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配達員(大)

 

 突き上げた、と確信できる感覚があたしの脳裏に浮かび上がる。こういうのがスフちゃんが言ってた神秘的な何かに分類されるんだろうか?


「なんか母屋から悲鳴にも似た声もするし……」

「なんでっしゃろう? 見てきましょうか?」


 未だに滞空していたスフちゃんが、首をかしげて聞いてくる。だいたい、家に降りかかる不可思議な出来事は始族か終族関係だろうなあ。さっきの音もその範疇と確信したあたしは、門には向けていた足を母屋の方に切り替えた。








「ぷぅぷ!」


 腕に抱いていたしゅーちゃんが母屋のほうを指差して? ちょっとずれているみたいだね、母屋の前に広がる池の方を指している。前に散歩に行った時、池を泳ぐ鯉を興味深そうに見ていたから、気になるのはそっちかな?


 でもなんだか知らないけど、母屋の近辺は霧っぽいものに包まれていたのでその手前で立ち止まる。局地的過ぎるでしょう、これも人工霧発生機のせいとか言うんじゃないでしょうね?


「むい?」

「あっち? なにが?」


 あたしの頭を離れたしーちゃんがちっちゃな手で指差したのは上だ。しゅーちゃんが池でしーちゃんが上? つまりは母屋の上のほうを見ろってことかなあ。


 でも見上げる前に、徐々に晴れてきた霧の向こうに巨大な何かが直立しているのが見えた。えー、横に長い三角形から上にすらりと伸びた……、楕円形? 左右に突き出た鋭角の……二対の……。


「…………え?」

「ぷ?」

「う?」


 あたしの疑問は母屋の前に浮かんでいる超巨大物体について。しゅーちゃんたちの疑問は「あれのなにがおかしいの?」という確認の問いです。いやいやいやいや、受け入れるのに時間が掛かるから! どこの誰があんなものが空中に浮いているか、なーんて受け入れられるかっ! マテマテ、始族や終族が居るから空中に浮かぶ者なんて珍しくないでしょう。現にあたしの側には飛ぶ赤ん坊と猫が居るしね!


 よし、落ち着いた! 見れば見るほどオカシなものが飛んでいるけど、落ち着かないと話にならないから落ち着こう。ココは異世界の隣人と共存するところですぜ。あれで自分の正気を疑っていたら話にならないよ。


 子供の頃に見た絵本みたいな光景が今まさにあたしの目の前に……。あるのはいいんだけど、あれはちょっと大きすぎでしょう。全長80メートルはありそうな、それはクジラだ。シロナガスクジラという種類だと思うんだけど、背中部分のど真ん中から突き出ているのは一対の翼。白いから始族の人ですね。


「に、してもあれに声掛けて上まで届くんだろうーか?」

「なんでしたら、わちが声掛けてきましょうか?」

「うーん、じゃスフちゃんお願いできる?」

「ちょっとお待ちあれ」


 ばっびゅーんと飛んでったスフちゃんの交渉待ちで庭端にいたら、母屋の方から強張った表情の幾留さんが駆け寄って来た。


「ああっ、遥様! た、大変です、池から爆発して何かがぼかーんと鯉が!」

「あーはいはい、鯉じゃないから、落ち着きましょうよ」


 どう見ても胴体直径より池の方が小さいんだけど、そこを気にしたらダメなんだろうなー。幾留さんに深呼吸して貰い、落ち着いたところで改めて件のクジラを見上げる。下から見るワイングラスのようで、前ヒレと翼から上の頭部がさっぱり見えないし。


「な、なんですか、あれ?」

「始族の人みたいなんだけどねー。ね?」

「むぅむい」


 肩に捕まってるしーちゃんに聞くと「うん、そう」と頷いてくれた。母屋からはついさっき「静まりなさい!」って言うさーちゃんの怒声が聞こえたから、悲鳴やらなにやらは途絶えた。

 ふと視線を感じて上から下へ目をやると、母屋の軒先に使用人長がいた。潤ちゃんの妹さんで純ちゃんって言うんだけど、昔はさーちゃんのお付きポジションだったね。そんで凄いしかめっ面でこっちを睨んでる。あたしが目線だけで側にいる幾留さんを見ると、ゆっくり頷いた。


「幾留さん幾留さん」

「はい、呼び捨てで結構ですよ遥様。なんでしょう?」

「後ろー後ろー」

「はい? ……ひっ!」


 振り返った幾留さんがビキリと硬直した。無言で手招きする純ちゃんに蒼白になる幾留さん。あたしに一礼すると、恐る恐る純ちゃんのところに向かう。直ぐに怒鳴り声が聞こえてきた、ご愁傷様です。



「お?」


 視線を戻すと上の方から青いものがひゅーっと落ちてき……ってスフちゃんだ。同時にクジラ始族がゆっくりと上に移動していく。翼を二~三回羽ばたかせるとあっという間に雲の高さまで……。サタンさんやルシフェルさんほど突拍子も無いけど、速いなあ。


「お待たせやァしましたわ」

「ぷぷい」

「あーむー」


 尻尾の先に四角い箱のようなものを持った? 乗せた? スフちゃんがあたしの前で停止する。しーちゃんとしゅーちゃんが「それなに? それなに?」と手を伸ばす。スフちゃんの視線がしーちゃんたちとあたしで右往左往する。どっちに渡していいか迷ってるみたいだねー。片手でしゅーちゃんを保持したまま、ひょいと手を出す。


「じゃあ、あたしが受け取るわ。二人ともそれでいいよね?」

「ぷー」

「うー」


 スフちゃんがあたしの手にポンっと箱を置く。一辺が三十センチくらいの正方形で妙に軽い。いや、実は重いだけであたしには軽く感じるのかもしれないけれど。しーちゃんとしゅーちゃんはそれをペタペタ触って嬉しそうだ。ところでこれは何の目的で誰が送ってきたんだろう?


「スフちゃんこれって?」

「ルシフェル様からだそうでぇす。先日のお詫びぃ言う物らしいんですが」

「埋め合わせというと、しーちゃんのご機嫌取り?」

「宛先はハルカ様と」

「何が入っているのやら……。始族の世界のものなのかな?」

「そこまでは何ィやら」


 首を傾げるスフちゃん。何が入っているのか怖いな、コレ。


「ところでさっきのクジラさんは?」

「ああ、オルトロスの事でしょーか?」


 オルトロス……、クジラなのにオルトロス……。すごい名前……。


「伝令員とか、そういう役目の仕事をしてぇいるんですわ」

「…………あの図体で?」

「ええ」


 始族ってその辺り、生態が謎だよね……。


 私はつい、猫とクジラをセットにしてしまう癖があります。理由は昔見たことがある絵本で、題名は覚えていません。なんだったかなあ……?

(皆様のお陰で解決しました。「くじらのバァオ」でした。探してくださった読者の方、ありがとうございまーす)



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