手を叩くとそっちの方にふよふよと移動していった。
「ねえスフちゃん、なにこれ?」
「生憎ですぅが、わちが知るのはそれが『創樹と呼ばれている』だけですぅに」
「ああ、そうなんだ」
上層部しか知らない秘密のアイテム、というやつなのかもね。しかし、“樹”と言うからには植えたりしなくていいのかな? あの下部の丸いガラス玉が根っこに相当するのかどうかすら分からないしね。使用説明書も無いのは、無くても枯れたりしない不変の存在なのか、しーちゃんやしゅーちゃんが取り扱いを心得ているのか。そのどっちかでしょう。
「植木鉢とかいる?」
「言い方は悪いーですが、栄養となるべきものでしたら、ハルカ様が垂れ流してるぅだけでも充分かと」
「汚水のような表現はちょっと……」
前にスフちゃんに少し聞いた事がある。例のあたしが神子的な能力を一切行使できない理由。外に力を行使する機能を持つ翼を持たないからなんだけど、代わりに神子的な力をカチューシャの羽根や髪から微妙に漏らしているんだそうな。これがしーちゃんとしゅーちゃんが育つ為の糧になっているとかなんとか。人から神子に変わったのが原因かどうかは不明なんだけど、しーちゃんたちから放出されている力とあたしの垂れ流す力は性質が違うんだって。これもその本質を知るのが赤ん坊二人しかいないそうだけど。憶測ばっかりなのでさーちゃんにも詳しく説明出来ない事だらけだ。早く大きくなってね二人とも。
「ぷうぷ」
「むぃー」
「はいはい?」
遊んでいた二人が創樹を持ち上げるようにして、あたしの方へ押し出していた。遊ぶのはもういいのかな? 何だかんだで考えていたら二十分くらいは経っていたし。
「ぷい」
「うー」
「ええと、『思って』『出す』もの? つまり『思い出す』もの?」
「ぶー」
「え、違う?」
「あー、ハルカ様。 つまりは……」
「「ぶーっ!!」」
「……申し訳ありません、横からの口出しを封じられましたぇ」
「あらら」
しゅーちゃんが創樹を指差し、しーちゃんが手を振ったりして説明を入れる。
「うーうー」
「あーむ!」
「『吸って』『出す』?」
「「なー!」」
二人揃ってパタリと倒れる。どうやらまったく違うみたい。曖昧な翻訳が逆に伝達し辛くなっているようで、微妙に言いたいことが分からないなあ。スフちゃんの直訳も封じられ、本人は小屋に戻って尻尾を外に垂らしたまま篭もっちゃった。どうやらいじけてしまったようね。
それから幾つかのやり取りをしーちゃんと交わし、なんとか扱い方がわかりました。相互理解を深める頃にはすっかり夕方に……。
この創樹はしゅーちゃんたちの翼と似たような役目を持ち、些細な程度であたしの要求に応えてくれるものだとか。つまり願望形成機、と言えばいいのかな?
「ぷいぷい」
「欲しいもの、と言われてもねー。どこまでが些細なのかなー?」
説明に疲れて、寝ちゃったしーちゃんを胸に抱きかかえる。あたしの望みはあれだ、この子たちが服を着てくれること! そんなのは何かに願うことじゃないしねー。毎日が乳母生活だけで充実してるしー。
「とくにこれと言って無いかな~」
「うー」
あたしが望むものに余程興味があったのか、しゅーちゃんが「つまんない」と意気消沈する。 ふふっ、まあおいおいね、おいおい。
サブタイトルは「まかふしぎ」と。
バァオは図書館で見つけましたが、馴染みの本屋に聞いてみると絶版だそうです。神田の絵本専門古本屋まで探しに行こう。