妹分三人衆
薬師寺家の長、蓉子ちゃん。あたしの二つ年下で、当時年少組のまとめ役。今も分家筋の中間管理をしているとか。
数馬家の長になった佳奈ちゃん。蓉子ちゃんと同じ歳で昔は凄い人見知りだった。今はきちんと和菓子屋を継いだみたい。もう直ぐ娘さんに代替わりのようだけど。
鞍町家の長は潤ちゃん。昔は男勝りで、木に登るわ、男子と取っ組み合いの喧嘩して勝つわ、と武勇伝に事欠い。今はスラッとした美女? 熟女? になっちゃってまあ、見違えたわ。佳奈ちゃんと蓉子ちゃんのひとつ下ね。
「黒い翼がしゅーちゃんで、白い翼がしーちゃんね。二人共挨拶は?」
「ぷぅ」
「むい」
あたしが促すと、その場で片手を上げて「こんにちは」って意味合いの挨拶をする。しかし、しーちゃんや。君は人の頭上で腹這いのままって姿勢は失礼でしょ。
あれから三十分程経過して泣き止んだ三人と改めて挨拶を交わす。なんでも忘れ去られてるのが怖くて、中々あたしの所まで足を伸ばす気になれなかったそうだ。いや、あたしにとっては最後に会ってから半年くらいしか経ってないよ。十代前半少女が寝て起きたら六十歳越えだよ? 逆、竜宮城の玉手箱のようだ……。
「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ遥様」
「今、豆大福でも持って参りますね。お子様方には、ええと……何をお出しすれば?」
「あ、落雁かなんかを小さく砕いてくれるかな?」
「では、私はお茶の用意でも致しましょう」
蓉子ちゃんが軒先の長椅子を勧めてくれた。佳奈ちゃんは店の中に入り、ショーケース内の菓子を小皿に移している。潤ちゃんは店の奥に行って、湯飲みと急須とポットを持ち出してきた。
あれよあれよという間にお茶の準備が整って、「さあ遥様」と勧められました。しーちゃんとしゅーちゃんに砕いて貰った落雁をあげて、あたしは豆大福をあーんと一口かじり。……でもね、三人がじーっと見詰めてくる状態じゃあ、食べるのも一苦労なんだけど。
「うーん、おいし。これこれ、豆大福と言えばこの味だよねー」
「「「はあぁぁぁぁ~」」」
「良かった、遥様の舌に合うもので……」
「昔ながらの味じゃない。そんな心配することかな? はい、しーちゃんとしゅーちゃんも。よく噛むのよ~」
「「あー」」ぱくり。まむまむ。
うん、らぶりぃ。三人はそんなあたしを微笑ましく見て、うんうんと頷き合う。佳奈ちゃんがあたしたちを見て安堵したように、ふぅ、と息を吐いた。
「遥様がお子様を育てると聞いた時は何事かと思いましたけれど、心配はなさそうですね」
「まあ、潤ちゃんよりは手が掛からないと思う……?」
「「ぷっ」」
昔の、目を離すと何をしでかすか分からない潤ちゃんを思い出しながら言うと、佳奈ちゃんと蓉子ちゃんが噴き出した。その当人は「さ、さあ、なんのことでしょうか」とそっぽを向いている。目が泳いでるし、挙動がおかしいのでバレバレだよ。
「屋根に登って柿を取るまでは良かったんだけど、足を滑らせて落ちた上にスカ……」
「まま待って下さい遥様! それは二人だけの秘密だと言ってあった筈です」
最後まで言う前に慌ててあたしの言葉を遮る潤ちゃん。枝に引っかかってスカートが脱げて、下に落ちた時にはぼろぼろのTシャツがずり落ち、腰ミノみたいになってて、ほぼ半裸だったと言うだけなんだけどね。擦り傷以外に怪我がなかったのが不幸中の幸いと言うべきか。なんといいますか、見た目ジャングルの野生児? あまりな姿につい笑っちゃったのはいい思い出だし。
「五十年も経てばもう時効かなぁと思うんだけど?」
「勘弁して下さい……」
「あははー」
「潤がこんなにしょげるなんて。初めて見ましたわ」
「まあ、ふふふ」
あの時の潤ちゃんは平然としていたんだけど、今は当人にとって黒歴史っぽい。がっくりとうなだれる姿に、あたしと蓉子ちゃん、佳奈ちゃんに笑いが広がる。しーちゃんとしゅーちゃんもあたしたちを見て、「きゃっきゃっ」とはしゃぐ。
それから昔話に花を咲かせていたらお空がオレンジ色になりかけてた。さすがにもう部屋に帰っても平気かな? しーちゃんとしゅーちゃんは、佳奈ちゃんが山盛りに追加してくれた落雁を食べまりました。既に二人とも、あたしの胸の中でくぅくぅと熟睡である。蓉子ちゃんたちにも可愛がって貰ったしねー。
「さーて、そろそろ望さんたちも掃除に一区切りしたかなー」
「あらあら、もうこんな時間。すっかり長居してしまいましたわね」
立ち上がって、うーんと伸びをする。しーちゃんたちを抱いたままだから、背骨を伸ばす程度だけど。蓉子ちゃんがお店の時計を見て、湯飲みとかを片付け始める。
「遥様、うちの孫は迷惑を掛けていませんか?」
「いいですね、二人共。私にももう一人くらい女の子の孫がいればねえ……」
あたしに孫の様子を尋ねる潤ちゃんを見て、佳奈ちゃんが残念そうに呟く。今の数馬家は男ばっかりで、女性は佳奈ちゃんと次代の娘さんと、末娘の幾留さんしかいないそうだ。幾留さんは本家の方に派遣しているので、あたしのほうまで回せないらしい。
ちなみにずいぶん昔、栄蔵兄さんから聞いた話によると。分家の人たちは本家で使用人として勤めた時に、苦楽を共にした経緯でゴールインする夫婦が多いらしい。
「私は時々、渕華から様子を伺っていますが、あの孫自身正直に報告しているのかどうか……」
「ここで祖母に虚偽の報告する必要ないでしょう。渕華さんは何て言うか、昔の潤ちゃんな感じなところに楽しませて貰ってるよ」
「それはそれはまた、先行き不安ではありますね」
「ちょっと待ちなさい蓉子。その反応は何?」
「ハイハイ、潤は蓉子のからかいに本気にならないの。遥様の前に変な醜態を晒さない!」
蓉子ちゃんの発言に突っかかろうとした潤ちゃんを、瞬時に間に入った佳奈ちゃんが止める。三人が恐る恐るあたしの方を伺うように見てくるので、「別に怒らないよ」とだけ伝えておく。ホッと安堵する三人。おいおい、こんだけ昔話に興じていてあたしを怒らせるとマズイという認識がまだ残ってんのか。さーちゃんってばみんなにいったいなんて伝えたんだろう……。
そのあとは「また集まろうね」とだけ約束をして解散になりました。しかし、みんなを「ちゃん」呼びにして、その孫を「さん」呼びにしてたんだけど、誰も突っ込まないや。
地震怖い地震怖い地震怖い……。