年の瀬に
腰を据えてさーちゃんと話し合おうと決めてから直ぐに場を設けたんだけど。話を聞いてみたところ、『柚木果狩遥神格化計画』なるものが水面下で進行中、だと言うのが判明しました。何だその危ない宗教みたいなのは……。土下座してでも辞めて貰ったのは言うまでもないデス。
あれから、時々はしーちゃんとしゅーちゃんを連れて、庭を散歩するようになりました。最初のうちは分家の子たちがおっそろしく恐縮してたんだけど。特にあたしは威張り散らすような人間じゃないよ、と声をかけ続けた結果、普段に頭を下げて挨拶してくれるくらいまで関係が修復されました。元はといえばさーちゃんが余計な火種を蒔いたのが悪いんだけど……。
気が付けば年の瀬。
幼少の頃は厳しかったこともあって、クリスマスなんかは学校で話を聞く程度。さーちゃんの代となった今は多少緩和されたようで、ささやかなお祝い事をしても良くなっているみたい。あたしはしーちゃんたちとケーキ囲んだくらいか。普段の食事風景がちょっと豪華になった程度かな?
……で、年末の大掃除。望さんたちに手伝いを申し出たら、きっぱりと断られついでに邪魔だからと部屋を追い出されました、しくしく。『遥様にそんな瑣末事なんかやらせたら私たちが怒られます』とか『お子様たちが悪戯されないよう見張ってて下さい』だの、最終的には『申し訳ありませんが掃除が終わるまで部屋から退去していて下さい』とイイ笑顔でやんわり追い出されました。ここで断られると他もダメそうだよねえ。
仕方なくしーちゃんとしゅーちゃんを抱えたまま、あっちへふらふらこっちへふらふら。庭木も手入れする人がいるから、庭園小路は入れないしなぁ。本屋敷にもあちこちで掃除している分家の人たちが見受けられるし。さて、どうしよう?
スフちゃんが居ないのは、何やら定期的に報告することがあるからと言って始族に戻っています。
「あーうー?」
「え、あっち? あれは表門だよ」
あたしの頭上を陣取ったしーちゃんが、立派な門構えの表門の方を指差した。しゅーちゃんはあたしの腕の中だ。
あの表門をくぐるとなだらかな下り階段と、左右に分家の邸宅が並んでいるくらいでしかない。まあ、あたしにとっては見慣れた光景だけど、箱庭みたいな本家敷地から出ないしゅーちゃんたちには物珍しいものに見えるかも。
「ぷーぷー!」
「あーむー」
「行ってみたいの? うーん……」
あたしは出掛ける時に渕華さんたちに着飾りつけられまして、紺の着物姿。単色が好きなので裾や袖に小さく鯉が入れてあるくらい。行くのはいいんだけど、未だに二人とも素っ裸にオムツのみなんだよね。
「二人ともこの機会に服とか……」
「「ぶー!」」
「着ないよねー。まぁしょうがないかぁ」
果たして二人が服を着るのは何時になることやら、あったま痛いわー。
別に散歩コースを階段側にしても構わないのでそっちへ足を向ける。最後にあそこ通ったのまともに動けなくなる一年くらい前だから、五十二年ぶりになるのかなぁ? 新年会前に挨拶まわりするのも悪くないかも。
腹を決めて「分家回ってくぞー!」とか思いましたが、最初の一軒目で挫折しました。
だってその家の長老筋が「これは遥様!?」とすっ飛んで来て土下座するんですよ。その後に続いた家人も皆、同じ反応だし。こりゃ分家側の態度も改善してもらわないと話にならないわ……。
今さっき尋ねたのが五津宮家と言って、栄蔵兄さんの実家です。分家の方でも献笙家、薬師寺家、鞍町家の四家は、次代当主候補に歳の近い者を伴侶に出すことになっています。なんでこんな御三家ならぬ御四家が優先順位の頭にあるのかは分からないけど。
「うー?」
「他の分家もこの調子だと、半分も行かないうちに一日が終わっちゃうわ。今日は散策だけにしよ」
「むい」
「ぷー」
二人とも納得してくれたので、ぽてぽてと階段を下っていく。途中ですれ違う、家の前を掃除していたり、ゴミ出しに行こうとしてる人達があたしの姿を見た途端、驚いて硬直し、道の端に寄ってから深々とお辞儀をする。昔はもっとフレンドリーに声掛けてくれるくらいだったのになぁ。五十年の歳月は恐ろしい……。
「ぷーぷ」
「あーあれは竹箒、掃除用具よ」
「あーう」
「あれは灯篭、灯り点ける所ね」
「「うー」」
「それはゴミ袋だから触らないの!」
あちこちにあるものが珍しいのか、「あれは何?あれは何?」と尋ねてくるしーちゃんとしゅーちゃん。とは言え灯篭に灯りが点くなんて事、今はないだろうしなー。殆ど庭園の飾り?
とろとろ進むと、薬師寺家の管理する第二門が見えて来ました。見た目は武家屋敷の表門みたいな、瓦屋根付き大扉と脇に小さい通用門。ここの手前に数馬家の和菓子屋があって、その隣が鞍町家。
「門は抜けなくてもいっかー。なんか食べてから部屋戻る?」
「「うー」」
渕華さんたちがお茶の時間に用意してくれる茶菓子は、大抵がここで販売してる物だったはず。大福かなにかと砕いた落雁とか用意してもらえればいいかなぁ、とか考えながら向かうとお店の前に白髪混じりのご婦人が三人、井戸端会議中だった。うち一人があたしに気付いて目を丸くすると他の二人も振り返り、驚愕の表情で硬直した。
……あたし、そんな怖い存在?
「は、遥、さま?」
「はい。え、って、あれ?」
そしたらぼろぼろ涙を零しながら三人共駆け寄ってきた。しーちゃんたちは不思議そうに彼女たちを凝視してる。
「は、ばるがざま~」
「お、おびざじぶりでずう~」
「ごぶざだじでおりまず~」
あたしを囲んだと思ったら顔を覆って大泣きし始めた。いやいや、ちょっと待って、ここに居るってことはもしかして……。
「蓉子ちゃんと潤ちゃんと佳奈ちゃん?」
「「「お会いじどうございまじだ~」」」
間違いなく本人たちだったが、名前を呼んだことで三人共感極まって号泣……。
これあたしが泣かしたみたいじゃないか。
またインフルエンザで隔離され中……。